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本当は酒など飲まないらしい

 俺が子供の頃に見たのは、随分と間をあけてからの二作目で。


 親父は一作目からのファンらしくて、親子で大はしゃぎしながら、楽しく映画やDVDを繰り返し観てた。


 アクションの真似事を、どたばた親父と遊んでは、二人揃ってお袋に拳骨喰らって怒られてたもんさ。


 懐かしいなあ。


 かくして。


 また今日もこの部屋で、なんだかへんてこな日常のひとこまが綴られたりするのである。





「すっぺー!ふはははは!だが、それがいい!」


「この爽やかなな酸味、癖になってしまいますわね!」


「ふむ。この梅味のくずきり、素晴らしい」


「あはははははは!すっぱーい!超すっぱーい!」


 青梅を大量に買い込んで、あれやこれやと作ったよ。


 梅漬け。


 梅酒


 梅シロップ。


 梅ジャム。


 で。


 それをぽちの奴に見つかったのが運のつき。


 ぽちに姫、何故か羽原木先生に愛加辺先生も加わって。

 手っ取り早く食べられる、梅シロップと梅ジャムの大試食会の開催ですよ、と。


 強引に。


 問答無用でね。


 怒ればいいのか、泣けばいいのか。


 とほり。





 異変が起きたのは、提供したメニューが粗方喰い尽くされた頃。


 先程まではやかましく騒いでいたぽちの声が、すとんと突然聞こえなくなった。

 なにやら厨房でごそごそやってますな。


「おいぽち、お前なに漁ってん…」


「うい~?」


 こいつ。


 去年作った梅酒を勝手に呑みやがったよ。

 しかもストレートで。


「こらぽち!それは酒…」


 ふひゅ!


 っぶね!?


 弛緩した体勢から、無造作に繰り出されたぽちの指突を、すんでのところでかわす。

 かわしてなかったら、目がもってかれてたぞ?


「にへへへへ~」


 よたり。


 ふにゅり。


 珍妙な動作で四畳半に踏み込んできたぽちを相手に、しっかりと間合いを取る。


「大丈夫か!?相棒!ぽちの奴、今のは!?」


「ああ。どうしたもんかね」


「!?どうなさいました、用務員殿!」


 慌てた俺とレオの様子に、ただならぬ気配を感じ取った羽原木先生が、俺と同じように間合いを取って構える。

 四畳半なので、どうしても取れる間合いに限界があるのが、地味にヤバイかも。

 可能ならば、隙をみて廊下に出たいところだ。


「皆気を付けろ。こいつはぽちであってぽちじゃない。梅酒呑んでおかしくなっちまったらしい」


 なんたって、今の指突。

 ギリギリ見極めが可能だっていう攻撃だったからな。

 あのぽちがだぞ?


「にゅ~ん?」


 ふよん。


 ほよよん。


 倒れそうで、倒れない。


 くぴり。


 グラスの梅酒をあおるぽち。


「おいち~。にゅふふふふ」


「ほらほら九条?お酒は二十歳になってからだぞー?」


「倫!駄目だ…」


「にゅ!」


 くるりんと回転したぽちが、その遠心力の全てを打撃力に転化した肘打ちを、愛加辺先生の鳩尾に突き刺す。


「か、は?」


 はい。


 愛加辺倫、あっさり再起不能。


「九条様!?正気に戻ってくださいませ!」


「おい姫!?」


「んに?ににゅう!」


 ぴょいんと跳んだぽちが、くるくるくるーと高速回転しながら、姫の腹に頭突きをぶちかます。


「ごぼぶあ!?へぶ!?」


 くの字になってふっ飛んだ姫は、壁に激突して動かなくなってしまった。


 ほい。


 神宮寺せつな、再起不能、と。


 しかし○ャッキー版“酔拳”とは、なんたるベタベタ展開か。


「ががう!?がう~!」


 ぽよ丸を乗せたゴンザレスが、「どうしちゃったのさー」てな感じで吠えているが、今のぽちには伝わるまい。


 ぴこり。


 ぽよ丸が、「しかたあるまい」と、触手をにゅるにゅると展開していく。

 恐らく、どうにかして拘束を試み、酒を抜く時間を稼ぐつもりなのだろう。


 しかし。


「………すげえな」


「用務員殿。あれは本当に、九条、なのですか?」


「マジかよ」


 軌道は変幻自在。

 高速で同時に多方向から繰り出されるぽよ丸の触手を、ぽちは完璧にかわしてみせたのだ。

 しかも、馬鹿にしてんのかと言いたくなるような変態的機動で。


 へにょり。


 ゴンザレスの上のぽよ丸が、「ば、ばかな」てな感じで、あからさまにしんなりしてしまった。


 ぽよ丸&ゴンザレス、失意の再起不能。


「にゅ~んにゅにゅ~」


 ぽちの奴は、相変わらずふにゃふにゃしながら酔いどれている。


「用務員殿」


「なんでしょう」


「現状の九条に、私では勝機はないかと」


「俺は、勝てないとは言いませんが…」


 魔法を使えばどうとでもなるが、なんとなく俺の矜持が、それを許してくれそうにない。


 ふつふつと湧いてくるのだ。

 男の子な魂から、DB的熱きわくわく感ってやつが。


「やってみるか」


 にたりと。


 凶悪な笑顔を浮かべ、力みを捨て、構える。


「さあ、いくぞ?ぽち」


「んに~?」


 じりっと。


 ぽちの間合いに足を踏み入れた瞬間。


「ふんにゅ!」


 ぎゅるぎゅるりと凄まじい速度で回転しながら、しなりの効いた裏拳を連続で放つぽち。

 ブロックしても、トリッキーな体捌きで瞬時に流され、頭突き、体あたり、拳、掌、掴み、肘、膝、蹴り、と、なんでもござれの怒濤の攻勢に、反撃の機会が見出だせない。


 ぱし。


 ひゅぱ。


 とっ。


 ば、ぱ。


 がっ。


 たし。


 ぶぉ。


 どっ。


「とんでもねえな、こりゃ」


「自分の目でみているのでなければ、到底信じられない光景です。用務員殿と九条が互角に立ち合うなど」


「違いねえ」


 レオと羽原木先生の会話に、俺も全くの同意見だよ。

 このポテンシャルが、なんで普段はこれっぽっちも発揮されないんだかな?


「むにゅにゅ~?」


 お?


 ぽち、急停止。


「………」


「………」


 そして。


 終わりは、あっさりと訪れた。


「………っ」


 ぼむっと。


 顔を見る見るうちに真っ青にしたぽちのほっぺがぱんぱんに膨らむ。


 げ!?


 ま、さ、か。


「うぇれえろれろおべろぶばあああああ」


 あ。


 あーあーあー。


 吐瀉物爆誕ですよ。


「………」


「………」


「まあ、たらふく喰って、呑み慣れねえ酒で酔っぱらって、あんな動きで身体をシェイクし続けてたんだもんなあ」


 あー、まあ、そうだねえ。


「ぐむきゅ~」


 どちゃり。


 吐くだけ吐いたぽちは、そのまま崩れ落ちるようにして失神してしまった。


「羽原木先生?」


 じりじりと出入口に後退していた羽原木先生の襟首を、がしり、と掴む。


「は。その」


「後片付け」


「は」


「手伝ってくれますよね?てか、手伝えや」


 ぎぬろ。


「サー!イエッ!サー!」


 逃がすわけねえでしょ?


 せっかく作った梅シロップや梅ジャムを散々食い散らかされた挙げ句。

 寝かせてあった梅酒まで呑まれて。


 ぽちのおかげで、俺の部屋はつんと鼻つくゲロまみれ。


 一人だけで、こんなもん片付けてられるか!

 貴女も道連れですよ。


 ふふ。

 昔、本を買って練習してみたのですが、二人目の仙人様の技で挫折しました。

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