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05 宿屋

 「これからどうするのですか、ユーマ」

 「ああ、必要なものを色々と買い揃えようと思ってな」

 

 半日この世界で過ごしてみて、大分実感がわいてきた。まだ、生き死にをかけたゲームという感覚は、ないけれど。とりあえず必要なものはいくつか思い浮かぶ。


 俺は朝に比べて多少プレイヤーが少なくなった広場へと足を向けた。

 始まりの街は、規模としてはかなり大きい。海に隣接しているが港町ではなく、東の海岸から少し離れて沿うように広がっている。大陸の東端、太陽の昇る街としてかなり有名でもあると、ルーシャに教えてもらった。確かに、プレイヤーが突然1万人近く現れたはずなのにさしたる混乱も見て取れない。

 

 ※ ※ ※


 「こんなに必要なんですか?」

 

 ルーシャは少々げんなりした顔つきで、今日買ったものを見た。

 羊皮紙と羽ペン、初級ポーションにコンパス、あと俺にとって重要な火打石だ。変わったものとして金槌があるが、これは俺の鍛冶師としてのスキルを生かすために改めて買い直したものだ。初期装備よりも良いものであり、鍛冶スキルの成功率が上がるらしい。経験値効率にもつながりそうなため、早めに買っておきたいものであった。


 料理人の腕を磨くことを決めてはいたが、鍛冶師の方は別の職に転職するか悩みどころだった。しかし、街の外に出て魔物と戦闘をする、というのはどうにも気が乗らないので戦闘職に変えるのは躊躇われた。じゃあ他になにかやるべき職があるか、といわれればそれもよくわからない。攻略本なんてないのだ。いつか有志がプレイヤーのメニューから覗ける掲示板に攻略情報を書き込みそうではあるけど。


 そんなわけで、とりあえず鍛冶師のまま行くことにした。勝手がわからないから、当分は料理人メインで生活することにはなると思う。

 

 「こんなに大荷物で戦えるのですか?」

 「俺は魔物と戦う気はないよ。もし戦いになったら逃げるし、逃げられないなら君の剣の腕を信じる。そのかわりの役割分担として俺は君の為に料理を作るし、荷物も持つ。それでどうだ?」


 この言葉に、少し翳りが差していた彼女の顔がぱあっ、と明るくなる。


 「そうですか、では貴方の為に一生懸命戦いますね」


 嬉しそうに言う彼女に、俺の顔も自然と綻ぶ。貴方の為に、なんてこんな可愛い子から言われたら、男としては嬉しい……いや、この状況だと男の俺が守られてるのか。普通逆だと思うんだが……仕方ないか。


 さて、そうこうしているうちに日も暮れてきた。メニューウインドウを開いてみれば午後6時。そういえば今の季節は夏なんだろうか。夜になってきたけど肌寒さとかはないな。


 「季節ですか。ユーマは女神さまの遣いでしたものね。いいですよ、教えましょう」


 ルーシャの説明によれば、数日前に丁度年が明けたそうだ。もっとも、この世界では正月などなく、一年の概念も薄いらしいが。

 月の呼称は1月相当の白子の月から順に、銀丑の月、赤寅の月……と続き、12月が黒亥の月。1月は30日。ここまでで12か月×30日で360日。残りの5日は灰猫の月という13個目の月があるらしい。元の世界と同じ、365日で1年のシステムは変わらず、1週間、1か月といった単位も普通に通用する。分かりやすい。メニュー画面で見てみれば確かに日付のところには“白子の月 3日 18:02”と表示されていた。


 今が一月と考えれば北半球に住んでいた俺にとっては冬真っ盛りなのだが、ルーシャによればこのあたりは一年を通して暖かいんだそうだ。もっと北の方に行けば雪の降る地域などもあるらしい。

 なんにせよ、環境は厳しくなさそうだ。よかったよかった。


 「ユーマ。今日は宿に泊まるのですか?」 

 「家はないからな。そのつもりだが」 

 「そうですか。わたしはこの街に来たのは初めてですが、随分と人が溢れているようですね」

 「うん?」

 「ほら、あそこの宿も、あそこの宿も、満員ですよ。あの宿屋の軒先に垂れている布が赤いと満員の印です」

 「そうなのか」


 言われてみてみればたしかにどこの宿屋も赤い布が垂れている。

 ……ああ、多分この世界の識字率はそう高くないんだろうな。元の世界みたいに“満員”と書いてあってもみんながみんな読めるわけじゃないってことだろう。


 今日はプレイヤーが宿をほぼ占拠しているからこんなに赤いのか……。

 って、まずいじゃんか。

 もし宿が見つからなければ野宿だ。いくら暖かいとはいえそれは嫌すぎる。


 焦って探していると、一軒だけ黄色い布を垂らした宿が目に入る。黄色は残り部屋数わずか、の印。東広場の近くの宿屋だ。見つかって良かった。


 そしていざ宿屋で部屋を借りようとすると、主人に意味深な笑いで返されてしまった。最初はルーシャと部屋を分けようと思っていたのだが、どうやらここもほとんどの部屋が借りられており、一室しか残っていないそうだ。

 なるほど、主人の笑いはそういうことか。女連れで一室しかとれないけど、どうするかと。


 「あー、ルーシャ。聞いての通りなんだが……」

 「私は構いませんよ。ご主人、ベッドはどのくらいの大きさですか?」

 「ん、空きがあるのは二人用の部屋だ。ベッドは一応2つあるぜ」

 「それならば問題ないですね」

 「そ、そうか」


 あっさりと頷くルーシャ。これは、出会ってまだ数時間しかたっていない俺を信用してくれているのか、それとも男として見られていないのか。はたまた危機感が欠如しているという可能性もある。個人的には3番目が可能性高そうだと思うが。なにせ空腹で行き倒れるような子である。


 ちなみに、仮に俺にその気があったとしても、ルーシャの寝こみを襲うのは頂けない。見た目は可愛らしい少女だが、聞いた限りではSTRのステータスは俺の5倍以上ある。反撃でもされようものなら死にかねない。

 もちろん、そんな気はないのでいらない心配だが。

 

 泊まっているだろう人数に反して廊下にはほとんど人がいなかった。俺たちはこそこそと隠れるようにして自分の部屋に向かう。さすがに、他人に“一つの部屋に入っていく男女”の姿は見られたくない。どう想像されるかはわかりきっている。場合によっては爆発しろと罵られるかもしれない。

 幸い、俺たちは誰にも見られずに部屋へとたどり着いた。

 とりあえず、今後の計画でも立てようか。

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