01 《鍛冶師》×《料理人》
拙作『デスゲームを楽しむために』の外伝です。
「なんで…こんなことになるんだ」
俺は今の自分の置かれた状況に戸惑っていた。そりゃあだいたい誰だって困惑するだろう。自分が突然生死をかけたゲームの中に放り込まれたと知ったら。この状況で前向きに物事を考えられる奴がいたらそいつは頭の捻子が数本飛んでいるだろう。
前評判を聞いて興味を持ち、ダメもとでの抽選にも幸運なことに当選した。そうして始めてみたWC―ワールドクリエイト―というネトゲ。しかし俺の幸運はそこまでだったらしい。
期待に胸を膨らませてプレイしようとしたWCは一瞬で、夢に溢れたゲームとしての楽園ではなく、ゲーム内での死が現実にもフィードバックする殺伐な世界へと塗り替えられてしまったのだ。
現実染みた肉体がそこにある。現実染みた世界がそこにある。でも、それらは俺が住んでいた世界よりもずっと危険で、悪い意味でスリルに満ち溢れている。
「ほんとにこれは現実なのか……?」
夢であるならば覚めてほしい。そう切に願いながら頬をつねっても、現実よりも痛くない鈍痛を感じるだけ。ならばと思いゲーム内初期装備のちんけなナイフで腕を切りつけてみると、視界の左上にあるHPゲージが多少減った。血は出るしそれなりに痛い。でも現実的じゃない。現実なら足の小指を打っただけで涙が出るほど痛いのに、この世界の痛みはオブラートにでも包んだように鈍い。
どうやら、認めざるを得ないらしい。この現実からは程遠い現実を。
ここは《始まりの街》。全てのプレイヤーの始まりにして、恐らく全ての絶望の始まりだろう。辺りにも、今の自分の状況を悲観し、動揺し、震えている人がいる。
希望の始まりが絶望の始まりへ。
「こんな……ッ」
俺も、嘆きたい気持ちで一杯だ。しかし、周りの状況に流されそうとはいえ、人前でかっこ悪い姿を見せたくはない。……人ごみのない外に出れば少しは気が晴れるだろうか。
≪GM:あなたはこの世界で生きる決意をしました。まずはこの世界に慣れようと考えたあなたは難度1のフィールドダンジョン“始まりの森”の探索を行うことにします。あなたの伝説はこの地から始まるでしょう≫
なんだこのナレーションは、と思ったが、そういえばこれはゲームだったことに気付きため息を吐きながらそれに応える。別にこの世界で生きる決意なんてしてねーよと思いつつ。どうせプレイヤー全員に同じメッセージを流すだけなのだろう。
こんなギミックで、ここが異世界なのではなくゲームの中だということを強く意識させられる。
何にせよ、この世界で生きる糧を見つけていかなければならない。GMからのメッセージでストーリークリアが元の世界に帰るヒントであることは判明している。まあ、それが本当のことなのか、希望を持たせてゲームを進めさせることが目的なのかははっきりしないが、今のところそれを目標に進んでいくしかないだろう。
ふと、改めて自分のステータスを確認してみる。職業は最初の町で自由に変更できるということで色々と奇抜なものを試してみよう、とかそんなことを思いながら職業を決めたので、嫌な予感がする。予感というか、もう半ば脳が現実逃避している。
左手でメニュー画面を開き、自分のステータスを確認する。すると、そこには頭を抱えたくなるような光景、もといデータが広がっていた。
キャラネーム:ユーマ(レベル1)
種族:人間
職業:鍛冶師×料理人
HP:15
MP:0
STR:13
POW:10
VIT:11
DEX:13
AGI:3
LUC:10 (BPT残り10)
スキル:料理人の心得(レベル1) 料理(レベル1) 食材の知識(レベル1)
鍛冶師の心得(レベル1) 鍛冶(レベル1) 鉱石の知識(レベル1)
「……はは」
なんだこれ、と思わず呟いてしまう職業欄。それを証明するかのようにアイテムボックスには小ぶりの金槌と先ほど俺の腕を傷つけたちんけなナイフが入っている。あとは着心地の良くはない木綿の服と初期状態で持っているポーションだけが、この世界の俺の全財産だ。
これを持って何をしようというのか。鍛冶師らしく武器を作る?
……駄目だ。当然と言えば当然だろうが、現実の俺はゲームが好きなだけのただの大学生だった。そんなやつが武器を作れる訳がない。そもそも素材となる鉱石ももってないし、武器と言ったって現代日本に住む一般人が武器の細かいディティールを再現することだってできないだろう。だいたい槌一つで物を作れるとも思わない。火床だかなんだかがないとそもそもだめなんじゃないか。この案は論外だ。
では……料理を作るか? 一体何のために? 一応はRPGであるこのゲームにおいて料理というものがどのくらい重要な要素なのかはわからないが、精々HP、MP回復や、バフ効果の類だろう。味方がいれば有用かもしれないが、あいにくと今の俺はぼっちだ。そもそも抽選に当選している人数からして知り合いがこのゲームをやっている可能性なんて皆無だ。俺はもちろん死ぬ可能性がある冒険になんか出たくないから、自分に使うってのはあり得ない。一応自炊はしてるからそれなりに食えるものは作れるだろうが、売り物になる程じゃないのは十分自覚している。そもそも、食材は魔物から手に入るのか、山菜みたいに探索で手に入るのかもわからない。料理に有用なものであるかも判別し難いだろう。
鍛冶師に料理人。これ以上もないほどミスマッチかつ意味不明なレシピには三ツ星シェフも匙を投げるだろうな。
さぁ、どうしようか。
というわけで外伝です。息抜きで。
本作についての補足を少し。
鍛冶師は勿論別に現実で鍛冶スキルなんてなくてもなんとかなるようになってますし、料理人もポイズンクッキングしか才能がない人がやったってちゃんと料理を作れます。そのためのシステムとダイスですから。ユーマ君はそこを勘違いしているわけで謎の思考をしています。
さらに、デスゲーム怖いとか言いつついきなり外に出るのも謎な行動です。
この外伝は本篇で語られない裏話と、ユーマ君の謎の行動を楽しむお話です。論理的な展開を期待する人には少々受け入れがたいかもしれません。