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ヒーローの下拵え

 特撮系のヒーローといえば。


 変身前の生身のアクションも重要だというのが、俺の個人的な意見だ。


 なんか昨今、変身前と変身後で、あからさまにキレが違う動きなのが当たり前になっちゃってるよね。

 体型なんかには、そこそこ気をつけてるみたいだけど、限界ってものがあるし。

 女性キャラクタの中の人が普通に男性だったりするのには、多少なりともショックを受けた人もいるのではなかろうか。

 まあ、いろいろと事情ありきで、仕方ないことだけどさ。


 ま、今は、そこも含めて楽しんでしまう人も多いみたいだからね。


 でも、やっぱり俺は、たとえ全部でなくとも、「変身後も俺がやるんだよ!」な、熱い役者さんが好きかなあ。


 かくして。


 また今日もこの学校で、なんだかへんてこな日常のひとこまが綴られたりするのである。





「むぐ、流石にだるいな…」


 土曜日の昼過ぎ。


 前日の疲れを引きずりながら、第三グラウンドで柔軟体操する俺。


 ん?


 なんで疲れているのかって?

 そいつは前回参照のこと、てやつで。


 午前中は片付けで終わっちゃったよ。

 しかも、結局、まともに手伝ってくれたのは羽原木先生だけだったしな。

 三人は今頃、合宿所の一室で二度寝してることだろう。


 実のところ、俺もそうしたいんだけどなあ。

 なんであんな約束しちまったのか。


 がしゃ!


「どぅあ!」


「………」


 ごろごろごろ。


 ざっ。


 ば、ば!


 ずびし!


 出入口の扉を無駄に蹴りとばし、土ぼこりを巻き上げながら無駄に派手に転がりまくり、俺の眼前で、やはり無駄に派手にポーズを決めながら起き上がる男子生徒。


「おはようございます!用務員さん!」


「あ、うん。おはよう」


 相変わらず無駄に暑苦しいな。


 ヒーロー部、部長の田中くん。

 またの名を大天道弾、その人である。


 後に続いてぞろぞろと第三グラウンドに入ってくるヒーロー部と悪の組織部の面々。


「………」


 うん、まあ。

 プライベートだしね?いいけども。


 でもやっぱり、俺達はヒーローだ!私達は悪の組織だ!と、堂々と名乗りを上げた連中が、こうもあからさまに和気藹々と談笑なんぞをしている様を見るに。

 なんかこう、もやもやっとしちゃうよねえ。


 実は前々から、身体能力向上のためのコーチをしてもらえないかと、田中くんや、顧問の御子柴先生からお願いされていたのだが。

 では、今現在、どの程度なのかを測ってみよう、というわけで。

 今日のこの場と相成ったのである。





 ところで。


 赤、青、緑、黄、桃。

 ど定番の組み合せの、色違いで型はお揃いのジャケットを着込んだ五人組。

 

 そう。


 問題は。


 桃。


 や、最初はね?

 おお!?ようやく女子部員が!と思ったんだけども。


 てくてくと桃の子に近寄ってみる。

 ああ、こりゃやっぱり。


「あの…なにか?」


 うん。

 声聞いてさらに確信。


「君さ、ひょっとしなくても、男子だよね?」


 びくり。


 目の前の当人を含めて、ヒーロー部の面子の肩が跳ね上がる。


「…………に、………や………て………す」


「ん?」


「無理矢理に、女役をやらされてるんですよお!僕、嫌だって言ったのに!必須だからって!僕が女顔で!女声で!華奢な体型だからってえ!」


「………」


 うわあ。


「僕のヒーローネーム、桃花咲良ですよ?本名は真田仁ていうんです!かっこよくて気に入ってる名前だから、そのままでいいやと思ってたのに!」


「………」


 ちろりと。


 ジト目でヒーロー部の面子を見やると、気まずそうに全員目を逸らしやがった。

 悪の組織部の面子も苦笑いである。


 いやはや、ひでえ話もあったもんだ。


 しかし本人の言に反して、皮肉にも、なんだかんだで完成度はやたらと高い。

 御子柴先生監修だとかで、メイクやら仕草やら服装やら、やたらと気合いが入っているのだ。

 なにしてくれてんだ、あの人。


「まあその、なんだ、頑張れ、いろいろと」


「ううう。最近、気が付いたら、ファッション雑誌とかで、新作のモードやコスメを自然にチェックしてたりする自分がいるんですよお。母親や姉も面白がっていじってくるし、なんだか抵抗感も段々薄れてきちゃって。このままだと、新しい世界に目覚めてしまいそうなんです…」


「………」


 お、おう。


 が、頑張ってね?うん。





 さて。


 気を取り直して、本日の目的である身体能力の測定である。


 のだが。


「………」


 おい。


 仮にもヒーローを目指そうという輩が、そんなに広くないグラウンドの外周ランニング、十周もいかねえとはどういうことだ。

 一周たかだかニ百メートル程度だぞ?


「最後まで残ったのが、女役を押し付けられた真田くんて。なんの冗談なんだよ」


「はあ」


 しかも、真田くんは割りと平気そうである。


「真田くんはなんかやってるの?スポーツとか」


「いえ、特には。ただ、この部活に入ってからは、自主トレしてました」


 ほほう、素晴らしい心掛けではないか。


「今のを聞いたかね、部長の田中くん?で、君は普段何を?」


「ぜ、ふ、か、かっこいい、ポーズ、の、研、究、なら、毎日」


「………」


 なんじゃそりゃ。





 その後の測定も惨憺たる有り様だった。


 特に、真田くんを除くヒーロー部の面子は酷い、酷すぎる。

 悪の組織部の雑魚戦闘員担当の連中よりも身体能力が低いとか、どうなのよ、それ。


「ヒーローなめてんのかお前らあ!」


「「「「「「「「ひいいいいい!?」」」」」」」」


「ヒーローアクションってのはな、下地がしっかりしてっから成り立つもんなんだよ!だのにこの醜態…許すわけにはいかねえぞ?」


「ちょっとちょっと用務員さん、何をいきりたってんだ?生徒達が怯えてるじゃないか」


 む?


 御子柴先生と、羽原木先生か。


「いや、実はですね…」





「なるほどねえ。そりゃまた、情けないヒーローだこと」


 話を聞いた二人も呆れ顔である。


「羽原木先生、暫くの間、羽原木隊の訓練にご一緒させて頂いて構いませんかね?ヒーローを名乗りたいと言うならば、こいつら、ちょっと鍛えてやらないと」


「は。特に問題はありませんが」


「目処がつくまで、ヒーロー部と悪の組織部の活動に付き合いますよ。いいですかね?御子柴先生」


「もちろん。むしろ大歓迎だよ。思う存分やってくれ」


 よおし。


「今の聞いたな?田中くん。せめて戦闘員の十人二十人程度は軽くあしらえるようになるまで、徹底的にやるから、そのつもりでいやがれ!あ、強大な敵の存在は必要不可欠だからして、悪の組織部の皆も参加するように。全員強制的に付き合ってもらうからな?逃げられると思うなよ?」


 第三グラウンドに、ヒーロー部と悪の組織部の部員達の悲鳴が響き渡る。


 くくく。


 なんだか知らないが燃えてきたぜ。


 と。


 そういえば。


「御子柴先生と羽原木先生はどうしてこちらへ?」


 俺がそう尋ねた途端。

 御子柴先生が、ばつの悪そうな顔で視線を逸らしながら口を開く。


「あー、いやね?恋とあたしが“やりすぎちゃった”みたいで、さ。その、大山寺さんが、真っ白に燃え尽きちまって」


「………」


 そう言う御子柴先生は、よく見ればつやつやのてかてかである。


「用務員殿に助けを求めようと探して回っていた寧々を見かけた私が、ここまで案内をした、というわけです」


「………」


 何故か劇画チックな世界で、ボクサーの格好をした大山寺さんが、リングのコーナーでぼろぼろになりながら薄ら笑いで座っている様を幻視してしまう俺。


 なんてこった!?


 た、大山寺さん!逝っちゃダメだー!

 ミステリー・メンとか、キックアスとか。


 ああいうヒーローの形も、全然ありですけどね。

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