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余波…?

 以外な一面てのは、まあ、人によってあったりなかったり。


 本人も気付かないそれが、ひょんなことからずるりとひきずり出されちゃったりとか、そんなこともある。


 しかしまあ、ここの連中はその、“以外な一面率”が高すぎる気がしないでもない。


 しかもその結果、謎なことに。


 ここで働いている連中、ここに通ってる連中、その中でも変わり種と有名な奴らが、何故だかこの四畳半の用務員室に寄っ て集って居座り、愚駄るのだ。


 全くもって迷惑な話なのだが、しがない用務員風情では、追い払うのも難しくてね。


 かくして。


 また今日もこの部屋で、なんだかへんてこな日常のひとこまが綴られたりするのである。


 甚だ不本意ながら。





 珍しいこともあるもんだな。


 ぽちとお姫様が昼飯を食べにくる時は、入口の引き戸をぶち壊さんばかりの勢いで開けるのが常だ。


 それが今日は、そろそろと、しかも妙に後ろを気にしながら入ってくる。


「なんだよぽち、らしくないな、何をびくついてんだ?」


「いやー、あははははー」


「用務員様、本日はその、もう一人御客様をお連れしてまして。よろしいでしょうか?」


「あ?ああ。別に、構わないけど?」


「それでは」


 二人の後に続いて入って来たのは、背景に満開乱れ咲きの真っ赤な薔薇を背負ったイケメン様だった。

 てか、何?最近はみんな花を咲かせる魔法でも会得してんのかね?


 しかも、真っ直ぐに俺を見詰める視線には、よくわからないが、なにやらただならぬ剣呑で切実な“何か”が宿っているように見える。


「初めまして、用務員さん。峰崎一馬と申します」


 …?


 初めて会ったってのに、なんだろう、この違和感。


「よーむいんさん、ほら」


「ん?」


「羽原木先生の時の」


「………あー!羽原木先生のクラスの、例の子か!」 


 女子グループが夢中になってた男子生徒が、確か一馬って名前だったはずだ。

 ふむ、彼がそうなのか。


「………」


「………」


 不安げな様子で見守っているぽち、お姫様、ぽよ丸。

 危険を感じたのか、こっそりぽちの頭の上に移動してやがるぽよ丸に、友情の儚さってやつをを感じるぜ。


 彼がどこまで話を聞いているのか知らないが、この様子から察するに、そこそこの情報を得ていると見るべきかな?


 となれば、彼の想い人を、まるっきり別人に豹変させてしまった原因の一人である俺を、彼が恨んでいる可能性は否定できない。


「いつもなら、今から昼飯にするところでね。もしよかったら、峰崎君もどうかな?」


「…いただきます」


 ま、とりあえず、腹ごしらえといこう。





 名古屋コーチンの治部煮に、下仁田ネギの味噌田楽、豆ご飯に、わかめの味噌汁。

 和食の昼飯は、珍しく静かに坦々と。

 いつもは騒がしい二人が、ここでも一言も話さないからだ。


 食後の煎茶を飲み干し、湯呑みを置くと、俺は改めて峰崎君と向かい合った。


「さて、ひと心地ついたし、君がわざわざこんなところまでやってきた訳を聞こうか」


「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです。伺いたいこと等がありまして、二人にお願いして、連れて来てもらったんです」


「ふむ」


「全然知らなかったんですが、僕が原因で、羽原木先生にとんでもない迷惑が」


「そこを気にすることはない。どんな人を好きになろうが、それは君の自由だ。で、今回は君に告白する勇気もないくせに、勝手に邪な横恋慕をした連中が、大人を舐めて、盛大に自爆しただけのことさ」


「ええ、まあ、それは。でも、羽原木先生はそれで…」


「あー、それについては、責任の一端は俺にもある。だから、遠慮なく、なんでも言ってくれていい。ある程度覚悟はしてるよ」


「は?覚悟、ですか?」


「ああ。その、驚いただろう?戻ってきた羽原木先生を見て」


「ええ、とても衝撃的でした」


 あれ?


 峰崎君、とても清々しい笑顔なんですが?


「あー、怒ってないのか?好きだった羽原木先生が、あんなに変わってしまって」


「怒る?何故です?もしも、羽原木先生が生まれ変わったことに、用務員さんが関わっているなら、むしろ感謝したいくらいです」


 生まれ変わった?感謝?


 ぽちとお姫様の二人も、「おや?」という顔になっている。

 ぽよ丸のやつが、いそいそと俺の頭の上に戻ってきたが、いまさら遅いぞ?こやつめ。


「その、羽原木先生の変貌に対しての憤りや憎しみをぶつけに来たんじゃないのか?」


「ははは。しませんよ、そんなこと」


 そうなのか。

 でもそれなら、ここに来た理由はなんだ?


「僕は改めて、羽原木先生に惚れ直してしまいました。そして、本当の自分にも気が付くことが出来たんです」


「………」


「僕が羽原木先生を好きになったのは、その、恥ずかしいんですが、歳上の先生の大きな包容力に、甘えたかったと言いますか、構って欲しくてちょっかいだして叱られたい小学生みたいな…わかります?」


「まあ、なんとなくは」


 つまり、綺麗なお姉さんに苦笑いされながら「こらっ!」とか、「めっ!」とか言って欲しかったわけだ、このイケメン様は。


 おおう、ぽちとお姫様の視線が、なんだか残念なものを見るそれになっている。

 それでもイケメン様は語るのを止めない。


「でも、生まれ変わった羽原木先生を見て、僕の内から溢れだしたパトスは、そんなものでは絶対に満たされないと知ってしまったんです!」


 ああ、もう読めた。


 彼は覚醒してしまったのだ。


 そういうことだろ?


「で、何故俺のところに?俺にどうしろと」


「あれから何度も、あの子達だけでなく、僕にも指導してくださるようにお願いしてるんですが、聞き入れて頂けないんです」


 ハバラギズ・ブート・キャンプは、今や暗黙の了解となり、素行不良の女生徒の更正及び、希望者の女子に、ダイエットや護身術の指導等を行う同好会の様な体を成している。


 で。


 峰岸君が拒まれている訳。

 おそらくそれは、羽原木先生が、彼の目的を見抜いているから、というのではない。


 ジェーンのトレーニングプログラムは、女性であることを考慮に入れた、様々なカスタマイズが施されている。

 それしか知らない羽原木先生が、単に男性への指導を拒んでいるに過ぎないのだと思う。

 男性の生理を理解していないことで、万が一にも間違いを犯さないように、といういたって真面目な配慮で。


「以前から、羽原木先生が何かと相談事を持ちかけていたのも知っていますし、つい先程、羽原木先生の指導教官とお知り合いだとも聞きました。なんとか、御助力頂けませんか」


 口添えして、訓練に参加出来るよう仕向けろと。


 さて、どうしたもんかね。





「うれしそーだねえ、みねざきくん」


 いつも通りに第三グラウンドで開催されている、ハバラギズ・ブート・キャンプの様子を見て、ぽちが呟く。

 ほのぼのとした台詞なのに、その瞳は、汚物を目にしたかのように濁って虚ろだ。


「事情を知ってしまったが故に、とてつもなく歪んだ光景に映りますわね、実に下衆いですわ」


 お姫様も同様である。


 毒喰らわば皿まで、なんて格好のいいものじゃないんだが、羽原木先生にお願いして、困った時のオブザーバーを俺が引き受けることを条件に、峰崎君の参加を了承してもらった。


「自分の欲望に忠実な、ある意味での天才ではあるなあ」


 俺の呟きに、二人が、なんとも嫌そうに頷いている。


 一見真面目に訓練を受けていて、実際峰崎君自身も鍛えられてはいる。


 だが。


 要所々々で、バレないように細心の注意を払いながら、罵られたり、あえて暴行を受けたり、実に巧みに“楽しんで”いらっしゃるようで。

 至福の時を失わないように、方向性がぶっ飛んだ努力を常に惜しまない。


 参加初日、最後にグラウンドの入口の鍵を返しに来たのは峰崎君だったのだが。


「し、幸せな、最高に幸せな一時でした…ああ、身体を貫くこの震えるような歓喜、まさに至福!」


 満開乱れ咲きのうつぼかずらを背景に、紅潮した、恍惚の表情でぷるぷると身悶えする峰崎君に、俺達が盛大に表情筋を引きつらせたのは言うまでもない。


 ちなみについ先日、羽原木先生を顧問として、彼女の率いる一団は、セクハラなどから女子生徒を護る風紀委員の下部組織として機能するようになり。

 唯一の男性たる峰崎君は、女子生徒から更なる人気を博すことになるのだが。


「いえないよー、ぜったいに」


「ですわね」


「だな」


 彼が超弩級の変態マゾ男だと知るのは、今のところ、この三人とぽよ丸のみである。


 今も、対男性を想定した金的蹴りの模範演技で、羽原木先生の蹴りをぱっと見はブロックしている。


 が。


 実は微妙にガードの腕や腰の高さを調整して、彼女の蹴りをわざと喰らっているのが、俺にはわかる。

 男にしか理解出来ない、背筋を駆け抜けるあの痛みを存分に味わっているのだろう。


 だのに、顔色ひとつ変えていない。

 ジェーン仕込みの羽原木先生にも気付かせないとは、恐れ入る程の天才的変態である。


 あ。


 今、全員の視線が外れた一瞬の隙をついて、峰崎君の身体がぶるりと一度だけ震えた。


 ………逝ったか。


「………」


 軽く溜め息をひとつこぼして、俺は小窓を閉める。


 ま、好きにしたらいいさ。


 さてと、ぽちとお姫様におやつを出してやるとしましょうかね。


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