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04 大食い

 《あなたは森で行き倒れた少女ルーシャを救いました。この出会いはあなたにどんな変化をもたらすのでしょうか》


 ルーシャは食事を終え、今は二人して倒木に腰かけている。ヒルルのジュースを飲みながら、俺は彼女に話しかけた。


 「しかし、食料を落とすというのもまた、大変だったな」

 「はい、本当お恥ずかしい限りです。もともと大したものももってきてはいないのですけどね。《始まりの街》に着くくらいは大丈夫と思ったんですが……」

 

 これで持ち物はこの剣だけです、と儚げにほほ笑むルーシャ。その表情を見て俺は思わずどきりとした。

 ……いやいや、相手はNPCだぞ。デスゲームなんかに巻き込まれて、弱気になってるだけ。気の迷い気の迷い。


 「そうです、貴方の名前をお聞かせ願えますか」


 そう言いながら彼女が不用意に顔を近づけてきた。たったいま考えていたこともあって思わず少しのけ反る。さっきの儚げな笑みから一転、瞳を輝かせているのはこっちの方が可愛いと思うが、どうにもこの距離感は苦手だ。俺は別にコミュ障というわけじゃないが、ここまで簡単にパーソナルスペースに入ってこられると困る。


 「俺はユーマだ……君は?」


 ミッションクエストの詳細に彼女の名前は記してあったのだが、形式として一応訪ねておく。


 「私はルーシャと言います。ええと、ユーマ、つかぬ事をお聞きしますが、私に何かお手伝いできることはないでしょうか。恩返しがしたいのです」

 「いや、別に気にしなくていいけど……」

 「いえ、そうもいきません。いただいた食料だってただではないでしょうし、たくさん食べてしまいましたし……」

 「まぁ、そりゃそうだな」


 実際彼女の食べた量はすさまじい。この細い体のどこへ入るのか不思議なくらいだ。もちろん俺が料理スキルに失敗して失った食材も相当量だが、おかげでアイテムボックスの中はほとんど空だ。今日の収穫分は全て消し飛んだといっていいだろう。

 まぁまだ換金して無いからただと言えばただなんだが。あれが一体いくらになるのかも全く見当がつかないし。


 「手伝いって言われてもな。逆に聞くが君は何ができるんだ?」

 「え、ええと、……け、剣が。剣が振れます」


 ここで家事ができる、などと言わないあたり残念感がにじみ出てるように感じるのは俺だけか?

 

 「剣が振れるって、その細腕でか。悪いが、あまり信じられないんだが」

 「失礼ですね! 私、剣の腕にだけは自身があるんです!」

 「そ、そうか」


 まぁ、最後の持ち物が剣だしな……。そういえばミッションクエストの詳細にも、“剣士ルーシャは優秀ではあるが”って書いてあったな。システムが嘘を言うこともないだろうし、この少女は本当に凄腕なのかもしれない。

 少女ルーシャじゃなくて剣士ルーシャって表記されてるくらいだもんな。


 「具体的にはどのくらいの魔物なら相手できるんだ?」

 「始まりの街の周辺は魔素が薄いので魔物も弱いと聞きます。迷い子の森にさえ入らなければ大丈夫だと思います」

 「迷い子の森?」

 「はい。始まりの森の奥深くにある別のフィールドダンジョンです。そこは中心部の遺跡から魔素が溢れているそうで、かなり強い魔物が出ると父から聞きました。難度は40ほどだと」


 知らずにそこに入っていたらと思うと怖いな。やっぱり情報は必須だ。

 ……そうだ、俺はこの世界に来て間もないし、この子にいろいろと聞いておけば随分と助かるんじゃないか?


 俺は素直に、この世界についての知識が乏しいから色々と教えてくれないかと頼んでみた。NPCがプレイヤーの事をどう認識しているのかは不安だったが、意外にも“女神様が召喚した人々の一人ですか”と簡単に理解してくれた。

 なんでも、数週間前から大規模な人数が女神によって始まりの街に召喚されることはかなり広く知れ渡っていたらしい。


 ルーシャはこの頼みを二つ返事で引き受けた。というのも、しばらく家には帰らない予定だったらしく、むしろやることができて助かったそうだ。なんか事情があるのかな。

 というか俺としては数時間も話を訊ければ十分だったんだが、ついてくる気なんだろうか。


 メニュー画面からルーシャをパーティーに招待する。視界の左上に彼女のHPバーが新たに現れた。多分これでフレンドリーファイア的なものは避けられるんじゃないだろうか。

 気になったのはバーの上に表示されているバフアイコン。これは《満腹》のアイコンじゃなかったか。満腹はデバフだったはずなんだが。 

 ちなみにデバフはバーの横に表示される。


 「ああ、そのことですね。私には《大食い》というユニークスキルがありまして」

 

 聞いてみると彼女は少し遠慮がちに説明してくれた。 

 確かに、女性がこのスキルを持つのはあまり話したがらない気持ちはあるだろう。

 

 「食べれば食べるだけ力が出るのですが、本当によくお腹が空いて大変なんですよね」


 詳しく言うと、満腹度によって、自身のステータスに補正をかけるスキルらしい。満腹状態だと普通の人ならば体感で普段の半分ほど動きが鈍くなるといったマイナス効果があるのだが、それも彼女には無いという。しかも、食べ物自体のバフ効果も強化されるという優れものだ。


 しかし、その代償として、満腹度の減る速度は常人の約5倍となっている。しかも空腹状態でのデメリットはこちらも2倍。よって、十分に対策しなければステ強化どころではなく、あっさりと死にかねないものでもある。


 メリットよりもデメリットの方が大きい気がするんだがな。ステータス補正系のスキルなんてこんなもんなのだろうか。

 ともあれ、難儀な体質だ。生まれつきだというのだから苦労もしているのだろう。 


 その特殊なスキルを除けば彼女は典型的な戦士の職業構成だった。所持スキルも《体力強化・小》《戦士の心得》《剣術》の3つだけ。

 ちなみに、彼女たちNPCはステータス画面を開くことはできない(そもそもウインドウの概念を理解してくれなかった)のだが、神殿に行けば自身のステータスやスキルを見ることはできるらしい。ルーシャも幼いころと成人の儀を終えた際の2回、神殿に行って確認しているそうだ。大食いのスキル内容もその時に確認したらしい。

 というか、成人してたんだな。見た目が高校生くらいだからもっと幼いかと……と、別に年齢はそのくらいでもおかしくないのか。この世界での成人は20歳とは限らないだろうし。町並みが中世風ってことを考えても成人が早いことはありえそうだ。


 とりあえず、俺たちは一旦町に戻ることにした。一応宿屋に泊れるだけの資金は初期状態からあるし、改めて冒険の準備を整えていくのも悪くはないだろう。

 というより何の準備もなくふらふらと外に出たことが間違いだった気もする。

 もっとも、最大の理由は彼女にあることは言うまでもない。

 

 「おお、ここなら美味しいものが食べられそうですね」


 街の飯屋を見て今にも涎を垂らしそうな表情をしているルーシャを見て、思わずため息を吐く。確かにお昼過ぎでいい匂いもするが。

 この少女、恩を返したいと言う割にはついてきてご飯をおごってもらう気が満々だ。俺はもしかしてとんだ拾い物をしてしまったのだろうか。


 「もう少し我慢してくれ。さっき散々食べたばかりだろう」

 「しかし、お腹は空くのです」


 大食いのスキル効果で常人の5倍食べるとなると、食費も馬鹿にならなさそうだ。ルーシャは食料と一緒にお金も落してしまったようで俺が払わざるを得ないのだが。


 唯一の救いは俺が大金を持っているということだ。この世界のお金の単位はゴールドシルバー。露店の店先の値段表示などを見る限りでは1G=100円くらいの物価だろうか。ちなみに100S=1Gだそうだ。つまり1S=1円だな。分かりやすい。

 そして全プレイヤーは初期の手持ち金が1000G。日本円換算で10万円だ。贅沢しなければ数週は普通に生きていけるだろう。 

 いや、この言い方は良くないな。破産しそうなフラグがたってしまう。

 はぁ。彼女から知識と助力を得る代わりに俺は彼女を養わなければいけないのか……。


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