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92話


酒を貰ってから数日。

ルテルの返事を待っているのだが、何の音沙汰もない。

何時でも出発できる準備はしているが、ただ待っているだけなのは暇なので様々なダンジョンを巡りながら、その日暮らしの生活をしていた。

時には誰かの荷物持ちをしながら食材を収穫したり、今日のようにアーシェと一緒に珍味を求めて依頼のついでに、ブラブラとダンジョン探索に勤しんでいた。


「一通り目的は達成しましたが、何もありませんでしたね」

「まったくだな」


広い坑道のようなダンジョンでの地図の作製も完了し、本命の食材も手に入れることができた。

正式名称は忘れたがスイカのような大きさのナッツである。

中身は真っ黒だが、ちゃんと甘みのある芳醇な香りがする。

しかし、と言っていいのか。話に聞いていたダンジョン内での危険な生物に遭遇しなかった。

ガセ情報ではないと言う事は、そこら中にある痕跡が証明しているが影も形も無いのである。

別にどうしても会いたいというわけではなく。会わない事が何よりではあるのだが、こうも何度も何もない事が続くと、必要な警戒心すら鈍くなりそうである。


「あ、シヒロ様。これです。これです。」


何か見つけたようで、壁を指さす。


「これがこの前見せて貰った酒瓶に使われている素材ですね」

「あぁ、なんだっけ? 太陽の雫だっけ」

「はい、現地ではそういいますがシヒロ様の世界ですとアンバー、琥珀ですね」


光を当てると微かに輝く小さな宝石が見える。

通常の琥珀とは少し違うが、樹液から出来ているという点と有機物の宝石という点では共通している。


「価値が出るにはもう少し大きくないとダメですね。前回見せて頂いた酒瓶として使われている程の大きさになりますと、ちょっとした小金持ちになります」

「へぇ、そうなのか」


持っている知識が役に立てて嬉しかったのか、少し興奮気味でさらに補足してくれる。


「それほどの大きさを酒瓶にするだけの加工技術も然る事ながら、中身も相当です。中身のお酒はエルフの花と呼ばれる希少な花から作られ、それを蒸留して熟成されるために入っている数多の宝石はそれだけで一生遊んで暮らせるほどです。王族にだって酒蔵自慢が出来るほどです」


そうなのである。

貰った酒をその日に飲み干そうと開けようとした時に、アーシェが待ったをかけた。

聞いてみると予想以上に高い酒であることが判明。

さらに、アーシェがいうにはまだ飲み頃では無いそうだ。

飲むに飲めなくなってしまった。


「もう一度言いますが、中身が赤くなったら飲み頃です。もちろん飲むタイミングはシヒロ様次第ですので強く言えませんが、美味しいタイミングで飲めるのがベストだと思います」


それはそうだ。

安酒で安易に手に入るなら躊躇もしないが、希少な高級品だというのなら飲み頃まで待つことにしよう。

ワインを嗜む人はこんな気分なのだろうか。

一度収納袋から取り出して見てみる。

まだ、橙色である。


「もう少しかかりそうですね」

「そうだな」


軽く同意して、()()()()()()()

そう、面白い事にこの酒は酒瓶ごと収納袋に入れられる。

使われている入れ物から、中身の宝石、コルクまですべて有機物であり、、一応は食べる事が可能なのである。

まぁ、硬いし味は無さそうだしで食べようとは思わないが。


「折角だから、飲み頃になったらみんなで飲むか」

「私も一献頂けるのですか?」

「あぁ、どんな味か楽しみだな」

「はい!」

「ぎぃ!」


ハクシが一声鳴くと、また服の中へと戻っていった。

現金な奴である。


そんなお酒トークを楽しんでいると、奥の方から何かが近づいてくる音がする。

耳を澄ます。

足音から人数と体重を、布ズレと呼吸音から身長を割り出す。


獣人と人間の混合チームかな。人数は5~6人位か。


用心のため身構えて様子を見ると、予想通り奥から獣人が現れた。


さて、こちらにはアーシェはいるが、向こうからすればたった一人でダンジョンをうろついている一般人にみえるだろう。

数的有利は向こうが圧倒的。こちらは丸腰。

ここで何をしようとも裁く人も取り締まる人もいないとなると、襲わない理由は無いだろう。

つまりは、正当防衛で小遣い稼ぎができる。


半身で構えて、相手の状況を

「獣人4、人間2の合計6人。人間の1人は奴隷で荷物持ち。内1人は魔法を主に戦う感じですね」


アーシェが斥候として優秀過ぎる。

こちらが出来る事はほとんどなさそうだ。

後は向こうの出方次第。


リーダーと思わしき獣人が暫しの逡巡したあと、軽く会釈をして道を譲るように自ら端によって通り過ぎていった。他の獣人達は意図して目線を合わせようとせず、人間の方は驚きと嫉妬の目でこちらを見て通り過ぎた。


「えぇ、なんなんだ?」

「ようやく理解されたのかと思います」


ここ最近の獣人達の様子が変だ。

いつもなら変に突っかかってきたり、存在しないものだと無視される事が多かったのに、妙に恭しい。


「なんか企んでるのか?」

「××が××なので、ようやくシヒロ様の偉大さを理解したのだと思います」


それはない。

あと、口が悪い。


・・・

・・


変わったと言えば、ギルドの対応も変わっていた。

いつも出て来るタヌキが居なくなり、代わりにアズガルド学園の時の受付嬢が担当になった。


「確認作業が終わりました。依頼の完遂お疲れ様でした。シヒロ様」


この人、微妙に苦手なんだよな。


「そういえば、あのタヌキは何処に行ったんだ?」

「粗相をしたので、別の所に行きましたよ。向こうでも元気にやっているでしょう」


左遷されたようだ。

確かに強めに言い過ぎたかもしれないが、タヌキだけの責任とも言えなくはないし、そこまでしなくても良かったのではないだろうか。と思ってしまう。

だが、呼び戻して欲しいかと言われればそうでもない。

なんだかんだで、あのタヌキは胡散臭かった。

遠からずこうなっていたと言われても納得できてしまう。


「シヒロ様に幾つかの指名依頼が来ています。内容も悪くない物だけ厳選しましたが、次回に保留されますか?」

「んー、そうだな。今日はこれ位にするから。また次の日でも」

「承知しました」


恐ろしく話がスムーズに進む。

ストレスが無くていい。ついでだから、すこし気になる事を聞いてみようか。


「少し雑談になるが、聞いてもいいか?」

「構いませんよ。何でしょうか」

「最近、なんか変わった事でもあったのか?」

「と、いいますと?」

「なんか、いい意味でだけど人当たりが良くなったというか。雰囲気が柔らかくなったというか」

「......」


謎の沈黙。

何か思い当たることがあるのか、それとも思い出そうと記憶を探っているのか。


「シヒロ様は大食い大会があったことをご存じですか?」

「ん? あぁ、そういえばそんなものもあったな。色々忙しくて参加できなかったけど」

「はい。恐らくそれではないかと思います」

「どれ?」

「シヒロ様が最近チャレンジメニューの梯子をされているのは結構有名なんですよ。その1食の総量が優勝者の方と同等以上であり、余裕の表情でデザートまで食べておられるとか。それが3食、連日続いているとなると」

「......あぁ、そうね」


噂になるほどだったのか。

ちょっと恥ずかしい。


「それで、一目置かれる存在になったと思います」

「なるほど」


嫌な置かれ方をしている。

食い意地が張った奴だと認識されて、ドン引きされているって事かな......いや、そんな感じではないな。距離を置く様な接し方ではない。

なんというか角が無くなったというか、冷たさが無くなっている気がする。


んー。


少し悩む。

環境は住みやすく変化しているし、改善されている様にも感じる。

その事自体は良い事なのだろうが、あまりにも劇的な変化だ。

急激な変化は良いことが起こった試しがない。

キナ臭く感じて来た。

ルテルから動くなと言われているが、何か起きる前に早々に立ち去った方が良いかもしれない。


「ありがとう。何となくわかったよ。それと、子供らはどうなった?」


何故か、周りの空気がピリついたように感じた。


「無事ですよ。私の伝手を使いまして一番信頼できる人に預けました」

「ちなみに誰?」

「シヒロ様も知っている方だと思います。この方ですね」


魔道具に浮かび上がる映像を見せて貰う。

白狼の人であった。

んー、まぁ。責任感は強そうだし、悪い人ではなさそうだから。大丈夫かな。軍人だけど。


「元気ならそれでいいか」

「それは良かったです。あぁ、そういえばシヒロ様の好みの依頼ではないですが、面白そうな依頼が届いていますよ。一読する価値はあると思われます」


そういい、一枚の依頼表を手渡される。


「暇な時にでも見ておくよ」


その後、街を軽く散歩をして適当な店でご飯を食べ、眠くなるまでだらだらと過ごした。

平和である。

退屈と感じるほど何もないのは久々だ。

ちょっと思い出すのに苦労する程である。

あまりにも暇だったので、貰った依頼書を見てみるほどである。


「勇者の依頼ね」


何やら荷物持ちのためのポーターを探しているようだ。

行先は当日までの秘匿項目となっているが、目的地には翌日以内の到着予定のようだ。

そこまで遠くなく、距離を取るという意味では丁度いいのかもしれない。


「同郷かもしれない奴等と一緒ってのは気まずいけど、勇者が諸々から守ってくれると考えると悪くは無いか」

「ここを発つのですか?」

「まぁ、そうだな。ちょっとこの街から距離を取る程度だけど」

「了解しました。いつでも準備は整っています」


まぁ、前向きに考えていると伝えるだけでもいいか。


◇◆◇ 現・ホノロゥ


首が疼く。

あの男に噛み千切られた傷痕が疼く。

そっと首に触れる。

まるで自己主張するかのように異様に熱を帯びている。

傷痕は他とは違いザラついている。

熱い息が漏れる。噛みつかれたあの瞬間を嫌でも思い出してしまう。

硬い歯。柔らかな唇。暖かくぬめつく舌の感触。

そして、強烈な痛み。失われた自分の一部。

甘い毒のように苦しく痺れて心を蝕んでいく。


傷痕に爪を立てる。

こんな傷痕があるのは恥である。弱さの証明である。

それなのに、消せた傷を消さずあえて残したのは何故なのか。

現実感のないあの光景を忘れないようにするためか。

己が不甲斐なさを忘れないためか。

彼の残した印が消えるのが嫌だったのか。

全てが正しく、全てが嘘の様な。己が心のありようが、幻月を見たかのように戸惑ってしまう。


立てた爪に力が籠る。


魔王との接触。蹂躙。そして救済。愛おしい悪夢。

理性と本能のせめぎ合いのど真ん中に立ち尽くし、どちらの強者に尾を振るかを選べる苦い幸福。

力づくで征服される悔しさと、彼の役立てたという優越感。

あれからというもの。今も、泥と廃油が混ざり合ったような熱く醜い何かが胸中に渦巻いている。


あぁ、私の中で日増しに大きくなっている。

あぁ、首の傷痕が切なく熱く疼いている。

あぁ、私は


「ホノロゥさん」


その声で我に返る。


「血が出ています」


どうやら爪を立てすぎて血が流れ出ていたようだ。


「すまない。疼いて搔きむしってしまったようだ」


いつものように冷静に務め、血を拭う。


「それで? 準備は整ったのか?」

「はい、余計な荷物は増えてしまいましたが、つつがなく」


追加された魔道車には4人の獣人の子と1人の獣人が乗っていた。

子供の方は固まるように隅に移動し、獣人は酷く衰弱して項垂れている。

あの受付嬢にそうなった理由は聞いている。

同上もするし理解も出来る。

だからと言って、助けるかどうかは話が別だ。

何もできないし、する気もない。失敗という罰は甘んじて受けるべきだろう。


それにしてもあの受付嬢は何者だ?


何かしらのスキルを使って姿形を変えているのは分かる。何が目的で接触してきたのはいまだに不明だ。

タダ者ではない事だけはわかる。

今回の事で出会う機会も増えるだろう。警戒していて損は無い。


「では、我々の護るべき国へ帰るとしよう」


そうだ。我々の任務は成功した。

その結果だけが何よりも大事なのだ。

私は託された任務を達成し、名前に恥じない事だけを考えればいい。

そう、それだけでいい。

胸中に立てた誓いを前にして、改めて己を奮い立たせる。


もう会う事も無いだろう。


想いを断ち切り背を向ける。

それでも、この疼きは治まらなかった。



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