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96話


辟易としながらも、勇者依頼の当日。

ギルドの室内。


どうせ近場だし、初めはいくつもりだったし、そもそもが後方支援のフォローのような立場であるし、なんて事を自分に言い聞かせて当日を迎える事が出来た。

ギルド室内の様子を見ると、少数精鋭とは言っていたが思いのほかいる。

肝心の4人の勇者達はまだ見当たらないが、補助役の人数を見るに多そうである。

ただ、ここでは見ない顔であり、獣人ではないことから勇者が連れて来た人材なのだろうか。

その割には覇気がないと言えばいいのか、淡々としていると言えばいいのか。

変な違和感。

ともかく、知った人はおらず話しかけても空返事だけである。

居心地が悪い。


「ぎぃ」


まぁ、ハクシとアーシェはいる。

ただ、どういう訳かこちらを誘った当人であるフレアが見当たらない。

帰っていいだろうか。


「ただいま戻りました」


情報収集に向かわせたアーシェが戻ってきた。


どうだった?


「あまり成果と言えるような情報は手に入りませんでした。内気な連中が多いのか互いに話す事もしません。ただ、何というか今から勇者の依頼というのに士気が上がってないというか、変な感じです」


なるほどな。偉いぞー。

そういってアーシェの頭を撫でる。


「えへへ」


たしかに、かの有名な勇者の依頼であり、お供をするだけで武勇伝になりそうなものなのに、高揚している雰囲気がない。かと言ってプロとして浮かれないように自制している感じとも違う。

何とも言えないのだが、どこかで似たような状況を見た気がする。


何処だったか。と思い出そうとするとチリチリと焦げ付く様な気配を感じる。


チラリと視線を感じた方へ向くと、魔道具を弄っている男とその隣でこちらを見ている女がいた。

両方とも背丈や雰囲気からフレアと同じぐらいの年齢だと思われるが、こちらに背を向けて作業をしている男は、こちらを強烈に意識しているのが分かる。

表面張力ギリギリと言った感じで、殺気を孕んでいると言っても過言ではないレベルだ。

全く心当たりがないだけに話しかけるのすら躊躇する。

普通に怖い。

反対に、隣にいる女は何の感情を感じさせずに見ているだけである。

こっちは別の意味で怖い。

視線があっても逸らそうとせず、ガラス玉のような目でこちらを見ている。

爬虫類の様な無機質さを感じる。


何かしたのであろうか。

恨まれるようなことはしていないと思うんだが。


「シヒロ様、焼きを入れて来てもいいですか?」


やめろ、同じ仲間だ。守ってくれる盾は多いに越した事は無い。


「了解しました」


どうにも良い予感をさせない条件が揃ってきている。

これ以上なにかあるなら、フレアには悪いが帰らせてもらおう。


「お待たせ」


丁度いいタイミングでフレアが来た。

ふわりと香りが微かに漂う。

香水をつけているのだろうか。


「ちょっと手間取っててね。一応この後勇者から説明があるけど、先に聞いておくかしら?」

「あぁ、頼む」


ざっくりまとめると、魔族領侵攻のために『慨嘆の大森林』以外にも、もう一つルートを確保するようだ。

それが『怯懦の湖沼』。

そのための前段階として今回は呼び出されたようだ。

こちらの仕事は移動中の荷物に傷がつかないように安全に運ぶこと、拠点を作るための補助といった感じらしい。

フレアが地図を広げてルートを説明してくれた。

道中は見通しが良く、何かあった場合の対処はしやすそうだ。


「人数と移動速度から考えると、この辺りまで進んで簡易の拠点を作ってから解散という流れかしら」


たしかに妥当なところではある。

依頼の期日を満了して、解散となっても少し離れた場所に大きくはないが街もある。

当初の目的は果たせそうだが、どうにもこびり付く嫌な予感が拭えない。

周りの反応や、勇者の軽薄な態度を差し引いても、しこりの様なモノが残っている。


「それにしても、シヒロは結構荷物を持っていくのね」


そういうと、答える間もなくグイグイと体を押し付けながら手元を覗き込んでくる。


「まぁ、魔法が使えないからな。他の奴より入用なんだよ」

「たしかに、準備は大事ね」


くっつくというより密着といった感じである。

物凄く照れる。


「はい! 私が持ちます! 魔道具も使えます! 何でもします!」


わかった。頼りにするよ


「よっしゃ!」

「魔法や魔道具を使うなら私が代わりに使うわよ。荷物減らせるんじゃない?」

「っな! 私が先に言ったんですよ! 言ってましたよね!?」


あぁ、言ってた言ってた。

何で張り合ってるんだよ。


「まぁ、お守りみたいなものだ。備えあればって奴だ」

「たしかに用心は越したことないわね」


そんな感じで楽しくは話していると、部屋の中央に勇者御一行が現れた。

視線が一か所に集まる。


「やぁ、皆集まってくれて嬉しいよ。正直ダラダラ話すのは嫌いだからさ。現場で話すけどいいよね。タイパって大事じゃん?」


全体を見渡すように語りかけていたが、こちらを確認すると視線が止まった。

そして、怒りと悪意に満ちたような笑顔をこちらに向ける。

その悪意と周りの影を指すかのような表情の組み合わせで、ようやく違和感の正体が分かった。

通りで見た事がある気がしたわけだ。

これは死地に向かう人の諦めの表情だ。


抗えない。

どうせ死ぬ。死ぬからほっといてくれ。

そんな薄暗さが滲み出ている。


何か大変な事に巻き込まれている。

咄嗟にその場から離れようとするが、密着するフレアと近くにいるアーシェが動作を鈍らせた。


「クビ。今後の活躍をお祈りしてまーす」


確かにそのようなことを言っていたと思う。

何かされるまえに、抵抗らしいものはさせて貰う。


無理矢理身を捩じって机を蹴り飛ばそうとするが、視界や声が大きく歪んで眩暈のような症状に襲われる。そして、一瞬落ちるような浮遊感のあと、ふら付きながらも態勢を整える。

そこは先程までとは景色が変わっていた。


周り一面が泥の沼。

まるで何かの聖地であるかのように生物の気配を感じない。

この感じは『慨嘆の大森林』とよく似ていた。

つまりはここは『怯懦の湖沼』。


「......最悪だ」



◇◆◇アベル



入念な魔道具の点検をしている。

それ自体は珍しくはない。

ただ、歯を食いしばり鬼気迫る顔で調整している姿は異様であった。

本人は周りの反応など気にもせず、最終点検に取り掛かる。

この後の事を考えれば、神経質になるのは仕方がないと言える。

いま、生涯の敵だと思える相手が近くにいるのだ。

意識するなと言うのが無理な話なのだ。

これで最後になるかもしれない、と思えるなら尚更そうである。

なので、最低でも今ある最高をもって挑まなければならない。

だから......やるべきは、今ではない。

今ではないと......分かってはいるのだが。


歯列の隙間から噛み殺すかのような息が漏れる。


体の内側から憎しみが掻きむしって出てこようとしている。

怒りで血が茹で上がり、皮膚から裂けて出てきそうなほどである。

辛うじて残っている理性が鎖となって行動に移すことを食い止めていた。


落ち着け、ここには人が多すぎる。

障害となるものが多すぎる。

逃げられれば、こちらに追う術はこちらに無い。


何度も反復して言い聞かす。

相手は挑んで応えるようなタイプではない。モーラルからの情報によれば、面倒や危険を感じると小動物のように逃げると言っていた。

ドラゴンのように強いのにネズミのような臆病さでありながら、一度見失ってしまえば魔力がないので探すのが非常に困難である、と。

であるなら、今回見つけられたのは僥倖である。

そして、見失わずに追い付けたのは運命だと言ってもいい。


この好機は逃がさない。

例え行き着いた結果が、命が尽きたとしても。


「どうだ」


歯を食いしばるように小さく呟く。


「いるよ。こっち見てる」

「そうか」


ぶっきらぼうに答える。

確かめるまでもなく、背中越しでもあの男の存在を感じている。

狙うは移動中にある絶好の狩場。

障害物も無く、ある程度の広さもあり、仮に逃げたとしても肉眼で見つけられ、隠れる場所もない。

これ以上はない。

運はこちらに向かって吹いている。

目にもの見せてやる。


大きく深く、静かに息を吐く。


「あ、勇者が来た」

「勇者は知らん。目だけは離すなよ」


点検は終わった。

現状こちらで出来る事は全て終わった

あとは、モーラルに見失わないように見張ってもらうだけだ。

可能であるなら一人で全てこなしたかったが、そもそもが歯止めが効かないであろうことと、魔力以外での情報収集能力がモーラルの方が優秀であるなら任せるほかなかった。


あとすこしで、全てが決す......?


「あ、やば」


モーラルが漏らした言葉に反応するよりも、部屋の異常さに目が言った。

勇者に対して唯一背を向けていたから気が付いた。

部屋四隅が仄かに光っている。

そして、唐突にモーラルに手を握られたと思った瞬間に、浮遊感と眩暈に襲われた。

大きく揺らいだ視界が元に戻ると、景色が一変していた。

部屋の中にいたはずが、屋外に出ている。


「何があった!」


叫ばずにはいられなかった。



◇◆◇フレア



廊下を足早に進む。


ここまでは順調だ。

前回は勇者に蜜月を邪魔されたので、2度とこんなことが起きないように能力を使用しての接近することを禁止させた。

その代わりに私が勇者チームに一時的に入って依頼をすると言う事になってしまったが、期間を一日だけにという条件にしている。

話も聞いた限り問題なさそうである。

もっとごねるかと思ったが反省はしているようだ。

そして、従者達には事前に厳しく言い聞かせたので大丈夫であろう。

これで柵は無くなった。

あとは依頼を終えた後に、近くの街にシヒロを誘導すればいい。

前回中断したせいで、まだ空けていないお酒もある。

飲み直そうと言えばついて来てくれるはずだ。


良い感じだ。


何かあって失敗した時のように保険として、もう一つのプランを用意していてよかった。

これはあまりにも強引で失敗した時のリスクが大きすぎて取れなかった手段。

だが、前回の反応と勢いに任せれば......母様と姉様から授けられた最終手段が活かせる。

勝算は悪くない。


扉を開けてシヒロを探す。


いた。


勢いが大事だ。

この奥の手のプランは最後の一押しのためにある物だ。繋げるために大胆に行け。一度躊躇すると照れが勝って動けなくなる。


まずは声を掛けて反応を伺う。

悪くない。嫌な印象は受けていない。

理由をつけて今度は密着してみる。

反応からして嫌がっていない。よしっ。

今度は見上げるように、顔色をうかがってみる。


......あぁ、鎖骨がエッチだ。

あの喉仏......触ったらダメかな。流石に怒られるか。


邪念が混ざった。

表情からは読み取れないが、雰囲気から悪くないと判断する。

ゆっくりと息を吐き目を瞑る。

母様と姉様から授けられた策を今一度思い返して反芻する。

お父様と義兄様を堕とした策。


「お父さんは奥手だったからね。部屋に押しかけて押し倒して、そのままキスしてから手を胸に押し付けたら大丈夫だったわよ」


「あぁ、旦那は鈍感馬鹿だったからな。部屋に押しかけて、押し倒して文句を唇で黙らせて、動揺したとこに胸を触らせたらいけた」


これが奥の手である。


そこでふと、疑問が沸き上がる。

あれ? シヒロを押し倒すって難しいのでは?

というより倒せるのであろうかこの男。


プランの破綻を感じた瞬間に、一瞬の浮遊感。

この感覚は知っている。

何度も経験した感覚。


慌てて目を開けるもすべては遅かった。

シヒロという支えを失い、ド派手に地面に転んだ。


先程までいたギルドの部屋ではない。

豪華絢爛とはよく言ったものだ。

眩い灯りに目を細めてしまう。


「なんじゃ? おまえら」


そこには、赤褐色の肌をした金髪の女が、玉座のようなところからこちらを見下ろしていた。


「はぁ。期待はずれなのじゃ」




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