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最後のひとつの処理方法

 大人になるにつれ、一歩引いてしまうことに慣れてきてしまうものだ。


 周囲への配慮だとか。


 ゆとりある自分、という演出のためだったりとか。


 なんか、何事につけても、がっつくのはみっともない、みたいな風潮は根強いよね、この国は。


 そこにつけ込まれたりして、どえらいめに遭ってもいるから、最近は少し変わりつつあるのかもしれないが。


 ま。


 今、俺の目の前で起きてることは、そんなアレとは無縁のソレなんだけどねー。


 かくして。


 また今日もこの部屋で、なんだかへんてこな日常のひとこまが綴られたりするのである。


 甚だ不本意ながら。





 農業部からの頂き物で、名残の苺がこれでもか!と、どっさりと。


 いろいろな食べ方を楽しませて頂いた。


 普通に食べて。


 苺ミルクにして食べて。


 苺のジェラートに。


 苺のクレープ。


 苺のパフェ。


 苺ジャムにして保存もしてある。


 で。


 連日の苺祭りの締めくくりとして、今日出したのは、苺大福である。


 そこで。


 俺にとっては至極どうでもいい事件が勃発してしまったんだな、これが。





「いくらセナちゃんでも、こいつばかりはゆずれやしねえぜ?」


「くすくす。その言葉、そっくりそのままお返しいたしましてよ?九条様」


「………」


「………」


 立ち上がって、火花を散らしながら睨みあう二人の中間地点には、いつものちゃぶ台。


 その上に、大皿に残された、苺大福がひとつ。


 追加で割り切れるように作ってやれば解決するんだろうが、残念ながら、苺は一つも残ってないのだ。


「あー、二人とも。半分に切ってとか、平和的な妥協案とかは…」


「ないね」


「却下ですわ。味わいを大きく損ねますので」


「そ。で、よーむいんさん、アレ出して」


「アレ?」


「ひげのアレ」


「………」


 あーあーあー。





 勝者の賞品である苺大福は、一旦厨房に下げられ、ちゃぶ台の中央には、アレが置かれている。


 1975年に産み出された、ロングセラー玩具。


 黒○げ危機一発。


「飛び出させたほーが負けってことで」


「委細承知」


「………」


 なんでこんな緊迫した空気になってんだよ。


 プラスチック製の短剣を手に、対峙するぽちと姫。


 ぽちは、ゴゴゴの描き文字魔法を発動し、背景に虎柄の仔猫を幻出させる新魔法も御披露目。

 仔猫が「に~」と可愛く鳴いている。


 姫は、ドドドの描き文字魔法を発動し、こちらは背景にふっさふさの毛並みのチャウチャウが幻出。

 「わふ!」と可愛く鳴いている


 えと。


 虎と獅子のイメージ、なのか?


 この不思議魔法、マジでどこで教えてんのかなあ。





「でいやあ!」


「ちい!そこお!」


 カスッカスッと間抜けな音が響く。


 やたらなオーバーアクションと派手なエフェクト付きで、プラスチックの短剣を交互に樽の中に刺していく二人。


「ぬうう、やるじゃないかセナちゃん」


「ふふふ、流石は九条様ですわ」


 にやり。


 なにやら、ライバル同士の友情を感じさせる、男前な笑みを交わすぽちと姫。


 が。


 忘れんなよ?お前ら。

 この勝負は、子供じみた物欲が原因だぞ?


 全く、これっぽっちも、格好よくなんかねえからな?


「用務員君、おるかね?」


 ん?


 あの声は、校長先生か。


「入るよ~ってうわ!?何してるのこれ?」


「あー。見てわかる通り、遊んでるんですよ」


「………」


「………」


「………黒ひ○危機一発って、あんなにアグレッシブに遊ぶものだっけ?」


「まあ、いいんじゃないですかね?本人達が楽しいならそれで。で?校長先生は何しに来たんですか?」


「もみじまんじゅうを頂いてね、一緒にお茶でもどうかなと」


「………」


 ふむ。


「いいですねえ。ただ、今、俺、この勝負の審判やらされてましてね」


「あー。いいよいいよ、儂が淹れよう。いつも淹れてもらってばかりだしね。その代わりといっちゃなんだけど、玉露でもいい?」


「構いませんよ」


「おお!言ってみるもんだねえ。では早速」


 ふふ。


 安いもんさ、それくらい。





「…っ、ぬ、ぬぐふ。まさかここまでとは…!」


「ふぐ…う。九条家令嬢の底力、とくと拝見しましたわ…!」


 ぽちと姫が、ちゃぶ台を挟んで、どっちも四つん這いになりながら、息も絶え絶えである。

 しかも、二人とも何故か満身創痍で。


 なんで、たかだか数分黒ひげ危機一○で遊んだだけで、この有り様なのか。

 多分、誰にも解けない謎なんじゃなかろうか。


「ぬうう…、届け!この想い!でええりゃあああ!」


 かちん。


 時間すらも止まったかのような刹那。


 おいおいおい、時魔法か?これ。

 エフェクト限定っぽいが、すげえな。


 そして。


 時は動き出す。


 ぴょいーん。


「がは!?ば、馬鹿なあ!?」


「ふ、ふふふうふふふふ!私の、大いなる、そして、華麗なる、大!勝!利!ですわー!きゃー!きゃー!」


 この世の終わりのように、がくりと崩れ落ちるぽち。

 どんより背景のおまけ付き。


 色とりどりの薔薇の花を満開乱れ咲きにした上に、キラキラエフェクトも追加で、飛び跳ねて喜ぶ姫。


 いやはやなんとも。


「さあ!勝者への御褒美、苺大福様を………?」


 姫の視線の先。


 厨房には、口の周りを打ち粉で汚した校長先生。


 何も乗っていない大皿。


「………」


「………」


「………」


 心の内で、ほくそ笑む。


 我が策、成れり。


「何を…何をしていらっしゃいますの…?校長先生」


 ゆらり。


 一瞬にして枯れ落ちた薔薇達を背景に、どす黒いオーラを纏う姫。


「え?な、何かな?」


「こーちょー、まさか、まさか、だよね?」


 ゆらり。


 敗者であるぽちまでも、勝負を汚されたと感じたのだろうか。

 ゴゴゴの描き文字エフェクト付きで立ち上がる。


「ど、どうしたというのかね?君達」


「校長先生、そのお皿には、苺大福様がいらしたはずなのです」


「このしょーぶのしょーしゃに与えられるはずの、いちごだいふくちゃんがなあ?」


「うええ!?そ、そうだったのお!?」


「………」


「………」


「………」


「………で?どうなさいましたの?」


「………」


「………」


「………」


「………」


「………た、食べちゃった!てへぺろ!」


 オウケエ、校長先生、あんたいい仕事してるぜ。


 最高のタイミングで、最悪のリアクションをありがとう。


 ある意味神がかってるよ。


「………」


「………」


 がしっと。


 校長先生の両脇を抱えた二人が、ずるずるとひきずって外へ出ていく。


「ちょ、ねえ君達穏やかじゃ無さすぎないかな!?その顔、人も殺せそうだよ!?だってさ、仕方ないじゃない?儂、苺大福超好きなんだもん!ねえ?話し合おう?話し合えば、ね?よ、用務員君!?君もなんとか」


「ハハハハハ、ごめんそれ無理」


「なんでえ!?た、助けて!誰か助」


 ぱたりと。


 用務員室の扉を閉める。


「………悪い顔してんなあ?相棒」


 レオの呟きに、にやりと笑い返す。


 ぽよ丸のてしてしを受けながら、校長先生の持ってきたもみじまんじゅうをつまむ。


 うん。


 知ってた。


 校長先生が苺大福が好物なのも。

 好物を目の前にして、意地汚いあのおっさんが、我慢など出来ないであろうことも、な。


「この手の話には、定番のオチだろ?」


 どちらが勝っても、負けた方が拗ねるのは目に見えてるし、少しはわだかまりも生まれちまうだろ?


 で。


 校長先生が遊びにきた瞬間、俺は、彼にスケープゴートになって頂くことにしたってわけだ。


 勝敗もうやむや。


 二人とも、校長先生をどうにかすることでストレス発散。


 おまけで、明日にでも、何か旨いもん見繕ってやりゃあ、フォローもばっちり。


 ん?校長先生?


 ハハハハハ。


 南無。


 き、今日はマジでやばかった…!


 明日もやべえなあ。


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