林間学校・二日目・後編
前回までの、「用務員さんのいる四畳半」は。
「もがもむ」
「むぐうぐ」
「はがぐが」
「がむふぶ」
「ばりもぐ」
「んがっくっく」
「ぬうー!なんだいなんだいみんなして! どちくしょー!ぐれてやるー!」
大食いとか、早食いとか、よいこは真似しちゃだめだぞ?
どうせやるなら、小林○さんのように、身体鍛えて、研究して、本気でやろうな!
で。
なんだっけ?
あ、ぽちと姫が、どっかいっちまったんだったな。
仕方がないから捜しにいこう、と。
★
「ぽちめ、何も考えずに走ってやがるな」
大山寺さん、羽原木先生と、ぽち&姫を追跡中。
わかりやすい痕跡を残してくれてるから、追跡自体は楽なんだがね。
「はん。下手すりゃ迷ってんじゃねえのか、こりゃ」
「有り得ますね。急いだ方がよさそうです」
ったく。
「………!?不味い、かな、これは」
ぽよ丸も気が付いたのか、俺の頭を高速てしてししている。
「どうした?」
「獣と、血の臭いがします」
「む。そりゃやべえな」
そして、慌てふためいてこちらに向かってくる人の気配。
「姫!こっちだ!」
俺を視認した姫が、顔をくしゃくしゃに歪めながら飛び込んでくるのを、ふわりと抱きとめてやる。
「用務員様!用務員様!くく、熊!熊が!九条様が!九条様があ!あああああ!」
ぼろぼろと泣き出した姫を、羽原木先生に預ける。
「姫を頼みます」
「あ!?馬鹿野郎!一人で!」
「用務員殿!?」
一刻を争うんでね、申し訳ないです。
ぽち、待ってろ!
★
くそったれめ。
夜行性だし、今日はハイキングで、大勢の人間が騒ぎながらうろちょろしてたんだから、大丈夫だと思ったんだがな。
しかし、三メートル近いツキノワグマとか、何の冗談だよ。
原因はわからないが、どうやら、親子の熊と、デカイ方の熊とで、争いがあったみたいだ。
血だらけでピクリとも動かない母親らしき熊の側に子熊がいて、その子熊を庇うようにして、木切れを構えたぽちが立ち塞がっている。
「も、もういーだろ!?こいつはかんべんしてやれよお!よわいものいじめとか!かっこわるいぞおまえ!」
涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃで。
身体じゅうガタガタ震えてて。
おまけに漏らしちまってる。
怖くて怖くて仕方ないくせに。
それでも。
瞳の光は強く。
しっかりと熊公を見据えている。
あいつは、いろいろと馬鹿な奴なんだよ。
いろいろと、な。
そんな馬鹿なぽちを。
俺は、気に入ってんだよなあ。
だから。
「疾!」
身体強化の魔法でおまけした跳び蹴りで、熊公を吹き飛ばす。
すまないな。
お前は別に悪かないし、恨みも無い。
でもな。
この娘を傷つけさせるわけにゃいかないんだよ。
「………あ?よ、よーむいん、さん?」
へなへなと、ぽちが腰を落とす。
ぱっと見、ひどい怪我は無い。
全く、運が良いんだか、悪いんだか。
「ごあ…」
ふらふらと、熊公が起き上がる。
一応、死なないように手加減したからな。
過去に爪で抉られでもしたのか、片目しかなく、ツキノワグマの名前の由来である、胸の辺りの白い毛並みが、にたっと嗤っている口のように見える、特徴的な容姿をしている。
「退け。出来れば、これ以上、殺り合いたくはない」
「ふ、ふ、ごああああ!」
ち。
こいつ。
瞳の奥に、狂った光が宿っている。
今退かせたとしても、また、何かやらかすかもな。
「………」
腹を括るか。
せめて、苦しまないように逝かせてやる。
「ごあ!」
「疾!破!」
突進をいなしざま、側頭部に掌底をねじり込む。
「ご!?」
ぐらり。
よたよたと、二、三歩進んだところで、熊公の巨体が崩れ落ち、そのまま、動かなくなった。
「………」
「………す、すげー。レオぽんの話、マジだったんだ」
「おいおい、片手で熊仕留めるとか、どんだけデタラメなんだよ、お前」
援護に来るつもりだったのだろう。
背後から、苦笑いしながら、大山寺さんが現れた。
後ろを振り向いて、ひゅい、と、短く口笛を吹いたのは、さらに後方にいる羽原木先生と姫への合図らしい。
「九条様ー!御無事ですかー!」
つんのめりながら走り寄って来た姫が、ぽちに飛びつくと、二人はそのまま抱き合いながら、わんわんと泣き出してしまった。
ふう。
やれやれ。
ごっ。
「みゅ!?」
ごっ。
「ぴょ!?」
ぽちと姫の脳天に、少し強めに拳骨を落としてやる。
痛みに悶絶しているが、自業自得だろ。
「………何か言うことは?」
「………ご、ごえんなざいい」
「ぐず、ぼうじわげありばぜんでじだあ」
「………無事でよかった」
軽く二人を抱き寄せてやると、俺にしがみついて、また泣き出す。
しばらくは、そのまま泣かせといてやろう。
★
「さて、どうする?」
ぽちと姫が落ち着いた頃を見計らって、大山寺さんが呟く。
「………」
どうしたもんかねえ。
「子熊の手前、母熊は埋葬してやりましょうか」
「ですね」
子熊は、母熊の周りをうろうろしながら、すんすんと匂いを嗅いでいる。
「デカイ方はどうする?」
「持ち帰りますよ。はからずも戦って、殺っちまった以上、有効活用して弔うのが、俺の流儀なんで」
「宿舎の方に連絡して、運搬に使える車を手配致しましょう」
「すんません。お願いします」
ふと見ると、ぽちが、子熊の側に立っていた。
「おまえ、ひとりぼっちになっちゃったんだな」
子熊の頭を撫でながら優しく呟くぽち。
子熊は、おとなしく、されるがままになっている。
「ぽち」
「なに?」
「その子は、一旦連れていく。流石に、親がいないのに放っといたら、その幼さでは死ぬしかないからな」
「え!?いいの!?」
「いいもなにも、そのつもりなんだろ?お前」
「にへへー。ばれた?」
悪びれもせずに、てれてれと笑うぽちを、軽く小突く。
「地元の方に任せてもいいし、うちの学校で飼育してもいい。九条の家でも育てられるだろうしな。御両親が許せばの話だが?」
地元なら、こういった場合の保護を、どこか受け持ってるとこがあるだろうし、あんな不思議な金持ちネ○ミを飼育してるぐらいだから、子熊の一頭くらい、学校で引き取るのも問題無いだろう。
九条家も、あの家の財力と権力なら、成長後も含めてどうにでも出来るだろうしな。
「むむむ。どうすべきか」
「考える時間は十分あるさ。とりあえず、母熊を弔ってやらなきゃな」
「うん。そだね」
うーん。
なんとなく。
この子熊、うちの学校の愉快な面子の仲間入りを果たすような気がする。
まだだ!まだ終わらんよ!




