禁断の技
今は、ネット覗けば情報が溢れてるから、そんなこともないのだろうけど。
ひと昔前なら、例えば、
キーアイテムを入手してなかったり。
頑張って育てたキャラが、最終的にどうしょうもない弱キャラだったり。
隠し要素が判明した時に、すでにフラグのポイントを通過してしまっていたり。
バグに捕まって、にっちもさっちもいかなくなったり。
そんな時。
今なら、
ランダム要素の結果が気に入らないとか。
戦闘でのルーチンのタイミングがコンマ何秒ずれたとか。
アイテムやらポイント失うのを回避するためとか。
そんな時。
当たり前のようにそうする。
そうしてしまう。
ま、現実世界じゃ無理な話だ。
現実世界なら、な。
かくして。
また今日もこの学校で、なんだかへんて こな日常のひとこまが綴られたりするのである。
甚だ不本意ながら。
★
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
その日の放課後。
俺、ぽよ丸、ぽち、姫、ゴンザレスは、ちゃぶ台を取り囲んでいた。
「なんなんだろね?これ」
「みたまんまを申し上げれば、何かのボタン、なのでしょうけども」
「朝おきたら、唐突にそこにあったと。そうなんだよな?相棒」
「ああ」
そう。
朝、ぽよ丸に、いつもより強めのてしてしでおこされ、ぴこりと指し示す触手の先を見てみると。
ちゃぶ台の上に、どでんと四角いボタンが現れていたのだ。
うかつに触るのも怖すぎるので、そのままにしてあるのだが、昼飯を食べにきたぽちと姫には当然知られてしまい、放課後、こうしていつもの皆でそのボタンを眺めているのだ。
「………おしてみちゃう?」
「いえいえいえ、九条様、流石にそれはいかがなものかと」
「だなあ。得体が知れなさすぎるぞ。このボタン」
「ふうむ。どうしたもんかねえ」
ぴこぴこ。
「がうー」
「ならこいつのことはとりあえずおいといてさー。よーむいんさん、おやつ食べよーぜ!」
「それは名案ですわね!」
「………」
まったく、こいつらときたら。
「いいじゃねえか相棒、どのみち調べがつくまでは放っておくしかねえんだしよ?」
まあ、それもそうか。
「ほいほい、ちょっと待ってろ」
とりあえず、ちゃぶ台は脇によけとくか、邪魔だし。
★
「な、ななななんじゃこりゃああああああ!」
「アイスクリーム?ブロック?え?なんですの?これ?」
お盆に乗せて、慎重に、慎重に、運んできたそれを、そーっと部屋の真ん中に置く。
「さあ、召し上がれ。クリームソーダだよ?一つしかないけど、十分だよね?」
「つくった本人がぎもん系じゃないかー!うはははははは!すげー!アイスこれ、どんだけの高さがあるんだー?」
「ソーダをいつ飲めますことやら…」
「もう閉店しちゃってるお店のメニューを真似してみた。出来心で」
ビールジョッキにメロンソーダを注ぎ、その上に、ブロック状に固めた手作りバニラアイスを、倒れないようにきっちりごてごてと盛ってみました。
「いよっしゃああああああ!せんとーかいしじゃああああああ!」
「特製クリームソーダ様!相手にとって不足なしですわ!いざ!」
「流石に飽きるだろうから、いろいろアイスにかけるソースも用意した。さて、俺も喰うか」
「ぶはははは!こりゃ見ものだな!」
ぴこぴこぴこ。
「がうがうー!」
触手でスプーンを構えて、「がんばるぞー!」と、ぴこぴこするぽよ丸と、「みんながんばれー!」と、応援してくれるゴンザレス。
「ふうははー!おらおらおらー!」
「この質!この量!ふふふふふ、なにか変なテンションになってきましたわ!」
ぴこぴこ。
「ソーダにたどり着くまで負けんじゃねえぞ!」
「ういー!」
「お任せ下さいませ!」
ぴこ!
ふ。
このチームワークならば!敗北はないな!
★
ずご。
ずごごごごー。
「………」
「………」
「………」
最後に俺とぽちと姫で残ったソーダをストローですすってフィニッシュ!
「ふいー。これにて、完、食!」
「………」
「………」
お?
なんだ?
「どうした?ぽち、姫」
「うええ!?ななななんでもないよ!?」
「ふひう!?ななななんでもありませんですことよ!?」
「?」
なんなんだ。
「あんな恋人みたいなきょりでソーダをむにゅむにゅむにゅ…」
「りりしいお顔があんなに近くにあったらもにょもにょもにょ…」
何をぶつぶつ言ってんだ。
しかし、ま、当たり前の話だが、喰いすぎだな。
ぼてりと。
仰向けで大の字に寝転がる。
ぽよ丸はゴンザレスの上に登ってふらふらしてるな。
ゴンザレスもおやつの果物喰って満腹で眠くなったか?うとうとしてる。
「やー、さすがにちょっとくるしいねえ」
「ですわね。ひと休みしませんと」
「んだんだ」
ぽちと姫もごろりと寝転がってしまった。
「はは、二人とも、牛になっちまうぞ?」
「えー?それならよーむいんさんもじゃんかー」
「皆で仲良く牛になればよいのですわ」
「なんじゃそら」
くすくすと揃って笑う俺達。
あー。
眠くなってきたなあ。
なんか大事なこと忘れてる気がしないでもないが、あれ?なんだっけ?
「用務員さん?おるかねー?」
がらりと。
荷物を抱えた校長先生が入ってくる。
「むむむ。重い。ちと、これを置かせてもらうよー」
はいはい。
勝手にして下さいよ。
「相棒!ボケッとしてんじゃねえよ!」
んあ!?
レオの切羽つまった声に、はっと我に返る。
校長先生がちゃぶ台の上に荷物を置…!?
やべえ!?
「校長先生!まっ…」
「へ?」
カチッ。
「あ」
「ん?」
ゴバア!
押されてしまったボタンを中心に、凄まじい光の奔流が溢れ出す。
「にょわあ!?」
「なんですの!?」
ぴこぴこぴこぴこぴこぴこ!
「がうう!?」
「こいつは!?時系の!?」
「くっ!?神級だと!?中和は無理か!」
そして。
全てが光に包まれた。
★
「………」
あ?
えーと。
俺、何してんだっけ。
桜吹雪の中、ぼんやりと立ち尽くしている俺の横を、学生服姿の少年少女達が、怪訝な顔でチラ見しながら通りすぎていく。
ああ、そうだ。
いつまでもふらふらしてんじゃない!って、お怒りの伯母さんから、仕事貰ったんだった。
しかしなあ、こんなにバカでかい敷地を持つ学校の用務員なんて、俺に務まるのかねえ?
「あの?どうなさいました?先程からずっと動かずに、立ったままで。どこかお加減でも?」
「………」
うお。
後ろから声をかけられて振り返ると、めちゃ美人さんの二人組が。
しかし、片方は………なんてでかさだ。
う、見てんの気付かれてるな、によによ笑われちまってら。
「あ、ああ、すいません。今日からこちらで用務員としてお世話になる者です。あまりに規模が大きい学校だったんで、面喰らっちゃって」
俺の言い訳に、爆乳さんの方がにぱっと笑う。
「あー、わかるわー。あたしも最初来た時にはビビったもんねー」
「ふふ、確かにそうですねえ。あ、用務員の方なら、事務局に御用ですよね?」
「いえ。最初は理事長室に来るように言われています」
「は?」
「俺、血縁でしてね、ここの理事長の。縁故採用ってやつなんですよ、お恥ずかしながら」
「へええ?“あの”理事長の、ねえ」
“あの”て。
伯母さん、あんたここでなにやってんですか。
「そ、そうなんですか。いずれにしても、ご案内しましょう。初めての方は、大概迷ってしまうんですよ?ここ」
「すみません、助かります」
この学校の教師だという二人の女性と連れだって、俺は、校内に足を踏み入れた。
いつか行こうと企んでいたのですが、閉店してしまいましたねえ。




