98話
◇◆◇フレア=レイ=ブライトネス
魔王の一撃により身を守る赤い炎と服が泡となって消えた。
残っているのはシヒロのシャツと白炎のみ。
魔王は追撃をせずに、敵だと宣言した。しかし、大声で笑っているだけで何もしてこない。
何やら上機嫌であることだけは伺える。
こちらのダメージはあまりない。死をも予想させた攻撃がここまで無いのは改めて恐ろしいシャツである。
だが、向こうはその事を知らない。
ギリギリで耐えている、というイメージを持ってもらうために効いている演技をする。
油断を誘い、息の根を止めに来た時こそが最後の機会。
白炎でダメージを与えて弱らせる。
そしてシヒロの居場所を聞きだして、人質としてこの城から脱出する。
心の中で鼻で笑ってしまう。
分かっている。そんな妄想に似た世迷言など通じないと言うことぐらいは。
情けなくなるほどの希望的願望ではあるが、それ以外に取れる手段がない。
それに時間もない。
頼みの綱である白炎には時間制限がある。
もし制限を超えてしまえば、何時ぞやのように我を忘れて暴走してしまうだろう。
そうなれば終わりだ。
前回のように止めてくれるシヒロはいない。
道連れという行き止まりしかない。
まだ、死ぬわけにはいかない。
魔王の笑い声が止まる。
「さて、終わりにするのじゃ」
神経を尖らせ、誘い出すために白炎の出力を抑える。
来るべきその瞬間を待つ。
魔王がパチンと指を鳴らす。
すると、今までどこにいたんだと思える数の魔人が現れた。
空気で分かる。囲まている。
状況は絶望的になった。限りなく小さな可能性がさらに小さくなった。
だが、悪化しただけで終わったわけではない。
私が諦める理由にはならない。
微かな勝機を見据えてその瞬間を待つ。
これを最後にしないために。
.......。
.......。
......来ない。
周りの魔人たちは何かしら動いてるのは分かるが、こちらを意識すらしていない。
それどころか急速に闘争の空気が萎えていっているのが分かる。
それを証明するかのように、魔王との間にテーブルセットが準備されはじめた。
この辺りで周りを見渡してみる。
魔人たちが装飾品を整え、飾り始めている。
先程まで勇者と敵対していた魔人が用意されたテーブルにテーブルクロス広げ、整えている。
「さて、余興は終わりじゃ。続けても構わんが、つまらん結果にしかならんぞ」
ドカリと椅子に座り、こちらにも椅子に座るように促す。
罠であろうか。
いや、意味がない。こんなことをせずとも安全で容易に殺せるはずだ。する意味がない。
殺さずに生かす意味は何だと考えれば、利用価値がまだあるからだろう。
それはなんだ。
恐らくあの笑った瞬間であろう。何かに気が付いたのだ。
記憶を深堀る。
視線はどこを見ていた? 顔? いや、それよりも上の方を見ていた気がする。
それならば頭、髪? 髪留めか。
髪留めの一体何に琴線が触れたのだ。
我が家の家紋が入っているだけで変わった物では.......。
そこで一つの可能性が浮かび上がった。
家紋......指輪.......シヒロ?
何故かしっくりと来る理由だった。
では、なぜシヒロに関する事で私を生かし、話し合いの場の様な物を用意しているのか。
捕らえたシヒロの情報を引き出すためか。
ここで少し冷静になって考えてみる。そもそも、捕まっているのか。
魔人すら一蹴する男を、むしろどうやって捕えているんだ。
シヒロに対する強さの信頼が、別の可能性の糸口となって答えを導く。
.......いやいや、そんな事があるのか。
だが、心当たりがある。
何故魔王は私達を見た瞬間落胆するような顔をしたのか。
私達ではない誰かが来ると思っていたのではないか。
だから一人で対応したのではないか。
これまでの言動と対応を鑑みれば、どれほどの特別待遇なのか分かる。
直感的すぎる。だが、当事者なだけに否定できない。
敵であるという宣言も、そう捉えるなら理解できる。
やっぱり、そう言う事なのか。
乙女の直感が、この魔王と同じ気持ちを共有していると言っている。
それを確かめるためには、とある質問を投げかけなければならない。
間違えていたのなら、機嫌を損ねて本当に殺されるかもしれない。
拾った命をもう一度、賭ける。
促された椅子の前に立つ。
口が急速に乾きのが分かる。だが胸を張れ。虚勢を纏え。
「聞きたいことが1つあるわ」
「拾った命に見合うほどか?」
「ある意味で」
軽く鼻を鳴らす。
言ってみろと言う事であろう。
「あなたは.....ドコが好き?」
この問いの返答で賭けの合否がわかる。そして私の今後も。
問われた魔王の胸中はいかほどか。
魔王は少し驚いた素振りを見せ、露骨に渋い顔をしながら、たまらずに大きく笑った。
笑いながらも少し悩み、答えを出した。
「腹筋じゃ。顔を思いっきり押し付けて、そのまま尻を揉みしだければ最高じゃな」
賭けの結果は予想した通りだった。
魔王が敵であるという意味も本当に正しく理解できた。
っふふ。それにしても、腹筋ときて尻か。
さすがだ。
さすが魔王。王と名乗るだけはある。一遍の反論すら思い浮かばない王道だ。
ドカリ、と椅子に座る。
だけど負ける気はない。
「それで? おまえは?」
「首よ。背中から抱き着いて吸い付きたいわね」
「っくく。なるほど、嫌いじゃないのじゃ」
机の上には温かい飲み物と、見たことがないお菓子が積まれていく。
「少し長くなりそうじゃな」
「長話は好きじゃないけど、こういう事なら別よ」
「では、まずは敵同士名乗りを上げておくとするか。ワシがこの城址の主にして最強の魔王。【泡爆】魔王じゃ」
「ブライトネス家3女。フレア=レイ=ブライトネスよ」
敵ではあるが、互いに欲して求めているものは同じ同志でもある。
それは権力や魔法だけでは手に入らない。
また、お金で買う事も出来ない。
力尽くと言う選択肢はそもそもがない。それが通じるならどれほど楽か。
そんな手の届かない魅力的なモノに対して、誰もその価値を知らない。
そもそも、本人が知らしめようとはしないのだ。
それは独り占めできる好機でもある。
だが、理解者同士で語りたいとも思っている。
そんな機会がこの場に揃った。
互いに共有でき、共感できる。愛おしい敵。
「なるほど、呼び寄せるには珍味に稀酒が効果的なのじゃな。ちと用意するのに時間が掛かるのじゃ」
「部屋まで釣り出せたから効果は充分よ。それよりも眠っているときに無防備になるというのは意外ね。一番隙が出来るから、そう言った事には過敏だと思っていたわ。イケるかしら」
「敵意や悪意が無ければ大丈夫じゃろ」
「敵意は別として、忍び込むことに対して悪意はあると思うけど」
「簡単じゃ。やらしい事をするのは自然の摂理。良い男を抱きたい、抱かれたいと思うのは女の本能。後ろめたいと思うんじゃなくて、堂々としていればいいんじゃ」
互いに、さくりとクッキーの様な物を食べる。
口数と反比例するかのようにお菓子の数が減っていく。
「気絶してるとき鼻から水を入れられたわ。陸地で溺れるかと思ったわよ」
「ワシなんか肩車から頭を強打したのじゃ。もうちょっと頭上の注意を払うべきじゃろ」
温かい飲み物を飲む。
「ワシはゴブリンに追いつめられ、気が付けば魚に食われていた所をアイツに一本釣りされたのじゃ」
「私は慨嘆の大森林で、ストロングゴブリンに殺されかけた時に出会ったの」
「ゴブリン同士とは変なところで縁が合うのじゃ」
楽しく語り合う
「初めて会った時のスープとお肉の串焼きの味を今でも覚えているわ。あれが最高だったわ」
「ワシは、焼き肉パンじゃな。パンに野草を入れる発想と肉に絡めるたれの美味さ。もう一回食べたいのじゃ。ダンジョン中に食べた『スイトン』と言うのも美味かったぞ」
話が切れる事は無く続いていく。
その人の良い所で話は膨らみ、悪い所で大いに盛り上がった。
稀に見ない魔王と人間の女子会は終わる気配を見せない。
◇◆◇モーラル
「何があった!」
周りを見渡せば荒野が一面に広がっている。
身勝手な勇者の行いに巻き込まれてしまい、何とか振りほどく事は出来たが、少し力を入れ過ぎたようで、だいぶ遠くへとやってきてしまった。
取り敢えずの説明で、それらしく勇者がやったことにした。
「はあぁぁっ!? 勇者!? 勇者がか?!! クソが!! 余計な事しやがって! 折角見つけたのに! また見失ったんだぞ!! 勇者が! クソ勇者共が!!」
あらん限りの声で吠える。
行き場の無くなった感情を全力で吐き出す。
息の限界まで罵詈雑言を吐くと、大きく息を吸い込み、すぐに向き直り声を掛ける。
「地図があったよな見せてくれ」
ぷっふ。と笑ってしまう。
相変わらずの切り替えの早さはさすがと言える。
地図を渡して広げてみる。
「具体的な位置は分かるか」
「んー、分からない。おおよそは分かる」
「どのへんだ」
「ここ」
【忿懣の焦土】を指さす。
ここら辺ではあるのだが、如何せん目印になる様な物は無くひたすら広い荒野が広がっている。
チラホラと植物が見えるので端の方ではある。運が良い。
「クソっ。目的の場所とは全然違う。しかも、魔族領に入っているのか。元の場所に戻るのは無理か」
「戻れはするけど時間が掛かるかも」
「完全に逃したか」
「かもね」
しばしの沈黙。
感情を全部吐き出したおかげか、冷静になって先程の説明に疑問を持ったかのようだ。
こちらをジッと見て何かを考えている。
まぁ、何を考えているのかは分かっている。
「......おまえか?」
「内緒」
疑るような目でこちらを見てくる。
照れる。
「邪魔したのか」
「んー。それだけはない」
「そうか。ならいい」
信頼が厚い。
まぁ、それに答える訳ではないが、本当に彼が何処に飛ばされたか分からない。
彼だけ全く別で飛ばされたのだ。
「すぐに戻ったところで奴に会えるとは思えない。ならアイツの行動を予想して先回りしておくのが得策か」
「どうするの」
「今までの足取りと、先程までの行動と合わせて予想する」
広げた地図を指を指しながら確認する。
「まず最初に、慨嘆の大森林。ここが奴の最初の足取りだ。いくつかの虫食い情報ではあるが辿っていくと、獣人の国オオトリへとたどり着いている。そして勇者と共に行動しているところを考えると、怯懦の湖沼に何か用があると考えるのが普通だ」
「そこを目指すの?」
「ここでも、入れ違いになる距離だ。そこからさらに予想して待ち伏せる」
「彼は何で湖沼に行こうとしたの」
そこで、黙り込み。何やら考え事をしながら小さく呟いている。
んー、良い顔。子供の様なあどけなさを持ちつつ、大人の雰囲気を纏って真剣に考えている横顔はグッとくるものがある。
「単純に攻略していってるだけかもね」
「理由は分からんが確かに大森林が攻略された時期と被る。勇者と繋がっている事を考えれば十分にあり得るか」
どうだろうね。違うような気もするけど、とは口は挟まない。
「一先ずは、攻略をしていると前提で動こう。大森林ときて次は湖沼。次はどこを目指すか。ここか、それとも銷魂の聖域か」
攻略する事は前提か。あちらの信頼も随分と厚い。
「単純な距離から見れば聖域。何かしらのこだわりがあるならこっちかもね」
「......聖域に向かうぞ」
「その心は?」
「ここは広すぎる上に見渡すにしても障害物が多く死角も多い。見逃す可能性が高い。下手すれば素通りされる。逆に聖域はここよりも見渡せる上に4つの内で一番小さい」
「なるほど」
「お前は帰っていいぞ」
「か弱い女を一人にさせないの」
軽く舌打ちをして、「どの口が」と小さく呟いた。
こちらも向こうに聞こえるように小さく笑う。
デートの延長戦である。
◇◆◇慨嘆の大森林
「あー、戻って早々に連絡して悪いっすね。剪定の旦那。ちょっと、こっちでトラブルがありまして」
「はい。なんていうか。人形使いが出ましてね。応戦はしたんですが、逃がしちまいました」
「はい。分かりました。いったん戻らせてもらいます」
「一応確認なんですが、現状どういった扱いになってるんすかね」
「あー、なるほど。旦那が手を出すほどではないけど、こっちで判断してもいい感じっすか。了解しました」
「えぇ、はい。それは抜かりなくちゃんと痕跡は残さないようにしてます。人形使いが余計なことしてるのはいつもの事ですもんね。はい、追跡されないよう気を付けます。いえ、はい。失礼いたします」
通信を切る。
どうにも、出会った奴を殺せない日だ。
あの人間の女しかり、今回の連中もしかり。
「今日はツイてねぇ。骨折り損だな」
意気消沈しながらその足でその場を後にする。
歩を進めるたびにその存在は希薄となり、やがては消えた。
そんな姿をはるか後方で童女が笑う。
「ひひっ。ばぁーか」