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居酒屋用務員室

 酒は百薬の長。


 されど、過ぎたるは及ばざるが如し。


 毒にも薬にも。


 陰陽の思想を応用出来る事柄ってのは、どこにでも潜んでいるもんだよなあ。


 気まぐれに始めたあることが、最近、正直勘弁してくれという状況に陥ったりすることが増えてきた。


 全くもって迷惑な話なのだが、しがない用務員風情では、追い払うのも難しくてね。


 かくして。


 また今日もこの部屋で、なんだかへんてこな日常のひとこまが綴られたりするのである。


 甚だ不本意ながら。





 給料日のある週。


 その終わりの、金曜の夜に、我が用務員室で恒例になってしまったことがある。


 俺が、なんちゃって料理担当。

 養護教諭の大山寺さんが、なんちゃってバーテンダー担当。

 最近ではここに、ぽよ丸が、なんちゃって給仕担当として加わった。


 和室四畳半なので、一晩に一組、四名だけの御客様をもてなす。

 誰が呼んだか、“居酒屋用務員室”。


 今晩が、その開店日である。





「ちわー」


「どもー」


「お邪魔します」


「失礼致します」


 最初のうちは、気心の知れた職員達と、単に飲み会を開いていただけだったのだが。


 大山寺さんが、バーテンダーの真似事を始めた辺りから、ちょっと主旨が怪しくなり始めて。


 なんだか知らないが、いつの間にか、毎月、その飲み会に参加する競争率が激化していく一方だったらしく。


 特に、女性職員が参加を熱望するようになり、そのあまりの剣幕に、男性職員が引き下がって、参加を辞退し始め。


 で。


 女性職員間で、毎月、四名の枠を巡って、厳正な抽選を行い、当選者が来店するという形に落ち着いたんだとか。

 不慮の事態で来れなくなった場合の予備枠まで抽選してるってんだから、いやはやなんとも。


 大山寺さん曰く、


「極上の料理に、旨い酒。それが、そこらの店の半値以下のお手頃価格で楽しめるんだぞ?しかもだ、一般人と同じような醜態を晒しても、何故だか世間様からは、一段厳しく非難される職業ってのがあるだろ?政治家だの、芸能人だの、な。教師ってのも、その類ではあるからな。何の気兼ねもなく、おおいに酔っぱらって、どれほど醜態を晒そうが、ここなら、それが表沙汰になるこたあ無い。俺もお前もぽよ丸も、んなこといちいち言いふらしたりしねえだろ?その気安さも、人気の秘訣みたいだな」


 …だとか。


 うーむ。


 そんなものなのかねえ。


 納得できるような、できないような。


 ちなみに、お代は、原材料費プラス若干の手間賃で頂戴しておりますです、はい。

 最近では、姫用の高級食材から、ちょっぴり流用させてもらったりもしているので、お値段据え置きで、

秘かに料理のグレードが上がっていたりもする。

 あ、これ、姫には内緒な。


 さて、本日の御客様は。


 体育担当女教師。

 ショートカットとスポーティーな装いで、ボーイッシュな雰囲気を纏いつつも、学生時代、水泳でインターハイまでいったとかいうわりに、部分的にやたらと水の抵抗が激しそうなボディを誇る、健康的な美女、愛加辺先生。


 次に、古文担当女教師。

 ぽやぽやした言動で、普段から周囲を煙に巻くという、ふんわりとしたベージュのワンピースとゆるふわロングヘアが、その雰囲気を助長する、おっとり天然系美女、桜島先生。


 警備チームの紅一点。

 予備役女性自衛官であり、警備の厚ぼったい制服で隠れているものの、引き締まった野性味を感じる体つきに軽やかなセミロングヘア。

 爽やかな笑顔が眩しい美女、桂木さん。


 殿に。

 いまや、どう考えても体育担当教師にしか見えない外見なのに、実は世界史担当女教師。

 アーミールックに身を包み、ポニーテールに結わえたヘアスタイルも凛々しい、こちらも引き締まった、しかしメリハリの効いたボディの、時にハート○ン化する美女、お馴染み羽原木先生。


 以上の四名である。


「しっかし、うちの学校の女性陣は、何気にグレード高えよなあ」


「それは、同感ですね」


 はてさて、今晩はどうなりますことやら。





 お通しに、空豆の塩ゆで、高菜の古漬けの炒めもの、ごぼうチップス。


 トマトとスライスたまねぎのマリネサラダに温野菜サラダ、シーザーサラダをお好みで。


 さつま地鶏の焼鳥をメインに。


 さて。


 ぼんぼちの脂の滴り具合に魅せられて、大山寺さんと二人で、ちょいと摘まみ喰いしてた辺りで、さ、荒れてきましたよ?





「どーでもいい用事で話しかけてきてさあ~、胸元除きこんでくるわけよ~、あれで気付かれてないとか、本気で思ってんのかなあ?ば~ればれだっつの!エロ親父共があ!」


「ふぅふふぅ。女が、どれだけぇ、男の視線に敏感なのかぁ、て~んでわかってないんですよねぇ?ばぁ~かばぁ~っかり~!」


「そーなんすよねー!あ、でも、僕は紳士なので、女性を変な目で見たりはしません!みたいな、クールを装ってるおバカさんもキモくないすか?」


「キモい!それもキモい!」


「興味ないわけないのにねぇ~?無理して格好つけちゃうの」


「「「ひゃはははははははは!」」」


「………」


 ほう。


 本日の討論のテーマは、男の視線について、でありますか。


 なかなか身につまされるお話ですなあ。


 うむ。


「なあ」


「………」


「なあ、おい、用務員」


「………なんですか?大山寺さん」


「あいつらさ、なんで、脱いでんだ?」


「………俺に聞かれましても」


 あーあーあー。


 なんでそれ聞いちゃうかなあ、大山寺さん。


 そこに触れないように、活字に載せないように、話を進めようとしてたってのに。


 俺の思惑、台無しじゃないですか。


 ちなみに、彼女らに背を向けている俺達からは、察することしか出来ないのだが。

 きっとぽよ丸は、主に規制的な云々に配慮して、孤軍奮闘中だろう。


 連中がヤバイところを御開帳しそうになる度に、身体をうにょんうにょん伸ばして、必死にブロックしているに違いない。


 頑張れ、ぽよ丸。


「見たきゃ見せてやるっつ~の~!ほれ!ほれえ!」


「にゃははは!い~ぞぉ~!倫ちゃん、かぁっこいい~!」


「あっしも負けないっすよー!は!ほ!」


「………」


 動きがアグレッシブになってる気配が。


 負けるな、ぽよ丸。


「あれをあのままにした場合、どうなると思う?」


「まあ、明日の朝は阿鼻叫喚の地獄絵図でしょうねえ。今晩は保健室のベッド借りますよ?」


「ああ。好きにしろ。鍵は明日返してくれ」


 大山寺さんから、保健室の鍵を受け取っておく。


「羽原木先生が大丈夫そうなんで、今のうちに、後のこと頼んどきますよ」


「ああ」


 他の三人がはっちゃけてる中で、羽原木先生だけは、男前な正座のまま、一定のペースで飲み喰いを続けている。

 なので、あの三人の面倒を託しておこうというわけだ。


 とんでもないことになっているであろう三人を、極力視界に入れないよう注意をはらいながら、羽原木先生の元へ。

 目の端に、ストリップダンサーばりの艶かしい動きっぽいものが映ろうが、目の前を淡い色彩の下着っぽいものが通過しようが、気にしない、気にしない、無心であれ、俺。


「羽原木先生」


 ほんのり桜色に頬を染めている羽原木先生が、酔いのためか、少し潤んだ瞳を、俺に合わせる。


「あのですね…」


「ふっ。流石は御目が高い」


「………は?」


「あの三人には目もくれず、真っ直ぐに私の元に参られるとは。いいでしょう、その心意気に報いようではありませんか」


「え?は?」


 すっくと立ち上がった、羽原木先生が、アーミージャケットを脱ぎ捨て、って待て待て待てえ!


「ふふふ。用務員殿のため、文字通り、一肌脱ごうではありませんか。教官仕込みの技をとくと御覧あれ」


 いやいやいやダメダメダメ!


 技ってなんだ!ジェーンの奴、何を教えたってんだ!?


 大丈夫そうに見えたのに、この人もしっかり酔ってたよ!


 うわー!うわー!パンツ下ろさないで!いやタンクトップもそのままそのまま!


 撤収!撤収!





「大山寺さん!逃げましょう!物理的に巻き込まれたら、色々と終わります!」


「…だな。酒をビンごと置いといて、後は勝手にやってもらおう」


 この部屋の厨房から、食堂の厨房に抜ける勝手口に大山寺さんを誘い、口笛を短く吹く。

 ぽよ丸と予め決めておいた、撤収の合図だ。


 ぴょいんぴょいんと、跳びはねながらこちらにやってきたぽよ丸を抱きとめると、俺も、この狂乱の宴の場から、さっさと逃げ出した。


 書きためとか、俺には無理でした!

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