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とある女教師の憂鬱・後編

 何かを得るために、何かを捨て去らなければならない。


 たとえばそんな選択肢を目の前にして、本人が迷い無く選んだ道が、周りの人々を悲しませることもあったりする。


 で。


 まれに、本人を責めるのではなく、その選択を手助けしたり、黙認していた者が責められたりすることがある。


 たとえば今の俺みたいに。


 全くもって迷惑な話なのだが、しがない用務員風情では、追い払うのも難しくてね。


 かくして。


 また今日もこの部屋で、なんだかへんてこな日常のひとこまが綴られたりするのである。


 甚だ不本意ながら。





「………」


「………」


「………」


「………」


「………」


 みんなで、茶を一服。


「………」


「………」


「………」


「………」


「………」


 ずず。


 あー、玉露が旨い。


 本日のお茶請けは、手作りの栗きんとん。

 みんなもくもくと食べている。

 現実逃避するかのごとく、ただもくもくと。


 本日の珍客と、用務員室のすぐそばにある第三グラウンドから漏れ聞こえてくる、珍客様がもたらした“結果”を、みんな努めて意識の外に追い出そうとしているのだ。


「はばらぎぜんぜえ、わだじだぢが、わだじだぢがわるがっだでずぅ~、だがら、だがら、ぼうゆるじ、ぐぼあっ!?」


「話しかけられた時以外口を開くな!養豚場の家畜にも劣る、出来損ないの雌豚共が!」


「ぐ、ぐえ…ぐぼおぉっ!?」


「いつまで寝転がっているこの雌豚が!返事はどうした!」


「ざ、びえっ、ざー」


「聞こえんぞ!」


「ざー!いえっ!ざー」


「………」


「………」


「………」


「………」


「ふふ、モエの奴、上手くやっているようじゃないか」


 大柄な白人女性の発した一言に、俺以外の残りの面子が、びくんと震える。


 湯呑みをちゃぶ台に置いた校長先生が、深々と溜め息を吐いた。

 珍客を案内して、そのままここでお茶してるのだ。


「羽原木先生はねえ、この学校でとっても貴重な、“まとも”な先生“だった”んだよ」


「………」


「それを」


「………」


「それをおっ」


「………」


「それを“あんな”にしてくれちゃいおって!なにしてんの!?なにしてくれてんのお!?」


 血涙を流しながら俺に詰め寄ってくる、怒髪天の五十路過ぎ。


「俺に言われてもなあ。本人の意思を尊重しただけですし」


「とめてよ!とめなさいよ!」


「無理ですって、あの状況じゃ」


「話は聞いたけど、聞いたけどお、ふぐう」


 四つん這いになって咽び泣く五十路。


「ううー、あんなの萌せんせとちがうー」


「人とは、あそこまで変われるものなのですね」


 ぽよ丸を抱きしめながら、ほろほろと泣いてるぽちに、なにやら悟りを開いたかのような台詞を吐き出しているお姫様。

 ちなみにお姫様の視線はとっても虚ろである。


 ああ、それから、教育現場にあるまじき残酷な行為、暴言については極力割愛してあるので、悪しからず。

 いやあ、活字って、ほんとに便利ですね。


「ったく。見事にやり過ぎてくれたなあ、ジェーン?」


「お前の言うように、本人の意思を尊重しただけのことだよ。シャドウ?」


「昔の名で呼ぶなよ」


「お前もな」


 ジェーン・ハート・マンデイ。

 冗談みたいな名前はもちろん偽名である。

 今は引退して民間に降っているが、昔は某国海兵隊の女性兵士育成に携わっていた凄腕の女教官だった。


 つまりあれだよ、みんな大好きハート○ン軍曹の女性版ね。


 ちなみに彼女がスペシャルコースで育てた女兵士さん達は、みんなハート○ン軍曹化してしまうので有名であり。


 で。


 羽原木先生は何をとち狂ったのかスペシャルコースを希望し、ジェーン曰く、執念だか怨念だかを感じる熱意で、コースを完遂してしまったのだとか。


「ははは。ヤマトナデシコダマシイ、確かに見せてもらったよ」


 うん。


 それは何かが激しく違うと思うよ?





「ところでシャドウ、モエの指導、社会的に問題ないように手を回してあるんだろうな?」


「ああ、その辺りは抜かりないよ」


 この学校の関係者からも、下手すりゃ忘れられている第三グラウンド。


 ここは、テニスの壁打ち用の壁や、覗き防止用に高く造られた外壁、みっしりと生えた植え込み等で、構造上、外部から様子を窺い知ることが可能なのは、この用務員室の小窓だけ。


 なので、羽原木先生には、“教育”の際には必ずそこを使用するようにお願いしてあるし、念のため、使用中は入口を施錠してもらっている。

 女生徒達の私物も一切持ち込ませないよう、ボディチェックもばっちり行うとか。


「親は?」


「あの娘達がどう訴えても、親達は何も言えないよ、言わせない」


「ほう?」


「歪んだ子供に育つってことは、親もどこかしら歪んでんじゃないかってね。調べてみたら、出るわ出るわ。意外と簡単に済んだよ。何故だか寄付金の額も増えて、伯母さんがほくそ笑んでたな」


「ふん。なら安心か」


「ま、あそこまでいっちゃったのはどうかと思うけどさ、こうなったら、こころゆくまで、気のすむようにさせるさ」


「だな」


「………」


「………」


「………」


「なんだろう、儂、震えが止まらないんだが」


「こーちょー、だいじょぶ、あたしもだしー。ほらー、ぽよ丸君もー」


「私もです」


 この時三人には、俺とジェーンの周囲に、どす黒い何かが見えたとか見えなかったとか。


 失敬な。





「ところでお前、あっちの方で、手え出してないだろうな?」


「………」


「何故目を逸らす?」


「………」


「おいい!?マジかよ!?」


 思わず天を仰ぐ。


 羽原木先生の外見から危惧はしていたのだが、この女郎が。


「用務員様、いかがなさいましたの?」


「あーいや、こいつの悪癖が…」


「失礼いたします!本日の訓練が終了致しましたので、第三グラウンドの鍵を返…こ、これは教官!お久しぶりです!サー!」


 見事なアーミールックに身を包んだ羽原木先生が、入口でずぴしっと敬礼を決めている。

 ジェーンは妖しい微笑みを浮かべながら、そんな羽原木先生に歩み寄っていく。


「ふふ、見ていたよ、モエ。上出来だ、教えた甲斐があったというものだ」


「サー!恐縮です!サー!」


「ふふふ、可愛い奴だ。だが、堅苦しいのはそこまでにしよう。今日は金曜だ。そして、お前のためにロイヤルスイートを取ってある。この意味、わかるだろう?」


「教官…」


 その二人の周囲だけ、何故か忽然と純白の百合の花で満開乱れ咲き。


「あんの馬鹿。それだけはやめてくれとあれほど頼んだのに」


 自分で育てた、とびっきりの女豹を、組み敷いて思う存分…という、悪い癖があるのだ、ジェーンには。


「は、はは、もう、あの羽原木先生は永遠に帰ってこないんだねえ、は、ははは」


「うええ?セナちゃん?セナちゃん?あうあう」


「………」


「よかったら、そこの仔猫ちゃん達もどうだい?」


 ばちこーんと放たれたジェーンのウインクに、二人は全力で両手を前に突きだし、高速で首を左右に振っている。


 ぽよ丸、何故にお前まで?


「そうか。ではな、シャドウ、またいずれ」


 羽原木先生をお姫様だっこしたジェーンが去っていくのを、俺達はただ呆然と見送る他なかった。


 “教師”だと何ともないのに、“女教師”になった途端になんだかムズムズするのは、俺だけじゃないですよね。


 ね?


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