06 宿屋にて
宿屋の部屋は6畳くらいの大きさだった。これで2人用というのだからなかなかだ。ややボロいベッドが二つと、簡単な作業ができそうな机が一つ。本当にただ泊まるだけの部屋なのだろう。一泊50Gというのが日本円換算5000円位な事を考えると……。
「なかなかいい部屋ですね、ユーマ。宿屋とはこういった作りになっているのですね」
一方でルーシャはそんなことを言いながらとたとたと部屋の中を走り回っている。子供か、お前は。というか、こいつ何歳なんだろう。
見た目は高校生くらいなんだが、精神年齢は若干低そうな気もする。よく言えば純真、悪く言えば世間知らずというか。
「あまりはしゃぐと隣に迷惑じゃないのか」
俺の言葉に、彼女ははっ、となって急に静かになる。お隣さんの邪魔をして、苦情を言いに来られたらたまったものではない。それに、男女が一室というこの状況も噂にでもなったらと思うと恐ろしい。別に付き合っている訳でもなんでもない(むしろ保護したといった方が正しい)のだが、第三者から見ると勘違いしやすいのは確かだろう。彼女は確かに綺麗な顔立ちではあるが、中身は残念脳筋っぽいことが徐々にわかってきているのだ。
さて、とりあえず部屋に落ち着くことはできたし、早速さっき買ってきたものを試してみようか。
俺は部屋の隅にあるテーブルに羊皮紙を一枚広げる。そして、その上にコンパスを乗せ、方角を確認した上で中央に「始まりの街」と書く。
《システムロール:マッピングを発動します。基準値60 道具【コンパス】により成功率+20。 成功値80 ロール……67 成功 始まりの街の位置情報を記録することに成功しました》
そんなシステムメッセージが出て、羊皮紙に書かれた“始まりの街”という字がみるみるうちに変化していく。インクがうごめき、、簡単なイラストの付いたわかりやすい地図となった。細かい路地などまではさすがに描かれていないが、門からこの宿屋付近までの情報が見やすく書き込まれた地図だ。
ちなみにプレイヤーのメニューウインドウからでは世界全体のおおまかな地図しか参照することはできなかった。そこでどうすればいいのかヘルプで調べてみたところ、こうして《マッピング》という行為を行うことで地図を得ることができるということだった。マッピングした地図は物理的にも残るが、何より重要なのは一旦記録された情報はあとからウインドウで確認できるということだろう。これでこの周辺で迷うことはないだろう。メモ機能を使っていい採集場所を記録していくことなどもできる。
「ほほう、ユーマは魔法が使えるのですか」
「魔法、なのかな。君の言う“女神様の遣い”、ならみんなできるだろうけど」
「そうなのですか。すごいですね」
興奮気味の彼女を宥め、次に始まりの森のマッピングも開始する。ついでに、メニュー画面でシステムの文章を多少簡略にしておいた。同じような行動に、いちいち報告する必要はないだろう。それに細かいダイスの数値をいちいち出されても見る気にならない。
《システムロール:マッピング発動 基準値60 コンパスにより+20 成功値80→95 始まりの森の記録に失敗しました》
失敗という文字と共に、書いた文字が消えていった。ただ書くだけなのに失敗するとは、と思う。ここらへんはゲーム的な融通の利かないところなんだろう。
とはいえ、2回目で90以下失敗か…少し気分が落ちる。
「もう一回です、ユーマ」
彼女の声に後押しされて、俺は再び同じロールを行う
《システムロール:マッピング リピートにより基準値減衰 成功値40→23 成功 始まりの森の記録に成功しました》
ん……なるほど、同じロールを連続で行うと成功率が減るのか。見た感じ、半減か?
料理の時はこうはならなかったが、あれは材料が毎回別のものだったから同じロールとはとられなかったのかな。あとでヘルプで確認する必要があるな。
なんにせよ成功だ。実際に立ち入った部分しか記録はされていないが、自分の活動の成果がこうして目に見える形になるというのは嬉しいものだ。
それになにより、地理を知ることは重要だ。今日一日森の探索をして分かったが、知らない土地を探索するというのは非常に怖い。今日は森の浅い部分にしか入らなかったし、街の方向は常に意識していたから道に迷うことはなかったが、これが例えば魔物に襲われて方向が分からなくなったり、自分がどこにいるか分からなくなったりするのは命に関わるだろう。そのうち、太陽の位置で方角を知るだとか、そんな知識も身に着けなければならないかもしれない。
ふと、隣で羊皮紙をのぞき込んでいたルーシャを見る。
「……? 私の頬に何かついていますか?」
「……いや、これを」
「……これはユーマのための地図では?」
「俺はもう覚えたからな。女神さまの力だ」
「そうなのですか、便利ですね。……しかし、この地図はわたしには必要ないです」
ほう、さすがこの世界の住人だけあってそういったスキルはばっちりなのか。感心感心。戦闘以外で頼りになるところがあまりないなと思っていたが、
「わたしは地図が読めませんからね」
……俺の感心を返せ。
というか、もしかして。
「なぁルーシャ。方向感覚に自信は?」
「え、いえ、別にそれほどでもないですよ」
目は泳ぎ、明らかに挙動不審だ。こいつ絶対、方向音痴だ。恐らく昔に大失敗をやらかした過去なんかもあると思われる。
森で行き倒れたのはそのせいか。
「持ってろ。そして少しでも地図が読めるように頑張れ」
「う……わかりました。ユーマの意向に添えるよう善処します」
「善処だけでは困るからな」
彼女はしぶしぶといった表情で地図を懐にしまった。
「ああそうだ、地図も出したし丁度いい。明日の事を言っておく」
「はい」
「とりあえずこの近くの飯屋に行ってみようと思っている」
「ご飯ですか?」
露骨に目を輝かせるあたり、大食いの気はスキルによるものだけではないだろうな。むしろ生来の食事好きが高じてあのスキルが発生したんじゃないだろうか。
「ああ、俺のメイン職業は一応料理人ということになっている。だがまあ、個人で修行というのもどうかと思うし、どこかの店でいろいろ教えてもらえないかと思ってな」
ちなみに、ゲームならだいたいこういった修行系のクエストはあるはずだというメタ読みもある。じゃなきゃ突撃修行なんてしようとも思わない。
「俺がバフ効果の大きい料理を作れるようになれば君も戦いやすいだろうしな」
今の俺が作れるレベルの料理だとバフ効果はないが、スキルレベルを上げていけばバフが付くことは料理人のヘルプ説明で判明している。
ルーシャの持つ《大食い》のスキルによる、満腹状態における能力上昇は約2倍。更に、バフ効果も同じく2倍ほど。この二つの能力上昇は加算方式でステータスが上昇するため、ちゃんとした効果を付ければかなり強力だろう。
例えば仮にルーシャのSTRが100だとして、満腹状態で200、バフ効果で10%上昇でもつければその効果も2倍になるから20%で240まで上がる。普通の人が100に10%で110ということを考えるとかなり強いだろう。
「だから、明日は街の料理人さんに色々と教わろうと思う」
「店で食事をしてもいいのですか?」
「まあ、ほどほどになら奢るよ」
本当にほどほどにな。頼むぞ。いくら初期資金があるとはいえ、手綱を緩めたらあっさりと破産させそうだ、こいつは。
「ありがとうございます、ユーマ」
純粋に笑顔でお礼を言う彼女の姿に、少しぐっ、とくる。
しかし、礼を言ったのはご飯が食べられるということに対してだ。そう思うと急速に気持ちが冷めていく。
はあ、まぁ喜んでくれるならいいか。
「とまあ、これからの予定は以上だ。後は自由にしていてくれ」
「今日の晩御飯はどうするんですか?」
「……まだ食材が少し余っているから、それで我慢してくれ。さすがにこれから外に出るのは辛い。今日は疲れた」
ああほんと、今日は色々とありすぎた。寝て覚めたら夢だった、なんてのだったらいいのに。