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94話



不思議な事もある物で、一度断ったというのに何故かフレアの誘いを受けてしまった。

最初は、「個室をとっていようと関係ない。断る」と言うと、「分かった」と了承してくれたのだが、せめてここの街を案内をして欲しいと頼まれた。

その程度なら、と適当に案内をしながら適当に軽食を摘まんだり、ジュースを飲んだりとお喋りをしながら案内をして、気が付けば日も傾いてきたところで、フレアからもう一度行かないか、とお願いをされた。

自分で言うのもなんだが、一度決めたら頑固であり、多少のことでは意見を変えないのだが、今度は貴重なお酒と滋味と珍味な料理を用意してあるのでどうか、と提案された。

二つ返事で了承してしまった。

あまりにも見事な交渉術である。

舌を巻いてしまう。

だが、よくよく考えてみれば、久しぶりに会ったというのに無碍に断るのは失礼であろう。

一杯だけでも付き合うというのが礼儀だ。

ご相伴にあずかろう。


フレアの後に付いて行き、案内されるままに目的地へと到着した。

この街の案内は必要だったのかと思えるほどの迷いのない足取りである。


「ここよ」


そこは店の個室というよりは部屋に近い感じであり、誰もいない。

疑問に感じたので説明を求めると、良い店なので、全て準備されておりウェイターも居らず、部屋には誰も来ないとの事だった。貴族の間ではこれがトレンドらしい。

何故か部屋の真ん中にデカいベットがあるのもトレンドらしい。


そう言う事なら特に気にしないが......怖い。

なんか怖い。

フレアの視線が怖い。

悪感情は感じないのに、どこか攻撃的で獲物を狙うような目をしている。

感じたことの無い視線にどう対応すればいいのか戸惑う。

どうしたらいい。

部屋に入るのに躊躇してしまう。

今からでも引き返す事を真剣に考えていると、部屋奥に酒と料理が用意されているのを見つけた。

古今東西から集められたような酒と美味しそうな料理が不安を搔き消した。


何を怖がっていたのか、仮に何かあったとしても壁をぶち破って逃げればいい。

腹は決まった。

いざ肚が座ってしまえばどうって事は無い。これでも白墨家の長男だ。

どうとだってなる。


フレアに促されるまま部屋に入り、席に着く。

部屋全体は落ち着いた雰囲気で照明は抑え気味の明るさを保っている。

リラックスしやすい心遣いを感じるが、妙に目の覚めるような香りがしている。

ようするに、少し興奮気味だ。

思っていたよりも目の前の料理と酒に興奮しているのかもしれない。


早く飲みたい気持ちでいっぱいではあるが、いきなり飲み食いするほど礼儀知らずではない。

一先ずは、掴みの会話から始める。

フレアの近況を聞いてみた。

前の時よりも席順を上げて首席の卒業も遠くない、との事だ。

フレアはかなり頑張っているようだ。

そして、ようやく再開を祝して乾杯をした。

落ち着きを払いながらも、まずは一口。


んー、美味い。香りもいい。

ただ、異常に飲みやすいのにかなり度数が高い。軽く火が付くレベルだ。

ペースを間違えるとすぐに酔ってしまいそうだ。

.....でも、美味いから良いか。

料理も一口頂く。

こっちもいい。お酒との相乗効果もあってどんどん行けそうだ。


「こっちもいいわよ。クセが強い料理だけど、このお酒と一緒に飲めば最高に美味しいわよ」


パクリと食べて、クィッと飲む。


「ふぅ、なるほど」


確かにクセの強い料理だが、強い酒精で洗い流されると、旨味と香りだけが口腔に留まる感じがしてたまらない。好みのタイプだ。

そうこうしている間に、早くも一本開けてしまった。体がホカホカしている。

予想よりもペースが早いので調整すべきだが、フレアが会話の合間に絶妙なタイミングで酒を注いでくる。

注がれた酒を断るわけにはいかないので注がれた端から飲んでいく。気が付けばハイペースで飲んでいる。

これ以上は本当に酔ってしまうのでペースを落とすために、何か意識を逸らすような話題はないかと考えているときに気が付いた。

勇者の依頼の話が一向に出てこない。

そのために呼んだのではなかったのか。

正直あまり興味のない内容だが、ペースを落とすためだ。こちらから話題を振ろうとするが言葉が続かなかった。


......何してるの?


アーシェがフレアの匂いを嗅いでいた。


「はい。チェックしてます。やっぱりこの女、メスの匂いがします」


アーシェ。そういう言い方はしないの。

フレアが男なわけないんだから当然だろう。

最近、言葉使いが悪いぞ。気を付けろよ。


「分かりました。気を付けます.......うわぁ、この女結構エッチな下着付けてます。変態ですよ」


その情報を聞かされてどうしろっていうんだ。

趣味は人それぞれだ。


「そうですね。ですが油断は、アチチ」


フレアから漏れ出た火に触ってしまったようで手を軽く振っている。

なんか、酒の飲み過ぎたのか体から火が漏れ出ているように見える。


「なんか火が出てるけど大丈夫か?」

「ん? んふふ。大丈夫。ちょっと熱いだけで燃えたりしないわよ。触ってみる?」

「......いや、大丈夫です」

「そう。......ふぅ、少しだけ酔ったかもしれないわね」

「それなら、ちょっと休んだ方が良いんじゃないか。丁度ベッドもあるし、軽く横になるか?」

「そうね」


最初の乾杯から飲んでいる所を見ていないが、フレアは酒に弱いのだろうか。

フレアが席を立とうとして少しフラついていた。


「大丈夫か?」

「ん。ちょっと酔い過ぎたかも」


そういうと、ベッドとは反対側にいるこちらへ、しな垂れるかかるように体重を預けた。


「悪いけど。ベッドまで肩......貸してくれる?」


まぁ、その程度なら、と承諾した時。


「んな!!」


こちら側からは見えないフレアの顔を見て驚くアーシェ。


「あ゛?」


それに続いて、驚く自分の声。

ほぼ同時に声をあげた。アーシェが何故驚いたのか知らないが、こちらは見ず知らずの男がいつの間にか立っている事に驚いていた。

突然現れた。

何時ぞやの魔王のように。


行動は早かった。

フレアをベッドの方に放り投げ、テーブルを強く叩いた。

宙に舞う料理と酒瓶たち。

卓上に何もなくなったテーブルをその男めがけて蹴飛ばした。


「アーシェ!! ハクシ!!」

「はい!」

「ぎぃ!」


アーシェが宙に舞うお酒をキャッチ、魔法で料理も受け止める。

ハクシが取り零しをキャッチ&イートする。


「違う! そっちじゃなくて酒の方だ」


追撃しようとした蹴りの軌道を無理矢理捻じ曲げて、酒瓶を足でキャッチする。

危ない、危ない。

ホッとするのも束の間、蹴飛ばしたテーブルが真横に吹っ飛んだ。

一部が壁にめり込み、テーブルは残骸と成り果てている。


弁償はしないぞ。壊したのは向こうだ。


「なに? 急に。めっちゃ危ないんですけど。っていうかアンタ誰?」


お前こそ誰だ、と思わなくはないが反応から見て、こちらに用があるわけではなさそうだ。

それなら、フレアのお客さ......ゾワリとする気持ち悪い感覚が襲う。


こいつ、【鑑定】を使いやがったな。

相変わらず気持ち悪い。


「あー、あんた。ギルドがやたら進めてくるポーターか」


値踏みされているようで、酷く不愉快だ。


「クビ! バイバイ。それよりフレアちゃんに会いに来たんだけど」


それは良かった。

どんな内容か知らないが、こちらからも願い下げだ。


「【フレイム=ヘリックス】」


螺旋を描く火の柱が目の前を通過した。


危なッ。


「プライベート中は近づかないでって言ったわよね」


声の感じで分かる。怒っている。

それは間違いない。

問題なのはこの場合どうするべきかだ。

フレアの反応から、どうやら目の前の男は招かざる客のようだ。

それなら、フレアの味方をした方が良いな。


「あー、誰か知らないけど。今回は日を改めるって事で出直してくれないか」


一筋の剣線が目の前を通る。

こいつ抜きやがった。威嚇のつもりで当てるつもりはなさそうではあるが、向こうがそういう態度を示すならこちらもそれ相応の行動をもって答えなくてはならない。


「お前......」


掴んで締め落としてやろうと近づくが、床を踏み抜き、そのまま階下まで落ちてしまった。

なんとか床に突き刺さる形で落下を止める事が出来たが、怪我の有無よりも格好がつかなく恥ずかしい気持ちに支配される。

原因は床が腐っていたというよりも、酔っていて体重の分散を怠ったためだろう。

酒瓶と料理が無事なのが幸いではあるが、最悪の気分で這い出る。

すると、その場には見知った顔の人が何人もいた。


「何してるんですか?」


フレアの従者たちだった。

驚いた顔で見合わせる。


「仕事中です」


どういう仕事か分からないが、6人いる全員が魔道具らしきものを装着して、監視か盗聴をしている様にしか見えない。


「フレアの......盗聴ですか」

「......」

「本人は知ってるんですか?」

「......」

「プライバシーってしってます?」

「ええ、噂で聞いたことあります」


表情には出さず読み取れないが、ほとんど言っているようなものである。


「まぁ、深くは聞きませんけど、上の男は貴方たちの差し金ですか?」

「違います」

「じゃあ、あれに心当たりありますか?」


その言葉にひどく従者たちは動揺した。


「えっと、おそらくかなりの有名人ではあるかと」

「シラズミ様にとっても、私達にとってもお邪魔虫である事には違いありません」


何やら盗聴をしているような従者からハンドサインが送られる。


「何やら面倒な事になっているようですね。今から私達は応援に行きますが、シラズミ様はどうなされますか? 物凄い面倒事に巻き込まれてもいい、とおっしゃっていただけると私達は非常に助かります」

「お疲れさまでした」


突き破った穴からアーシェが飛び降りて来た。


「シヒロ様。上は修羅場です。面白い事になっているので見に行きませんか?」

「面倒事は嫌いだ。帰るぞ」

「承知しました」


取り敢えず、救出しておいた酒と料理は返却してその場を後にした。

もう少し飲んで居たかったのだが、邪魔が入ったので仕方がない。


酒で少しのぼせた頭をゆっくりと歩きながら冷ましていく。


んー、まぁ、途中ハプニングもあったが今日は良い日だったな。

美味しい酒も飲めたし、料理も美味かったし、なんだかんだでフレアとも一緒に飲めた。


「それにしても、あの男は何だったんだろうな」


謎の男もフレアも互いに知っているよう反応だったが、知り合いというには険悪だった。

まぁ、あの態度なら納得ではあるか。


「勇者ですよ」

「ん?」

「先程の男性は勇者です。見た目からして転生ではなく、転移のタイプですね」

「へぇ。そうなのか」


勇者。そう言えば以前にあったような気がする。

うすぼんやりと勇者の面影を思い出そうとするが、思い出せない。

まぁ、いいか。


「あいつもつくづく変な奴に好かれるな」

「類は友を呼ぶってやつでしょうか」

「かもな」


軽く談笑していると、ふと思い出す。

好かれると言えば、もう一人いたような気がする。

アズガルド学園にいた時で、フレアが泣いてて、初めて共闘した。

たしか、

そこで思考が切り替わる。


うっわ。


薄暗い道の先に誰かいる。

家族を除いて、この世界であった誰よりもやばい感じがする。

久々に脳内警鐘が鳴っている。


「アーシェ」

「はい」

「ちょっと、遠回りするわ」

「はい」


自然に右方向へと道を変えるが、咄嗟に出た動揺と警戒が向こうに伝わったのか、一定の距離を保ってついて来ている。

分かったことは2つ。

狙いはこちらであると言う事と、向こうの存在に気が付いて意図して避けている事はまだ完全には分かっていないと言う事だ。


「辛うじての救いだな」

「どうしました」

「アーシェ」

「はい」

「ちゃんと付いて来いよ」

「はい!」


いい返事だ。


意図を悟られないようにゆっくりと移動する。

逃走や追跡を振り切る事については料理の次ぐらいには得意だ。

白墨家『孤島7泊8日の地獄旅行』を3日目まで逃げ切った男だ。

引き出しの多さは並ではない。


夜道の散歩の振りをして、人ごみの中に潜み、大通りから大通りへ素早く移動し、暗闇に紛れてゆっくりと息を潜める。

完全に撒くのにそう時間はかからなかった。

遠くで舌打ちをする音が聞こえると、ゆっくりと気配が遠ざかっていった。


なかなか、しつこかったな。


「暗がりで密着するとドキドキしますね」


胸の辺りでアーシェが呟く。


こっちは違う意味でドキドキしている。


「早く出ろ」

「はい」


2人で暗がりの建物の隙間から這い出る。


「結構高揚しました。恋とはこんな感じでしょうか」

「さあな」


相変わらず無表情なので、口調とあっていない。


「一夜の夢。禁じられた恋。焦れる想い。良いですね」

「せっかくいい気分だったのに、災難だ」


ほろ酔いが覚めてしまった。

大きく伸びをして、深呼吸して月夜を眺める。

久々にフレアと会ったせいか、何時ぞやの夜空を思い出す。

ガロンド砦。

大暴走の後、ぐったりしているフレアを背負って夜道を歩き、宿に泊まって眺めた夜はこんな月だったな。

たしかあの時は......。


そこで、当時の状況を思い出す。

そして、今日の出来事の様々な点が線となって結ばれて行った。


え!? まさか。今日のはそういう事だったの?



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