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峰崎君の深遠なる苦悩

 それを求めるが故に、時に生まれる矛盾。


 二律背反。


 まあ?


 どれほど深刻な苦しみだろうが、理解できないケースもあるわけで。


 あいもかわらず。


 ここで働いている連中、ここに通ってる連中、その中でも変わり種と有名な奴らが、何故だかこの四畳半の用務員室に寄って集って居座り、愚駄るのだ。


 全くもって迷惑な話なのだが、しがない用務員風情では、追い払うのも難しくてね。


 かくして。


 また今日もこの部屋で、なんだかへんてこな日常のひとこまが綴られたりするのである。


 甚だ不本意ながら。





 林間学校から戻って、週明けの月曜。


 午前中は、逃げ回る校長先生を、大山寺さんと笑いながら追いかけ回して、予定通りに、フルコースを堪能して頂いたりして過ごしつつ。

 あ、流石にM60を乱射したりはしませんよ?


「よーむいんさーん、みんなが、ペイントボールのトラウマ再発させてたじゃんかー。こわいからやめてよ、アレ」


「高らかに笑いながら、校長先生を追う御二人が、鬼に見えましたわ」


「それは悪かったな。だが、あのおっさんは、調子に乗せたら不味いんだよ」


 頭上のぽよ丸からてしてしされつつ、ちゃぶ台に昼飯を用意する。


 本日はロコモコを御用意致しました。


「むう!?ハンバーグのボリュームがすばらしいですな!」


「ふもぐむ、この、グレービーソースが絶品ですわ!」


「ふおお!?どんぶりの底に野菜カレーがかくれてやがった!んがむ」


 わっしゃわっしゃと、瞬く間にどんぶりが空になっていく。

 あいかわらず、こいつらの喰いっぷりは気持ちがいいね。


 ゴンザレスも、山盛りの果物を、もしゃもしゃと攻略中である。





「あ、忘れてましたわ」


 食後のカモミール茶の一口目を喫そうとしていた姫が、ふと、俺に向き直る。


「用務員様。何やら、峰崎様が御相談したいことがあるとかで。放課後、お時間はございますでしょうか?」


「ん?別に構わないが。てか、どうせお前らおやつ食べにくるんだから、一緒に来ればいいだろ」


「そだね。んじゃ、連れてくるよ」


「おう」


 峰崎君が、ねえ?


 そこはかとなく、嫌な予感がするのは、多分気のせいじゃないんだろうなあ。





「お?きっちり鍛えてるみたいだね、峰崎君」


「は」


 第三グラウンドの鍵をたまに返却しにくるので、度々顔は合わせていたのだが。


 改めて観察してみると、性別を考慮した分を差し引いたとしても、羽原木隊の面子の中では、かなり飛び抜けた能力を有しているのではないかと思える。


 ガチムチではなく、あくまでもしなやかで強靭に、細身ながら、鋼糸を寄り合わせたような引き締まった体躯に、精悍さを増したイケメン顔。

 各学科の成績も学年トップクラス、運動能力も飛躍的に向上しており、まさに文武両道。

 他の男子生徒と、妙な確執でも生まれてやしないかと、少々心配になるほどの完成度である。


 ま。


 あくまで。


 外面だけならば、の話だけどね?


 彼が、己の性癖を満たすためならば、その非凡な才能の全てをためらいなく注ぎ込む、天才的変態どM男であるのは、今、この部屋にいる面子には周知の事実である。


 なので。


 ぽちに姫、ぽよ丸は、おやつの各種中華まんをはもはもしながら、少し離れて様子見中だ。

 ちなみに、ゴンザレスは、ぽちの膝元で丸まって寝ている。


「用務員さん、問題はそこなんです」


 ん?


「と、いうと?」


「鍛え過ぎてしまったが故に、僕は、あの至福の日々から次第に遠ざかっていってしまったのです!」


「………」


「羽原木先生に鍛えて頂いたたこの肉体と精神が!僕に喜びをもたらすはずの、羽原木先生の言葉を!技を!全て弾き返してしまうのです!しかし、本能の求めに従えば、訓練に参加しないことなどあり得ない!ですが!訓練を重ねれば重ねるほどに、僕は、幸せから離れていってしまうのです!なんというジレンマ!なんという皮肉!」


 自らを両手で抱きしめながら、滂沱の涙をながしつつ、身をよじりながら慟哭する峰崎君。

 背景には、毒々しいラフレシアが咲き誇っていやがる。

 四畳半にラフレシアとか、迷惑この上ないぞ。


 ぽちと姫なぞは、ひきつった顔で壁際まで後退している。


 聞けば、精神的には、羽原木先生からどのように罵られても、慣れてしまったのか全く心が震えない。

 と、いうか、大概の訓練はそつなくこなせてしまうので、そもそも罵られる機会そのものが激減したのだとか。

 肉体的には、急所周辺の体組織が変容してしまい、金的に打撃を喰らってすら、なんの痛刺も感じなくなってしまったという。


 中国大陸伝来の拳法における様々な外功や、琉球古武術にみられるコツカケなど、血の滲むような修練を重ねて築き上げる、武の肉体改造。

 それをこの男は、性癖の欲求を満たすために求めた日々の中、ごく短期間で完成させてしまったらしい。


 なんだかなあ。


 真面目に研鑽に励む武道家の皆様に、大変に申し訳ない気分になってくるよ。


「ああ!用務員さん!僕は!僕は!どうしたらいいんですかああああ!」


「………」


 いや。


 だからさあ。


 なんで。


 それを。


 俺に相談するんだよ?


 知らねえよそんなの。


 俺にどうしろと。





 非常に面倒なことだが。


 峰崎君に、何かしらの解答を与えてやらないことには、この状況は進展しないらしい。


 ちらりと、ぽちと姫に視線を送ったところ、息を合わせて高速で顔を逸らしやがった。


 にゃろう。


 明日の昼飯とおやつは、ワンランクダウンしたものにしてやっからな?覚えとけよ?


 さて、と。


「峰崎君」


「はい」


「思うに、君は肉体的に、なんというか、極まってしまった状態にあるようだ」


「………」


「ならば、精神的なものに、その打開策を求めざるを得まい」


「な、なるほど」


 真面目に語る自分が、なんとも馬鹿らしいが、ここは我慢だ。


「そこでひとつ、問題がある」


「………」


「君は、羽原木先生のことが、今でも好きなんだよな?」


「はい。片想いですが」


「うん。で、俺が、君に提供出来る解決策を実行した場合、君は、羽原木先生への想いを、滅茶苦茶に破壊されるかもしれない」


「…!?」


「………」


「………」


「………どうする?」


「………」


「………」


「………」


「………」


「お願いします。用務員さん、このままでは、僕は、どうにかなってしまいそうで」


「………そうか、わかった」


 俺は、携帯を手にすると、ある人物に連絡を取った。





 数日後。


「用務員殿、第三グラウンドの鍵を返却致します」


「ほいほい。あ、今、麩饅頭でお茶するところだったんですが、どうです?羽原木先生も」


「それはまた、なんとも渋いですね。喜んで頂きます」


 そこへ。


「用務員さん、羽原木先生」


 だから!


 ラフレシア満開乱れ咲きとか、邪魔だから!迷惑だから!


 つやつやてかてかの肌で、キラキラエフェクトも大、増、量。

 峰崎一馬、登場。


 このぶんだと、上手くいったということなのだろうか。


「峰崎、ここ数日、訓練に顔を出していなかったな。何かあったのか?」


 柔らかな微笑みを浮かべた峰崎君は、ぴしりと直立すると、羽原木先生に向かって深々と一礼する。


「これまでの御指導御鞭撻、誠にありがとうございました」


「………」


「僕は、生涯仕えるべき主と出会うことが叶いました。これよりは、その御方のために、独自に研鑽を積む所存です」


「………」


「貴女のことは、美しい初恋の想い出として、生涯忘れることは無いでしょう。本当に、ありがとうございました」


「………」


「用務員さん、貴方には、いつも助けられてばかりで、感謝の念にたえません。貴方は僕の恩人です」


「まあ、そんなに気にしないでくれ。あー、その、頑張ってくれ、いろいろと」


「はい、ありがとうございます。それでは、主に呼ばれておりますので、これで失礼致します」


 くるりと美しくターンを決めた峰崎君は、すたすたと去っていく。


「………」


「………」


「用務員殿」


「なんでしょう?」


「不覚にも、不可思議な威圧感に呑まれてしまいまして、全く反応出来ませんでした。峰崎は一体、どうしたというのでしょう?言っていることの意味が、よくわからなかったのですが」


「知らなくていいと思いますよ?どうしても、と仰るなら、お教え致しますが」


「………」


 昨日。


 伯母さんから届いたメールの内容が頭を過る。


“なんか面白い奴だから、将来的に飼うことを視野に、ちょっと育ててみるわ”


 だとさ。


 どうか、お手柔らかに頼みますよ?伯母さん。


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