最後のひとつの処理方法
大人になるにつれ、一歩引いてしまうことに慣れてきてしまうものだ。
周囲への配慮だとか。
ゆとりある自分、という演出のためだったりとか。
なんか、何事につけても、がっつくのはみっともない、みたいな風潮は根強いよね、この国は。
そこにつけ込まれたりして、どえらいめに遭ってもいるから、最近は少し変わりつつあるのかもしれないが。
ま。
今、俺の目の前で起きてることは、そんなアレとは無縁のソレなんだけどねー。
かくして。
また今日もこの部屋で、なんだかへんてこな日常のひとこまが綴られたりするのである。
甚だ不本意ながら。
★
農業部からの頂き物で、名残の苺がこれでもか!と、どっさりと。
いろいろな食べ方を楽しませて頂いた。
普通に食べて。
苺ミルクにして食べて。
苺のジェラートに。
苺のクレープ。
苺のパフェ。
苺ジャムにして保存もしてある。
で。
連日の苺祭りの締めくくりとして、今日出したのは、苺大福である。
そこで。
俺にとっては至極どうでもいい事件が勃発してしまったんだな、これが。
★
「いくらセナちゃんでも、こいつばかりはゆずれやしねえぜ?」
「くすくす。その言葉、そっくりそのままお返しいたしましてよ?九条様」
「………」
「………」
立ち上がって、火花を散らしながら睨みあう二人の中間地点には、いつものちゃぶ台。
その上に、大皿に残された、苺大福がひとつ。
追加で割り切れるように作ってやれば解決するんだろうが、残念ながら、苺は一つも残ってないのだ。
「あー、二人とも。半分に切ってとか、平和的な妥協案とかは…」
「ないね」
「却下ですわ。味わいを大きく損ねますので」
「そ。で、よーむいんさん、アレ出して」
「アレ?」
「ひげのアレ」
「………」
あーあーあー。
★
勝者の賞品である苺大福は、一旦厨房に下げられ、ちゃぶ台の中央には、アレが置かれている。
1975年に産み出された、ロングセラー玩具。
黒○げ危機一発。
「飛び出させたほーが負けってことで」
「委細承知」
「………」
なんでこんな緊迫した空気になってんだよ。
プラスチック製の短剣を手に、対峙するぽちと姫。
ぽちは、ゴゴゴの描き文字魔法を発動し、背景に虎柄の仔猫を幻出させる新魔法も御披露目。
仔猫が「に~」と可愛く鳴いている。
姫は、ドドドの描き文字魔法を発動し、こちらは背景にふっさふさの毛並みのチャウチャウが幻出。
「わふ!」と可愛く鳴いている
えと。
虎と獅子のイメージ、なのか?
この不思議魔法、マジでどこで教えてんのかなあ。
★
「でいやあ!」
「ちい!そこお!」
カスッカスッと間抜けな音が響く。
やたらなオーバーアクションと派手なエフェクト付きで、プラスチックの短剣を交互に樽の中に刺していく二人。
「ぬうう、やるじゃないかセナちゃん」
「ふふふ、流石は九条様ですわ」
にやり。
なにやら、ライバル同士の友情を感じさせる、男前な笑みを交わすぽちと姫。
が。
忘れんなよ?お前ら。
この勝負は、子供じみた物欲が原因だぞ?
全く、これっぽっちも、格好よくなんかねえからな?
「用務員君、おるかね?」
ん?
あの声は、校長先生か。
「入るよ~ってうわ!?何してるのこれ?」
「あー。見てわかる通り、遊んでるんですよ」
「………」
「………」
「………黒ひ○危機一発って、あんなにアグレッシブに遊ぶものだっけ?」
「まあ、いいんじゃないですかね?本人達が楽しいならそれで。で?校長先生は何しに来たんですか?」
「もみじまんじゅうを頂いてね、一緒にお茶でもどうかなと」
「………」
ふむ。
「いいですねえ。ただ、今、俺、この勝負の審判やらされてましてね」
「あー。いいよいいよ、儂が淹れよう。いつも淹れてもらってばかりだしね。その代わりといっちゃなんだけど、玉露でもいい?」
「構いませんよ」
「おお!言ってみるもんだねえ。では早速」
ふふ。
安いもんさ、それくらい。
★
「…っ、ぬ、ぬぐふ。まさかここまでとは…!」
「ふぐ…う。九条家令嬢の底力、とくと拝見しましたわ…!」
ぽちと姫が、ちゃぶ台を挟んで、どっちも四つん這いになりながら、息も絶え絶えである。
しかも、二人とも何故か満身創痍で。
なんで、たかだか数分黒ひげ危機一○で遊んだだけで、この有り様なのか。
多分、誰にも解けない謎なんじゃなかろうか。
「ぬうう…、届け!この想い!でええりゃあああ!」
かちん。
時間すらも止まったかのような刹那。
おいおいおい、時魔法か?これ。
エフェクト限定っぽいが、すげえな。
そして。
時は動き出す。
ぴょいーん。
「がは!?ば、馬鹿なあ!?」
「ふ、ふふふうふふふふ!私の、大いなる、そして、華麗なる、大!勝!利!ですわー!きゃー!きゃー!」
この世の終わりのように、がくりと崩れ落ちるぽち。
どんより背景のおまけ付き。
色とりどりの薔薇の花を満開乱れ咲きにした上に、キラキラエフェクトも追加で、飛び跳ねて喜ぶ姫。
いやはやなんとも。
「さあ!勝者への御褒美、苺大福様を………?」
姫の視線の先。
厨房には、口の周りを打ち粉で汚した校長先生。
何も乗っていない大皿。
「………」
「………」
「………」
心の内で、ほくそ笑む。
我が策、成れり。
「何を…何をしていらっしゃいますの…?校長先生」
ゆらり。
一瞬にして枯れ落ちた薔薇達を背景に、どす黒いオーラを纏う姫。
「え?な、何かな?」
「こーちょー、まさか、まさか、だよね?」
ゆらり。
敗者であるぽちまでも、勝負を汚されたと感じたのだろうか。
ゴゴゴの描き文字エフェクト付きで立ち上がる。
「ど、どうしたというのかね?君達」
「校長先生、そのお皿には、苺大福様がいらしたはずなのです」
「このしょーぶのしょーしゃに与えられるはずの、いちごだいふくちゃんがなあ?」
「うええ!?そ、そうだったのお!?」
「………」
「………」
「………」
「………で?どうなさいましたの?」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………た、食べちゃった!てへぺろ!」
オウケエ、校長先生、あんたいい仕事してるぜ。
最高のタイミングで、最悪のリアクションをありがとう。
ある意味神がかってるよ。
「………」
「………」
がしっと。
校長先生の両脇を抱えた二人が、ずるずるとひきずって外へ出ていく。
「ちょ、ねえ君達穏やかじゃ無さすぎないかな!?その顔、人も殺せそうだよ!?だってさ、仕方ないじゃない?儂、苺大福超好きなんだもん!ねえ?話し合おう?話し合えば、ね?よ、用務員君!?君もなんとか」
「ハハハハハ、ごめんそれ無理」
「なんでえ!?た、助けて!誰か助」
ぱたりと。
用務員室の扉を閉める。
「………悪い顔してんなあ?相棒」
レオの呟きに、にやりと笑い返す。
ぽよ丸のてしてしを受けながら、校長先生の持ってきたもみじまんじゅうをつまむ。
うん。
知ってた。
校長先生が苺大福が好物なのも。
好物を目の前にして、意地汚いあのおっさんが、我慢など出来ないであろうことも、な。
「この手の話には、定番のオチだろ?」
どちらが勝っても、負けた方が拗ねるのは目に見えてるし、少しはわだかまりも生まれちまうだろ?
で。
校長先生が遊びにきた瞬間、俺は、彼にスケープゴートになって頂くことにしたってわけだ。
勝敗もうやむや。
二人とも、校長先生をどうにかすることでストレス発散。
おまけで、明日にでも、何か旨いもん見繕ってやりゃあ、フォローもばっちり。
ん?校長先生?
ハハハハハ。
南無。
き、今日はマジでやばかった…!
明日もやべえなあ。




