とある女教師の憂鬱・前編
一部例外を除けば、教師って職業はいまや、昔ほど 、敬意の対象とはならないのだとか。
子供には侮られるわ、その親には詰られるわと、どこも大変らしい。
この学校にも、そういった事態は発生しているようで。
だからといって、こんなところに来たって、何も解決しないと思うんだがなあ、普通なら。
なのに。
ここで働いている連中、ここに通ってる連中、その中でも変わり種と有名な奴らが、何故だかこの四畳半の用務員室に寄って集って居座り、愚駄るのだ。
全くもって迷惑な話なのだが、しがない用務員風情では、追い払うのも難しくてね。
かくして。
また今日もこの部屋で、なんだかへんてこな日常のひとこまが綴られたりするので ある。
甚だ不本意ながら。
★
「………」
「………」
「………」
想像してほしい。
自分の部屋の片隅に、膝を抱えて座りながら、山崎○コさんの曲「呪い」を延々と口ずさんでいる女性がいたとしたら。
君、どうするよ?
「………」
「………」
「………ぽよ丸」
「な、何?」みたいな感じで体をひねるぽよ丸。
「…GO」
どうにかしろ、と視線に込めて、厄介なそれを指差すが、即座に「いや無理だから!絶対無理だから!」てな感じで全身を激しく左右に揺すっている。
だよなあ、俺にもどうしていいかわかんないし。
「あーもー、羽原木先生、何があったんですか?」
「………どうか、お構い無く」
構うわ!
ここは我が城なのですよ?
とはいえ、このままの状態でここを追い出してしまってはまずい気がするのだ。
よくわからないが、本能的な何かが、そう告げていた。
★
どうにかこうにか聞き出したところによれば。
彼女の受け持つクラスの、とある女子のグループが中心となって、彼女に様々な嫌がらせを仕掛けているのだとか。
回を重ねるごとにエスカレートするその行為は、ついには羽原木先生の彼氏さんへのハニートラップにまで及び、二人が破局を迎えたのを確認するや、なんとさっさと彼氏さんをボロクズのように捨て去ったという。
しかもその女子のグループの親達は、一応は学校の出資者の一部であるらしく、そちら方面からも微妙に圧力がかかっているらしい。
「なにそれ超怖え」
え?え?
今の若い娘ってそこまでやるの?なんなの?どうして?
俺の頭の上のぽよ丸も、これ以上ないほどにガタガタ震えてますよ。
「いったい、私が何をしたというのでしょうか」
ちなみに、羽原木先生の生徒達からの評判は良いし、職員から悪口が上がるようなこともない。
件の女生徒達に対しても、他の生徒達と全く同じ様に接してきたのだそうだ。
「話は全て聞かせて頂きましたわ!」
「ぬお!?」
いつの間にか、背後にぽちとお姫様がいた。
「九条様、事実確認のため、情報収集と参りましょう」
「合点!待っててね、萌せんせ!」
「は、はい?」
「おい、お前ら」
こちらが何か言う前に、二人はさっさとと出ていってしまった。
俺、ぽよ丸、羽原木先生はおいてきぼりである。
★
「はあ!?」
一週間後。
どうやったのかは怖くて聞けないが、ぽちとお姫様が入手した、女子グループの会話を録音したテープを、羽原木先生も交えて聞いているのだが。
『真面目ぶりっ子、いい子ぶりっ子、反吐が出るよね~』
『その上、一馬くんをたぶらかしてさあ、いい気味よ』
つまり、要約すると、だ。
「自分達のお気に入りの男子が、羽原木先生に色目使ってんのが気に入らない。さらに、それに気が付いてないのがもっと気に入らない、と?」
おいおいおい。
「赦さん…!」
「待て待てぽち、その般若の面と薄衣、それから日本刀は仕舞え。てか、どっから出した?」
「ゆるせない…!」
「はいはいお姫様も、その白眼と顔の縦線怖いから、引っ込めて引っ込めて」
「ぬう」
「ですが!用務員様!」
「解ってるよ。まあ、汚れ仕事は大人の領分ってことでさ、まかせてくれないかな」
「へ?」
「用務員様が、ですか?」
「うん。それよりもだなあ…」
ちろり。
部屋の片隅に視線を向ける。
「………」
「………」
「………」
うわあ。
羽原木先生が、また座り込んで例の曲のループに突入してしまった。
なんという障気だ、この間よりもはるかに酷いぞ。
「か、かんぜんに目がしんでるー?ひかりをやどしてないよー?」
「壊れかけ、いえ、最早、壊れてしまっているのでは?」
そりゃなあ、己に一片の咎も無く、あんな馬鹿みたいな理由で、いろいろとぶち壊されちまったんだ。
予想外の衝撃で、一気に心を打ち砕かれたんだろう。
「どどどどうしよー、萌せんせが、萌せんせがー」
「用務員様…」
うーん。
「こ…こんなに…」
うん?
ゆらりと。
おもむろに、羽原木先生が立ち上がった。
「こんなに、苦しいのなら、悲しいのなら…………」
やべえ、なんか変な方向にキレたっぽい!
「愛などいらぬ!」
「うわーん!萌せんせが完全に壊れたー!」
「あああ、逝ってしまわれましたわ、あああ」
あちゃー。
「用務員さん」
「な、なんですか?」
「以前、話して下さいましたよね。三ヶ月の特訓で、心も身体も鋼のように鍛えてくれる知り合いがいるって」
「!?い、いや、まずいですってそれは!」
「お願いします、紹介して下さい」
「だ、だから、いろいろと危険な可能性についても一緒に話しましたよね?その時」
「構いません」
「………」
「………」
「………」
「………」
「な、なんなのかな?セナちゃん?」
「わ、私に聞かれましても」
「………」
「………」
「………あー、もうわかりましたよ。紹介しますから」
「ありがとうございます」
俺がやけっぱち気味に書きなぐったメモを手にすると、羽原木先生はゆらりと用務員室を出ていってしまった。
「よーむいんさーん」
「いったい、なんだというのですか」
「二人とも、覚悟しておくんだ。もう以前の羽原木先生には、会えないから」
「え?え?ええ?」
「ど、どういうことですの?」
グッバイ、羽原木萌。