林間学校・一日目・前編
前回までの、「用務員さんのいる四畳半」は。
「で?これは何なんだ?」
「この出張用務員室キャンピングカーにて、用務員様は、私達と共に、林間学校に参加して頂くのですわ」
「くまかー。ワンパンで沈めて、くま殺しの伝説作ってやんぜ」
てな訳で。
用務員の俺が、ぽちや姫、ぽよ丸の行く林間学校に、強引に付き合わされるはめになったのだ。
なんでだろうね。
★
「………」
「………」
キャンピングカーの運転席の空気が重い。
原因は。
絶賛やさぐれ中の男二人。
運転してる俺と。
助手席の大山寺さんである。
「貴方まで巻き込まれてるとは思いませんでしたよ」
「言うな。俺にもなんでなのかさっぱりわからねえんだ」
「でしょうねえ」
前を走る観光バスの最後部の座席には、ぽち達が陣取っている。
時折、こちらを見てはなにやら楽しげに笑いあっているのだが、何故にあの二人の笑顔はあんなに下衆いのか。
そして、ちらちらこちらを見ては頬を染めている、友達らしき女子生徒の態度は何だというのか。
「あの二人が、他の生徒達に何を吹き込んでんのか、それを考えると、気が滅入ってきますよ」
「ああ。間違いなく、ろくでもないことだろうなあ、あのふざけた面を見るに」
『でゅふふふふ』
ぽちの、腐のスイッチが入った時の独特の笑い声が、ここまで聞こえる気がする。
★
高速のサービスエリアでの小休止。
俺と大山寺さんは、トイレを済ませたあとは、座席でぼけっとしている。
「林間学校から帰ったら、例の店、行かねえか?」
「いいですねえ。そういえば、大山寺さんいつも、俺と桃ちゃんのことばかりからかいますけど、そっちこそ、ママとはどうなんですか?」
「んあ?あー、まあ、なんとか続いてるよ」
「へー」
びたん。
「………なにやってんだ、ぽち」
間抜けな音のした方向に視線を転じると、ぽちが運転席側のウインドウに、下衆い笑顔を浮かべて張り付いている。
ウインドウを開けてやると、こもって聞こえていた「でゅふふふふ」の笑い声がよりクリアに。
気持ち悪いなあ、おい。
姫も、同じく下衆い笑顔で後ろに立っていた。
「なんだよいちゃいちゃしやがってえ」
「御二人でどのようなお話をなさっていたのですか?」
「………」
「………」
ふむ。
「いや、なにね。お互いに、お相手の女性と上手くいっててよかったですね、と。そういう話だが?」
反応は劇的だった。
瞬時に顔を歪めた二人は、見事にシンクロした動きで、喉から痰をせり上げて吐き出した。
がーっ、ぺっ、て感じで。
「ちっ、つまんねえの。いこうぜー、セナちゃん」
「なんだか裏切られたような気分ですわね。九条様」
「んだんだ」
肩をいからせながら、がに股でのしのしと二人は去っていく。
どうしてあそこまでやさぐれなきゃならんのか。
大山寺さんが、ふ、と微笑う。
「ちっとばかり意趣返し、てか?」
「そんなとこです」
「はっはっは」
多少、気分を持ち直した俺と大山寺さんは、その後も和やかに談笑なんぞしつつ、観光バスの後を追うのだった。
★
「へえ、うちの学校の持ち物なんですか、この宿舎は」
「ああ。林間学校のシーズン中は、うちの学校だけでなく、他校にも貸し出すんだとさ。オフシーズンには、普通に旅館になる」
「へえ。それはまた」
「一般客も利用する施設だからな、いろいろと贅沢な造りになってんだよ。温泉もあるしな」
「うはあ。無理矢理連れてこられたようなもんですけど、こりゃ、いい骨休めになるかなあ?」
「そいつあ、無理じゃねえか?ガキ共のお守りしなきゃならねえんだからよ」
「あー、そっすね」
総合宿泊施設として、かなりの敷地を保有しているらしい目の前のそれは、母屋としての本館の他に、コテージのエリアや、キャンプ場もあり、利用者が宿泊スタイルを選ぶ仕組みのようだ。
様々な温泉浴場も各所に点在している。
さて。
肝心の林間学校は、というと。
どうも、初日はキャンプ場で各自弁当を食べ、テントを設営して、晩飯を自分達で作り、テントで宿泊、という予定のようだ。
で。
「用務員殿、誠に申し訳ありませんが、あの事態を収拾するのに、御助力願えませんでしょうか」
困惑顔の羽原木先生が、申し訳なさそうに俺に声をかけてきたのだが。
「どうかしたんですか?」
「その、用務員殿のお作りになったお弁当が原因のようでして」
「はあ?」
無言で羽原木先生が指差す先。
キャンプ場の一角が、一部の女子達により、戦場になっていた。
★
「喰わせろ~、喰わせろ~」
「ちくしょうめ!数がおおすぎるぜ!」
「くっ!囲まれてしまいましたわ!」
なんだこれ。
俺を見つけたぽよ丸が、「ここ!ここ!たーすーけーてー!」と言わんばかりに、ぴょいーんぴょいーんと跳ねまくっている。
ぽちと姫は、レジャーシートの中央に置かれた、俺の作った行楽弁当のお重を護るようにして、周囲を警戒している。
それを、複数の女子が箸を片手に、ゾンビのごとき動きで囲み、群がっているのだ。
「おい、羽原木。こりゃ、どういうこった?」
面白そうだとついて来ていた大山寺さんが、呆れ顔で聞く。
「はあ。周囲の男子生徒の話では、 最初は、用務員殿のお弁当を、皆で和気藹々とつつきながら食べていたらしいのですが、途中から、九条や神宮寺が、何か焦ったように叫びだし、気がつけば御覧の有り様だったとか」
ええー?
「なるほどなあ、大体わかった」
「どういうことです?」
「お前の作る料理は旨えからな。普段食べたことのない他の娘っ子どもの箸が進みすぎて、九条と神宮寺が慌てて自分の分を確保しようとしたんだろ」
「………はあ」
「多分その時に、九条辺りが、余計に煽るような真似をしちまったんじゃないか?それで、拗れちまったんだな」
「………はあ」
これを、俺にどうしろというのだ。
「あはははは!なんか面白いことになってるねえ?」
む?
「愛加辺先生」
この人も来てたのか。
「よっしゃ!さらに面白いこと思いついた!」
ハンドマイクを手にした愛加辺先生は、騒動の中心に向かっておもむろに叫びだす。
「そこの女子共ー!よほどにその弁当が気に入ったらしいな!ならば!自分達の為だけに作られたものを、食べたくないか?」
びくり。
ゾンビ女子の動きが止まる。
「今晩!料理コンテストを開催する!テーマはもともと作る予定だった焼きそばだ!」
おいおいおい。
「優勝した班には、明日のハイキングの弁当を、お前らお目当ての料理人に用意してもらう!どうだあ!特製豪華弁当!食べたくないかあ!」
『うおおおお!』
その瞬間、女子としてはちょっとどうかと思う雄叫びが、キャンプ場に木霊した。
待て待て待て。
「“それ”を作る本人に何の承諾も得てないのですが、どうなんですかこれ」
げんなりしながら、大山寺さんに問うてみたりする。
「諦めろ。まあ、お前にとっちゃ災難だろうけどよ。落とし処としては悪くねえぞ?多分」
「………はあ、まあ」
とんでもないことになってきたなあ。
これ、林間学校だよな?
すべりこみセーフか?
では、明日の分の執筆に入ります故、これにて失礼。




