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なんでもやらされる

 用務員てのは、まあ、いってみりゃ雑用係だ。


 学校によって扱いは様々に異なるとおもうけど。


 ここの場合、ルーチンワークの時間以外は、基本的に待機で、頼まれごとなんかがあると、それをこなす、そんな感じ。


 で、あいかわらず。


 ここで働いている連中、ここに通ってる 連中、その中でも変わり種と有名な奴ら が、何故だかこの四畳半の用務員室に寄っ て集って居座り、愚駄るのだ。


 全くもって迷惑な話なのだが、しがない 用務員風情では、追い払うのも難しくてね。


 かくして。


 また今日もこの部屋で、なんだかへんてこな日常のひとこまが綴られたりするので ある。


 甚だ不本意ながら。





「よーむいんさーん!」


 どがっと。


 引き戸の枠が軋むほどの豪快な勢いで、入口が開けられた。


 にぱっと笑いながら、小学生と見まごう小柄な女の子がとてとてと入ってくる。


「なんだ、ぽちじゃないか。どうした、もう下校時間だろ」


「転校生の娘がねー、うちの食堂のごはんとか甘味が口に合わないっていうんだよー」


「九条様?このような場所で、私の舌を満足させる品が?とても信じられませんが」


 ぽちの後ろから、きらっきらのドレスを身にまとった、どこぞのお姫様のような美少女が入ってくる。


 なんなんだその高そうなドレス。

 制服はどうしたんだ。


 まあ、俺の頭の上に乗ってぷるぷるしているぽよ丸なんざ、いってみりゃ全裸だし、いいけどな、別に。


「その流れで、なんで用務員室に来るんだ、お前は」


「え?だって、この近辺でおすすめのお店、全制覇したけど、だめだったんだー。だから」


「なにが、だから、なんだ。まるで繋がってないだろ」


「いやー、ワンチャンスあるかなって?」


「ねえよ」


「………」


「………」


「………」


「…はあ。まあいい、上がれ」


「おじゃましまーす!」





「すぐに出せるのは作りおきのティラミスか。後は、待てるなら、ザッハトルテも出せるぞ」


「んー、ならば!両方で!」


 親指突っ立てた右手を突き出す小娘が、なんとも小憎らしい。


「ほいほい、ちょっとまってろ」


「あの、九条様?」


「なんだいセナちゃん?」


「用務員とは、雑用をこなす下働きのようなものと、伺っているのですが」


「そだよ?」


「その詰め所に、何故ティラミスの作りおきなどあるのですか?しかも、今からザッハトルテまでお作りになると?」


「知らないよー。でも、小腹すいたときに遊びに来るとさ、なんかあるんだよね、必ず」


「………」


「いやー、しかもぜーんぶおいしんだよねー、これが。あたしの秘密スポットなのですよ」


「は、はあ」


「はいよ、おまたせ。まず、ティラミスな。紅茶、今淹れてっから」


「わーい」


「………」


「んー!おいっしー!」


「………お、おいしい!」


「お?お?合格?ねえ合格?」


「はい!とってもおいしゅうございます!」


「やた!」


 なんだか知らないが、俺の作ったティラミスは、お姫様から合格点を頂いてしまったらしい。


 何故だろう。


 ザッハトルテもたいそうお気に召したらしく、おかわりまで所望された。

 おかわりOKと知るや、慌ててぽちまでおかわりしてるし。


 ぽよ丸、おまえもか。


「…ほう。堪能いたしましたわ」


 紅茶を優雅に喫するその姿は、なかなかに絵になる光景なのだが、いかんせん、背景が四畳半の和室故に、いろいろと台無しである。


「用務員様、ひとつ、お願いがあるのですが」


 お姫様のお願いか。


 嫌な予感しかしないなあ。





 ずぞぞっ。


 ずずずずるるっ。


 ずぞぞーっ。


 四畳半に麺をすする音が響き渡る。


 あれから、お姫様は何故か昼飯やおやつを、ほぼ毎日ここに食べに来る。


 ちなみに本日の昼餐のめにうは、自家製トンコツ醤油らーめんに、半チャー&餃子のセット。


 音をたてて麺をすすることに難色を示したお姫様だったが、ぽちから、


「これぞ!らーめん様をもっともおいしく頂く作法!」


 などと言われて、それならばと試し、


「納得しましたわ!」


 てなわけで、玉のように浮き出た汗を、シルクのハンカチーフで拭いつつ、誰よりも豪快にすすり喰っていらっしゃる。


「んむ?」


 ちゅるん。


 俺が見つめていることに気付くや、お姫様はちょっぴり頬を染めて、半眼で睨んでくる。


「食事中の淑女の顔を凝視なさるのは、如何なものかと思いましてよ?用務員様?」


「はっはっは、そいつは悪かった。いや、本当に毎日来るからさ、本気なんだなーって」


「支度金は手間賃込みで十分にお支払いするよう申し付けておきましたが…少なかったでしょうか?ならば…」


「いやいやいや!そういうことじゃないから!」


 実際、どん引きするほどの金額が書き込まれた小切手を、いかにも執事です!って人から貰った時はどうしようかと思ったよ。


「では、他に何か?」


「…いや、なんでもないよ」


 飯は一人でゆっくり喰うのが、俺の主義なんだけど、まあいいか、お姫様もその内飽きるだろ。


「ところで、ぽち」


「んも?」


 ずるり。


「なんでお前までいるんだよ」


「えーいいじゃないかー。ご飯はみんなで食べた方がおいしいよ?それにぽよ丸君だっているしー」


「ぽよ丸は俺の親友だ」


「あたしと用務員さんの、火サスのごとくただれた仲じゃないかー」


「どんな仲だ。世間様は幼女的な方面には冷酷に対処してくるんだぞ?誤解を招くような危ない発言は控えてもらおう!」


「ようじょいうなー」


「まあまあ、よいではありませんか。私も九条様が一緒にいてくださって楽しいですし」


「…仕方ねえなあ」


「やた!って、やばやば!麺が延びちゃうよ!それは許されぬらーめん様に対する暴挙!」


「それはいけません!」


 ずぞっ。


 ずるずぞぞっ。


 ずずずーっ。


「………」


 いやはやまったく。


 なんなんだかなあ、これは。

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