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97話


◇◆◇泡爆魔王の城



「はぁ。期待はずれなのじゃ」


大きな溜息が出そうなほど、至極詰まらなさそうな顔をする。

金色の髪、赤褐色の肌、そして他を圧倒する程の強力な魔力。

誰もが理解させられた。

これが魔王。

だが、なぜか浴衣を着ていた。

何処かチグハグさを感じをさせる格好をしているが、その場にいる誰もがそんな事が気にならないぐらいに圧倒され、声を出す事すらできなかった。

何が切っ掛けで次の瞬間に殺されるかもしれない。いや、瞬きをした瞬間に二度と目が開かないかもしれない。そんなことを想像させられた。

息を飲み込み、吐き出す事すら躊躇するような状況に勇者だけが動けた。


息のつく間もない速攻。

使い慣れたスキルと戦い方のおかげで難なく魔王の背後に回る事に成功した。

振り被った剣は、その首を貫かんと全体重を乗せて突き下ろされる。

これまで一度として失敗のしていない必殺の技。

作戦通りである。

鈍く輝く剣線が、首まであと少しというところで急停止する。


「ッチ」


舌打ちをする。

小さな泡の様なモノに阻まれた。

だが、必殺はこの一撃だけではない。

スキルを使いその場からまたもや消える。

次は魔王の真横へと移動し、今度は首を刎ねんと魔王の首元へと振り切った。

絶命必至の一撃。今度は何の抵抗も感じさせない。

魔王討伐の成功を確信した。


「はぁ? なにそれ」

「くだらん」


魔王は傷一つ負っていなかった。

それも躱したなどという単純な話ではない。

刀身が泡となって消えていっている。

人属領で最も優れた金属であり『勇者の置き土産』でもある金属を加工して作った剣が、泡となって霧散していく。

それは、たった一人の魔王の力が人族の知恵の結晶を上回っている事を知らしめるのには充分すぎた。

絶望をより濃くする結果となった。

あまりにも遠い実力差に、思わず勇者は距離を取った。


「つまらん」


我慢しきれないと言った感じで、大きな欠伸をする。

それは勇者にとっては殺す側から殺される側へとなった合図でもあり、当初の目論見は吐息のように儚く消えた。


「楽しみ方を変えよう」


目元を擦りながら、軽く手を振る。

すると玉座の後ろから従者と思わしき魔人が現れた。

髪で目元は見えないが、口元から朗らかに緩んで笑っているように見える。

リィーン、と鈴の音のような音が響く。

これを言葉として理解できるのは魔王と勇者のみであった。


「おい! 急いで逃げるぞ!!」

「わかって......え、はぁ? スキルが使えない!」

「何それ!?」


敵を前にして内輪揉めを始めた。


「なかなかに良い趣味をしているのじゃ」


鈴の音のような音がそれに答える。


「それにしても今さら気が付いたか。本当にお前らの力だけでここまで来れたと思っておるのか?」


どんな形であれ、泡爆魔王の城へと乗り込む際に優先されるのは魔王の気分。

その時々によって、追い払う事も招くことも出来る。

そして、招く準備が出来ているなら逃がさない準備もしている。


「道化じゃな」


勇者は不運としか言えない。

本来は勇者に用意した物では無く、魔王の待ち人のために準備した物である。

部下の知らせを聞いて期待していれば結果がコレ。

魔王を不機嫌にした罪は何よりも重い。


従者が一歩前に出て、客人を相手にするように深々と頭を下げる。

そして面を上げて値踏みをするように見渡す。

内輪揉めをせず、一人警戒している勇者に視線が止まる。

そして、矢のように一直線に距離を詰めると、高速の回し蹴りを叩きこんだ。


「ッグ!?」


辛うじて受け流す事が出来たが、完璧ではない。

浅くはないダメージを受けてしまうが、すぐに体制を整え反撃に打って出る。

ところが、体の動かし方を忘れてしまったかのように滅茶苦茶な動きをしていしまい、その場にへたり込んでしまう。


「なに......が」


独白にも似た問いではあるが、答えは明確にわかっていた。

目の前の魔人が何かしたのだ。

魔人は振りぬいた蹴りの勢いのままに、それぞれの勇者に一発ずつ蹴りを入れる。

辛うじて防ぐ事が出来たが壁際まで吹き飛ばされ、へたり込む勇者とは分断される形となった。

それを確認すると従者は動けない勇者の前まで来る。

そして、足を使って勇者の顎を持ち上げる。

小さな鈴の音の様な音ともに勇者の顔に息を吹きかけ、挑発するように軽く指を振った。


「もう少し手加減するのじゃ」


鈴の音のような音が王命に答えるように鳴った。

足に少しだけ力を入れて、優しく勇者をひっくり返す。

そして、その顔を踏みつけ他の勇者達に分かりやすく挑発した。


しかし、勇者達はその挑発には乗らない。

いや、乗れなかった。

作戦の失敗と、あまりの力量差に闘争心が萎えかけていた。

その様子を見て従者である魔人は首を傾げる。

これで終わり? と一概に言っているようであった。


そう、終わりではない。

突如として、部屋の半分を巨大な炎が蹂躙する。

揺れる陽炎の先で、赤い髪が揺らぎ赤い瞳が怒りに満ちていた。



◇◆◇泡爆魔王



従者が勇者にお辞儀しているところを眺めながら、どうしたものかと思案を巡らせる。

現状、殺すのはたやすい。

方法はありすぎて選ぶのに時間が掛かるほどだ。

問題は別のところにある。


んー。どう見てもシヒロと似たような顔をしている。


別人であるのは間違いないのだが、骨格から髪の色、皮膚や瞳の色から見ても同族出身であるには間違いない。


「どうするか」


あいつの記憶を見たから分かるが、人間の死に対して慣れてはいる。その場では気にするような素振りは見せないだろうが、少し困ったような顔をして、寂しそうな表情を浮かべるシヒロの顔が浮かんでしまった。

少しばかり心苦しい。

なので、少しばかり考えて結論を出した。


「バレなきゃいいじゃろ」


ここは我が城。

どうとでもなる。

結論が出た所で、道化相手の暇潰しも終わった。

勇者のスキル当てをしていたが、大した時間もかからずに大体の予想がついた。


まずは、斬りかかってきた勇者。

能力は異なる条件を持った瞬間移動。

襲ってきたときに見せた短距離の移動と、ここへ来た長距離の移動。

短距離の条件は視界に入っている事。長距離が少し特殊なぐらいだ。


「ふん。こんな形で返ってくるとはの」


初撃を防いだときに盗っておいたもの。

その手には小さな袋があった。

ある男に服を作らせた時に余った生地で、作ってもらったものである。

これを見てすぐに長距離の条件も分かった。

所有権に関するものであろう。


それなら大量に人間がここに来た理由も分かる。

自分に所有権があるなら一緒に移動できる。

他人の所有しているものが手元にあれば持ち主の場所へと移動できる。

見知ったモノであるなら、こちら側に呼び寄せることも出来ると言った感じか。

さしずめ、あそこらにいる雑多の人間は金か何かで買い、他の勇者は契約か何かで一時的にそうしているのであろう。


利便性の強いスキルだが、使っている人物が人物だ。

宝の持ち腐れ。

他の勇者もこれまでの動きと、反応を見れば斬りかかった勇者より簡単だ。


蹴り飛ばされた様子から見て、斬りかかった勇者の能力を誰かが底上げしていたことは明白。

そして、ここに来た時に比べ明らかに人間が減っている。

【生贄】


ここへ来た当初からこちらを見ており、そのたびに疼く現象。

【憑依】


蹴りを受けた際の極端なダメージ格差。

【減衰】


どれもが幾戦もの経験から当てはまるスキルに心当たりがある。


細かい条件や名前は違うだろうが......ん?


ここまでの考察に小さな違和感がある。

違和感の原因となる事象を解きほぐしていくと、小さな疑念は確信へと固まっていく。

点と点が一つの線となって繋がっていき、そこから加速度的に理解していく。

そして、最終的には思いがけないところまで繋がってしまった。


......あぁ、そういう事か。


合点がいった。

シヒロの記憶から見た人間の悪意を知ってしまったから、分かる事が出来た。

意外な秘密まで知る事が出来たのは運が良い。

小さく深く笑う。


「【狂乱】魔王が怒るわけじゃ」


人間の最後の希望。英雄。最終兵器。

そう考えると何も知らない今の勇者が哀れではある。

特に思う事もなく始末しようかと考えていたが、いっそ慈悲をもって殺してやるべきか。

せめて、魔王に挑んで破れたぐらいの名誉はあってもいいかもしれない。

シヒロの持ち物を取り出し、彼によく似た勇者を見る。


お前達は何かに呪われておるのかもしれんのじゃ。


何気なく取り出した指輪をいじる。

宝石の類は付いていないが精巧につくられており、シヒロが大事に保管していたものだ。

家紋の様なモノが付いているが、一体何なのか。

あいつの指にはあわない所を見ると、遺品か何かだろうか。


そう思案していると、焼き付く様な殺意に気が付いた。

面倒くさそうに、チラリと視線を動かして確認すると、その先には握り拳を口に当て、息を大きく吸い込む赤い髪の女が立っていた。

そして視界が真っ赤に染まる。


「ふむ」


巨大な火炎は大量の泡によって防がれる。


「ドラゴンブレスの真似事か? センスも発想も凡夫なじゃな」


真っ赤に染まった視界から、純白の炎が割って入る。


「何で持っている! あいつを何処へやった!!」


怒りそのもののような白い炎に、防いでいた泡が焼き尽くされていく。


「ほぅ」


今日一番の驚き。

さらに追加で大量の泡を生み出して焼ききれる前に押し返す。

そして、一定の距離を押し返す事は出来た。

しかし、勇者は当然として鬼神ですら割る事が出来なかった泡を大量に焼き切ってしまった。

地面に着地した赤髪の女を見る。

赤と白の炎を纏い、紅白のドレスを着ているようだった。


「はっは。お前が本命か」


玉座から立ち上がると、軽く手を叩く。

すると着ていた浴衣の服が別のモノへと変わった。

今日、初めて戦闘態勢に入る。


「あ! スキルが使えるようになってる!」


水を差すかのような間の悪い勇者のマヌケ声が響く。

どうやら白い炎は泡だけではなく、檻に穴まであけてしまったようだ。

リンと短く鈴の音が響くと同時に、瞬間移動の勇者の顎を蹴り上げて意識を刈り取った。


「バカ! 黙って使いなさいよ!」


逃げれる事が分かった勇者達は驚くほどの必死の連携を取る。

憑依で意識が飛んでいる勇者を乗っ取り、生贄で勇者と紅白女以外のすべての人間の命を糧として能力を底上げし、減衰によって逃げるのに邪魔となる力の抵抗値を下げた。

息の合った決死の連携により、勇者達は生きて死地からの脱出を成し遂げた。


あぁも必死に逃げる姿を見て、憐れんで追う気も無くしてしまう。

ここで死ねればまだ良かっただろうに。


リンと小さく鳴ると頭を垂れて傅く。


「追わんでもいいぞ。そこそこ面白かったし、土産も貰っておいたのじゃ。そっちの方へ行け。これはワシが楽しむのじゃ。手は出すなよ」


っくっく。と深く笑う。


「さてさて、勇敢な人間の女よ。面白い事をやってのけたな。直に感じたくなったのじゃ」

「どいつもこいつも、邪魔して! 鬱陶しい!!」

「おっと、人語でないと伝わらんか.......これで分かるか? 多少は心得があるのじゃ」

「そう、良い事ね。なら理解できる? 私の男を返せって言ってるのよ!」

「男か。心当たりが多くて分からんのじゃ。まぁ、どちらにしろ欲しいなら奪えばよかろう?」

「そうするわ!!」


白い炎の出力が上がる。


絶好の距離だというのに、白い炎を飛ばさない所を見ると白い炎は飛せないということか。


練度の不足か、相応のリスクのためか。

わざわざこちらが付き合う必要は無いのだが、これは余興だ。

殺すは容易いが、それでは興が乗った意味がない。

相手の土俵である接近戦をもって地面にひれ伏させ、悔し涙を眺めるのがいいのではないか。


たなびく金色の髪、揺らめく赤い髪。


喜色と怒色の顔を見合わせて、一呼吸の間の後、指し示したかのように全力で駆けだした。

一切の小細工なし。正面からぶつかり合うかのような、空振りを恐れない全力の一撃。

長引けば不利になると予想した赤髪の少女に対し、それを察した魔王が実力の差を分からせるために付き合った。


そしてその実力は明白であり、決して覆るものではなかった。


魔王の掌底が深々と腹にめり込み、赤髪の少女の掌底は余裕をもった形で魔王に防がれる。

肺の空気をすべて吐き出しながらも距離を取る。

浅くないダメージを受けて苦悶の表情を浮かべる。

足がおぼつかず、今にも倒れてしまいそうである。

そして、赤い炎と攻撃された腹を中心に服が泡となって消えていく。


だが、ダメージは泡爆魔王の方が大きかった。

攻撃した手と防いだ手が白く爛れている。


「んーむ」


この程度の怪我は予想していたが、人間ごときがまだ死んでいないのは予想外。

貫くつもりで放った掌底が予想以上にダメージを与えられていない。

泡爆のほうも、白い炎の方は分からなくもないが、服の下に着ていたであろうサイズの合っていない大きなシャツが泡となっていない。


こんな訳の分からない事は、あいつぐらい......。


1人の男の顔が思い浮かんだ。

そうだ。どうにもこの女から、あの男の影を感じる。

戦い方から攻撃方法、体の動かし方に至るまでどこか似ている。


こちらを睨みつける赤髪の女をよく観察してみる。


人間の男が着そうな大きなシャツ。

先程から感じる感情とセリフ。

赤髪の人間が攻撃の手段として用いた掌底。


そこで一つ、思いがけない物に目が止まった。

揺らめく赤髪を縛るために着けている髪飾り。

それはシヒロが持っていた指輪と同じ装飾が施されていた。


「アッハッハッハ! なんという奇縁じゃ。驚きなのじゃ。まさかの出会いじゃな!」


さらに大きな声で笑いだす。


「なるほど。お前は、ワシの敵か!」




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