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95話


◇◆◇フレア=レイ=ブライトネス


一大決心の覚悟を決めた食事の最中に、勇者が乱入してきた。

暴れる私に、何処からともなく現れた従者たちに抑え込まれ、諭されて、今はベッドで不貞腐れていた。


良い雰囲気だった。

確かな手ごたえを感じていた。

勇者の邪魔さえなければ、今頃は一人でベッドにいる事も無かっただろう。

時間をかけた周到な準備と仕込みが台無しになった。

勇者とは一応話は付けたが、いっそ......。

いけない、と頭を振る。


思考が悪い方へと流されている。

結果、失敗ではあるのだが、全てが台無しになったという訳では無い。

今回の事で、シヒロの好みに関する事と私の優先順位の高さが知れたのは大きな収穫と言える。

前々から食に関しては並々ならぬ強い好奇心と興味を持っているのは知っていたが、ここまで効果があるとは思わなかった。

お酒と珍味を用意していれば、無下な扱いはうけないだろうと思っていたが、トントン拍子で話が進んでしまい、内心で動揺してしまうほどである。

そして、なによりも嬉しかったのは、突然現れた勇者にたいして私を守ってくれたことだ。

それも、お酒や料理よりも優先してである。


「フフッ」


少し機嫌がよくなってきた。

従者がシヒロを帰らせたと聞いたときは悔しい気持ちになりはしたが、今思えば正しい行為ではあった。

大きく取り乱した姿を見られなかったのは大きなプラスと言える。

見られていれば今以上に凹んでいたかもしれない。

取り返せない程のマイナスは免れたはずだ。


次があるなら大丈夫。

いつまでも、クヨクヨしている場合ではない。

反省と対策を考えなくてはならない。

念には念を入れて、勇者が入ってこないような対策を立てなくてはならない。

あと、従者達の過干渉にもモノを言わせてもらおう。

ある程度は許容しているとはいえ最近は目に余る。

そちらの対策も考える様にしよう。


良い感じにポジティブになって来ていたが、勇者以前の問題が心の中で浮かび上がる。

私自身の問題。

大きく溜息をついて、寝返りをうつ。

天井をボンヤリと眺める。


失敗したことに、どこかホッとしている自分がいるのである。

本番を前にして躊躇していなかったと言えば噓になる。そして、それが起こらな無かったという事に安堵している自分がいる。


「はぁ」


悔しさと安堵が交じり合い、何とも言えない苛立ちが沸き上がる。


「あいつは気にもしてないんだろうな」


一喜一憂し、また最初に戻って不貞腐れる。


「ムカつく」



◇◆◇



昨夜は謎の追跡者のこともあり、念には念を入れて人通りが多く少し高い宿屋に泊まった。

撃退までは出来なくとも、逃走までの時間稼ぎにはなってくれるだろう。

値段以上の備え付けであり、リラックスするには充分すぎるというのに、フレアの件について考えていたら眠れなかった。

どう捉えればいいのだろうか。

フラれたので、恩は感じていても好意は無い物だと考えていたが、違ったのだろうか。

妙に目が冴えてしまい、朝になってもモヤモヤした気持ちが拭えず、部屋を後にする。


どうにも悪感情には過敏に反応できるが、良感情には鈍感である。

唯一、襲撃が無かったことだけが幸いだ。

朝日に目を細めると、火を連想しそうな赤い髪に視線が釘付けになった。


「......おはよう」


フレアが待ち構えていた。


「ええ、おはよう」


何でここにいる事が分かったのだろうか。

いや、それよりも挨拶がどことなくぎこちなくなってしまった。

なんてタイミングで現れるんだ。


「うわぁ、ストーカーですよ。怖いですね」


いや、まぁ、あながち否定はできないが、同じ街にいるのだからたまたま、と言う事もあるだろう。


「なるほど、可能性の一つとしてはあり得るかもしれません」


遠回しに、ないと言われている気がする。


「あぁ、えっと、朝ごはん。食べに行くか?」


気持ち悪いほど動揺が隠せていない。


「ええ、ご相伴にあずかるわ」


そう答えるフレアに違和感。

なんだろう。すこし不機嫌なのだろうか。

すこし疲れているような、苛立っているような、そんな声をしている。

軽めに食べれるところにした方がよさそうだ。


所で何してるの? アーシェ。


「はい、寝転がって観察してます。なるほど、今回はフリフリの可愛い系で攻めてきましたか。参考になります」


立て、はしたない。


「承知しました」


驚くほど滑らかに立ち上がる。


「ん」


フレアがそっと手を前に出す。


「エスコートして?」

「はい」


断れるはずもなく、手を取る。

そのまま、シュルっと指を絡ませ腕を組む形になった。


どういうことなのだろうか。やっぱりそういう事なのだろうか。

分からない。こういう時どうすればいいのか分からない。

あの時、どうして巻物に書かれていた父さんの言葉をもっとじっくりと読まなかったのか後悔する。

こう、男女での行為の項目は目を通していたのだが、それに至る前の女性との付き合い的なものには目を通していなかったのだろうか。

今手元にあれば確認できるのだが。


おのれ、あのチビッ子魔王め。


赤褐色の肌の金髪魔王が高らかに笑う姿が脳裏に浮かぶ。

しかし、盗まれてしまったものに思いを馳せた所で戻ってくるわけではない。

問題なのは今だ。

今が大事なのだ。

今この状況に何が起きて、どう対応すればいいのかそれが大事だ。

伊達にいろいろな経験はしていない。

最適でなくてもいい。ハズレでなければいいのだ。


腕を組み、歩調を合わせながら店へと進む。

あらゆることを想定し、この現状を洗い出しているときに重要な事に気が付いた。


これは本当に好意からくるものなのだろうか。


前提として好意があると考えていたが、そうじゃない可能性もあるのではないか。

このエスコートも主従的な意味かもしれない。

立場的にも、向こうは貴族でこっちは庶民であるので信憑性は高い。

地位も性別も住んでいた世界すら違うなら、殊更にあって当然だろう。

それに、『普通』や『当然』で考えていたが、そもそもが生まれた19年の偏見でしかない。

こういった経験が無いのだから考えても無駄である可能性も大いにある。

でも、本当に好きでもない相手に密着するだろうか......少なくとも自分はするか。

必要ならする。


余計こんがらがってきて......面倒になってきた。

あれこれ考えずに聞いた方が早い。

勘違いであっても傷は小さくて済むだろう。


腕に絡みつくように密着するフレアに声を掛けようとした時、前を歩いていたアーシェがヌルリ振り向いて、元気よく手を挙げているのにきがついた。


もしかしてだけど、さっきからしているその動きは


「はい。シヒロ様の動きを参考にしています」


そう......それより手を挙げてどうした。


「はい。僭越ながら私も所望します!」


ジッと空いている腕を凝視する。


えぇ。両手を塞ぎたくないんだけど。


「私が盾になります。ぶん投げてくれても構いません!」


......店に着くまでな。


「はい! ありがとうございます!」


物凄くぎこちなく腕を絡ませる。

それ痛くない? と思えるほどだ。


なんか、露骨に警戒心が減ったな。と思いつつも鼻息を荒くして興奮しているアーシェを見ているとそんな事すら馬鹿らしく感じてくる。

そして、フレアに聞く前に店についてしまった。


「なんだかなぁ」


両手に花ではあるのだが、素直に喜べない。


店員に案内されて席に移動する。

個室である。


宿屋の時もそうだったが、ここ最近勝手にグレードを上げられている気がする。

何を聞いてもサービスですと指し示したかのように同じ事しか言ってこない。

何ならお金を受け取らないところもあるほどだ。


それをフレアに相談してみる。


「当然よ」

「当然です」


こっちも指し示したかのように同じ答えを返す。

なんでだよ。


「この街は分かりやすい程シンプルよ。残酷な程ね」

「同感です。前が異常だったのです」


仲良しか。


「それよりシヒロ。今日は晴れていて、いい天気ね」

「ん? あぁ、そうだな」

「ん、これ結構おいしいわね。シヒロも好きかしら」

「あぁ、そうだな。良い味付けだと思う」

「水が減ってるわね。注いでいいかしら」

「気が利くな。ありがとう」


なんだろう。フレアが滅茶苦茶話しかけてくる。


「すこしデザートも注文していいかしら」

「あぁ、いいぞ」

「でも食べ過ぎも良くないから、シヒロが半分食べてくれるかしら」

「あぁ、いいぞ」

「勇者の依頼一緒に受けてくれる?」

「あぁ、いいぞ」

「昨夜は騒がしくしてごめんなさい。もう2度と起こらないようにするし、そうなるはずよ」

「あぁ、そんなの気にしなくて......」


いま、なんか、合間に変なこと言わなかったか?


「えっぐいですね。イエスセット話法ですよ。この世界にもあるんですね」


ムグムグとパンを頬張りながらアーシェが説明する。


「フレア......おまえ」

「あなたがいると心強いから助かるわ」


今日一番であろう笑顔をこちらに向ける。


「悪女ですね。機を嗅ぎ分ける才能もあるんだから質が悪いです」


絶妙なタイミングでの言質を取られた。

通常の状態であるなら引っかからなかったし、引っかかっても無視していた。

だが、フレアに対して後ろめたい事もあるうえに、その笑顔に一瞬見惚れてしまったこちらの負けだろう。


「......今回だけだ」

「お礼はするわよ。私にできる事なら何でも」

「忘れるなよ」


こちらの好感度は少しだけ下がった。


「シヒロ様......チョロ過ぎです」


誰にも聞こえないように呟くと、抹茶をすするようにスープを飲み干した。



◇◆◇アベル



「クソ、想定よりも遅くなった」


本来なら前日の夜に着く予定だったが、朝になってしまった。


「まあまあ、落ち着いて。これ飲んで」


ズイっと飲み物を差し出す。


「お前を待っていて遅れたんだ」

「ハプニングは旅の醍醐味。それに女は色々入用」


飲み物を乱暴に受け取って一気に飲み干す。


本来であるなら待つなんてことはせず、無視して一人でも行くつもりではあったのだが、名目は2人での旅行なので置いていくわけにはいかなかった。

そのせいで、無為な時間を過ごすハメになった。


「分かっていると思うが、この旅行が終わったら好きにさせて貰う」

「宿泊は付いてからスタートって事も忘れないでね」

「ッチ。分かっている」


だからこそ前夜で着くようにしたかったが、それは向こうも分かっていたのだろう。

そのためにワザと長引かせるために調整していたんだろうが、こいつ自身は何処に行ってたんだ。


「内緒」


相変わらずこちらの心を見据えた言動だ。

本来なら舌打ちの一つでもするのだが、今はそれどころではない。

ゆっくりと息を吐く。


ここにいる。

アイツがこの街にいるのだ。


体の奥底から震えてくる。

自然と力が入り、怒りが沸々と湧き上がる。

逃がしはしない!


パン!と勢いよく尻を叩かれる。


「ッ.....」

「今は私」

「......分かっている」


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