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林間学校・二日目・後編

 前回までの、「用務員さんのいる四畳半」は。


「もがもむ」


「むぐうぐ」


「はがぐが」


「がむふぶ」


「ばりもぐ」


「んがっくっく」


「ぬうー!なんだいなんだいみんなして! どちくしょー!ぐれてやるー!」


 大食いとか、早食いとか、よいこは真似しちゃだめだぞ?


 どうせやるなら、小林○さんのように、身体鍛えて、研究して、本気でやろうな!


 で。


 なんだっけ?


 あ、ぽちと姫が、どっかいっちまったんだったな。


 仕方がないから捜しにいこう、と。





「ぽちめ、何も考えずに走ってやがるな」


 大山寺さん、羽原木先生と、ぽち&姫を追跡中。


 わかりやすい痕跡を残してくれてるから、追跡自体は楽なんだがね。


「はん。下手すりゃ迷ってんじゃねえのか、こりゃ」


「有り得ますね。急いだ方がよさそうです」


 ったく。


「………!?不味い、かな、これは」


 ぽよ丸も気が付いたのか、俺の頭を高速てしてししている。


「どうした?」


「獣と、血の臭いがします」


「む。そりゃやべえな」


 そして、慌てふためいてこちらに向かってくる人の気配。


「姫!こっちだ!」


 俺を視認した姫が、顔をくしゃくしゃに歪めながら飛び込んでくるのを、ふわりと抱きとめてやる。


「用務員様!用務員様!くく、熊!熊が!九条様が!九条様があ!あああああ!」


 ぼろぼろと泣き出した姫を、羽原木先生に預ける。


「姫を頼みます」


「あ!?馬鹿野郎!一人で!」


「用務員殿!?」


 一刻を争うんでね、申し訳ないです。


 ぽち、待ってろ!





 くそったれめ。


 夜行性だし、今日はハイキングで、大勢の人間が騒ぎながらうろちょろしてたんだから、大丈夫だと思ったんだがな。


 しかし、三メートル近いツキノワグマとか、何の冗談だよ。


 原因はわからないが、どうやら、親子の熊と、デカイ方の熊とで、争いがあったみたいだ。

 血だらけでピクリとも動かない母親らしき熊の側に子熊がいて、その子熊を庇うようにして、木切れを構えたぽちが立ち塞がっている。


「も、もういーだろ!?こいつはかんべんしてやれよお!よわいものいじめとか!かっこわるいぞおまえ!」


 涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃで。


 身体じゅうガタガタ震えてて。


 おまけに漏らしちまってる。


 怖くて怖くて仕方ないくせに。


 それでも。


 瞳の光は強く。


 しっかりと熊公を見据えている。


 あいつは、いろいろと馬鹿な奴なんだよ。 


 いろいろと、な。


 そんな馬鹿なぽちを。


 俺は、気に入ってんだよなあ。


 だから。


「疾!」


 身体強化の魔法でおまけした跳び蹴りで、熊公を吹き飛ばす。


 すまないな。

 お前は別に悪かないし、恨みも無い。


 でもな。


 この娘を傷つけさせるわけにゃいかないんだよ。


「………あ?よ、よーむいん、さん?」


 へなへなと、ぽちが腰を落とす。


 ぱっと見、ひどい怪我は無い。

 全く、運が良いんだか、悪いんだか。


「ごあ…」


 ふらふらと、熊公が起き上がる。

 一応、死なないように手加減したからな。


 過去に爪で抉られでもしたのか、片目しかなく、ツキノワグマの名前の由来である、胸の辺りの白い毛並みが、にたっと嗤っている口のように見える、特徴的な容姿をしている。


「退け。出来れば、これ以上、殺り合いたくはない」


「ふ、ふ、ごああああ!」


 ち。


 こいつ。


 瞳の奥に、狂った光が宿っている。


 今退かせたとしても、また、何かやらかすかもな。


「………」


 腹を括るか。

 せめて、苦しまないように逝かせてやる。


「ごあ!」


「疾!破!」


 突進をいなしざま、側頭部に掌底をねじり込む。


「ご!?」


 ぐらり。


 よたよたと、二、三歩進んだところで、熊公の巨体が崩れ落ち、そのまま、動かなくなった。


「………」


「………す、すげー。レオぽんの話、マジだったんだ」


「おいおい、片手で熊仕留めるとか、どんだけデタラメなんだよ、お前」


 援護に来るつもりだったのだろう。

 背後から、苦笑いしながら、大山寺さんが現れた。

 後ろを振り向いて、ひゅい、と、短く口笛を吹いたのは、さらに後方にいる羽原木先生と姫への合図らしい。


「九条様ー!御無事ですかー!」


 つんのめりながら走り寄って来た姫が、ぽちに飛びつくと、二人はそのまま抱き合いながら、わんわんと泣き出してしまった。


 ふう。


 やれやれ。


 ごっ。


「みゅ!?」


 ごっ。


「ぴょ!?」


 ぽちと姫の脳天に、少し強めに拳骨を落としてやる。

 痛みに悶絶しているが、自業自得だろ。


「………何か言うことは?」


「………ご、ごえんなざいい」


「ぐず、ぼうじわげありばぜんでじだあ」


「………無事でよかった」


 軽く二人を抱き寄せてやると、俺にしがみついて、また泣き出す。

 しばらくは、そのまま泣かせといてやろう。





「さて、どうする?」


 ぽちと姫が落ち着いた頃を見計らって、大山寺さんが呟く。


「………」


 どうしたもんかねえ。


「子熊の手前、母熊は埋葬してやりましょうか」


「ですね」


 子熊は、母熊の周りをうろうろしながら、すんすんと匂いを嗅いでいる。


「デカイ方はどうする?」


「持ち帰りますよ。はからずも戦って、殺っちまった以上、有効活用して弔うのが、俺の流儀なんで」


「宿舎の方に連絡して、運搬に使える車を手配致しましょう」


「すんません。お願いします」


 ふと見ると、ぽちが、子熊の側に立っていた。


「おまえ、ひとりぼっちになっちゃったんだな」


 子熊の頭を撫でながら優しく呟くぽち。

 子熊は、おとなしく、されるがままになっている。


「ぽち」


「なに?」


「その子は、一旦連れていく。流石に、親がいないのに放っといたら、その幼さでは死ぬしかないからな」


「え!?いいの!?」


「いいもなにも、そのつもりなんだろ?お前」


「にへへー。ばれた?」


 悪びれもせずに、てれてれと笑うぽちを、軽く小突く。


「地元の方に任せてもいいし、うちの学校で飼育してもいい。九条の家でも育てられるだろうしな。御両親が許せばの話だが?」


 地元なら、こういった場合の保護を、どこか受け持ってるとこがあるだろうし、あんな不思議な金持ちネ○ミを飼育してるぐらいだから、子熊の一頭くらい、学校で引き取るのも問題無いだろう。

 九条家も、あの家の財力と権力なら、成長後も含めてどうにでも出来るだろうしな。


「むむむ。どうすべきか」


「考える時間は十分あるさ。とりあえず、母熊を弔ってやらなきゃな」


「うん。そだね」


 うーん。


 なんとなく。


 この子熊、うちの学校の愉快な面子の仲間入りを果たすような気がする。


 まだだ!まだ終わらんよ!


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