意外と侮れない
夏休みに毎日やってスタンプを貰ったりとか、今もあるのかね?
会社で朝、やったりとかさ。
俺は毎朝やってますよ。
かくして。
また今日もこの部屋で、なんだかへんて こな日常のひとこまが綴られたりするので ある。
★
「うはははは!なにそれ!毎朝とか!」
「………」
「………」
「しょーがくせーかよー!おっかしー!」
「………」
「………あの?九条様?」
「なんだい?セナちゃん」
「私も毎朝やってますわよ?」
「え?」
「………」
「………」
「………」
何の話かと申しますと。
皆様、一度はやったことがあるのではなかろうか。
国民的体操、
ザ・ラジオ体操様を。
しかし、姫も毎朝やってんのか。
「ラジオ体操は大変に優れた運動ですわよ?適度に、満遍なく、普段動かさない箇所もフォローして下さってますし。毎朝行うことで、一日快適に過ごせますわ」
「えー?あんなのめんどくさいだけじゃん。カッコ悪いしー」
ぬかしやがったな、この女郎が。
「ぽち、お前帰宅部だったよな?」
「ん?そだよ?」
「プライベートで何かスポーツは?」
「なんにもー。しんどいしー」
「………そうか」
部屋の隅に置いてあったノートパソコンを起動し、俺がいつも使用している動画ファイルをスタンバイ。
「ぽち、勝負だ。お前がラジオ体操を第二まで、問題なく完遂出来たならば、今日のおやつは前に食べてもらったアイスペールパフェを越えるスペシャルパフェを食べさせてやろう」
「!?」
「!?」
「ちなみに、出来なかった場合、スペシャルパフェは同志である姫に進呈する。そしてお前には、小鉢にアイスのみ。………どうだ、受けるか?」
ゆらりと。
ぽちが、立ち上がる。
「ふ、くふはははははははは!ちまよったかよーむいんめ!すぺしあるぱふぇはいただきだぜー!ふーははあ!」
両手を腰にあて、裾がめくれてへそが見える程に仰け反りつつ、高らかに哄笑するぽち。
「………くっくっく、馬鹿めが」
「………笑止。パフェは頂きですわねえ」
それを見ている俺と姫には、暗い笑みが浮かんでいた。
ぽよ丸が、「はわわー」てな感じで、おろおろ身体を揺すっている。
★
「何故、私が判定役なのでしょうか?」
羽原木先生が、呆れたような、困ったような顔で、それでも付き合ってくれている。
「俺や姫では、公正なジャッジとは言えませんから。羽原木先生なら、肉体・運動的な判定においては、そこらの体育教師なんぞよりよほど信頼できますし」
「はあ、まあ構いませんが」
やる気まんまんのぽちに、よく見えるようにノートパソコンをセッティングしてやる。
「じゃ、始めるぞ?ぽち」
「いつでもこいやー!ぱふぇぱふぇー!」
動画を再生ぽちっとな。
お馴染みのメロディが流れ、画面上では、三人の女性がリズムを取っている。
『手を、前から上げて、大きく背伸びの運動から、はい、いち、に』
「ふふーん」
画面の女性の動きに合わせて、軽やかに身体を動かしているぽち。
ま、序盤は問題ないだろうよ。
『前後に曲げる運動です』
「ぬっぐ」
俺としてはこの時点でダウトなんだがな。
ぽちの奴、軽く開脚しての前屈なのに、部屋の畳に手が届いてねえし。
『両足跳びの運動です』
「ふひっ、ふひっ」
マジか。
もうばててきてんじゃねえか。
第一最後の深呼吸の下りで、ぽちの額には、珠のような汗がぽつぽつ浮かんいる。
さて。
独特のメロディを合図に、第二の開始だ。
『両足跳びの運動です』
「ひ、ふ、ひ、ふ」
明らかに、ぽちの動きから精彩が欠けている。
『前から下に、振り下ろして、振り上げて、大きく後ろに反ります』
「うにゅー、ふぬー」
なんとなく動きは真似てるが、上体の倒しが甘すぎるし、ほとんど反らしてない。
『片足跳びの運動です。腿を、高く引き上げて』
「ひ、ふ、ひ、ほわあ!?」
あ、こけた。
動画はまだ続いているのだが、ぽちは立ち上がろうとしない。
大きく肩で息をしている。
「ぜ、ふ、ば、馬鹿なあ」
がくりと。
絶望の表情で、深くうなだれ、崩れ落ちるぽちだったとさ。
★
「さ、羽原木先生もどうぞ」
「私も頂いてよろしいのですか?」
「依頼に対しての報酬ですよ。遠慮なくどうぞ」
「は。恐縮です」
どでんと。
ピッチャーにぎっちりと何層にもバニラアイスと三種のベリーソースとシリアルを重ねた上に、季節のフルーツをどかどか盛って、更に生クリームをもっさり高々とデコレートし、おまけで堅焼きのワッフルコーンと花火付きの特製パフェを召し上がれ。
相変わらず淡々とした態度を装っているものの、うきうき感を隠せていない羽原木先生。
姫とぽよ丸は既に、怒濤の勢いで喰いまくりである。
「ううー、ううー、ううー」
てちてちと、ちびちび舐めるようにアイスを食べているぽちが、目に涙を浮かべながら、それを恨めしそうに睨んでいる。
「ある程度予想はしていたんだがな、それよりひどかったなあ、お前」
ぽちのえせ幼児体型は、ぱっと見はぷにぷにして愛らしいのだが、筋肉が無さすぎる。
普段の動きからも、身体の固さを察することが出来るため、ちょっと先が心配だったのだ。
それでも、ぽちの年齢ならば、ここまでの体たらくは晒さないはずなんだがなあ。
「九条様は、体育の授業でも上手に手を抜いておられますものね」
苦笑いしながら、姫が追い討ちをかける。
なるほど、そんなところまでサボってんのか。
そいつぁ、むべなるかな、むべなるかな。
「九条。冗談抜きで、たかだか六分ちょっとの運動、しかも必要十分とは言えない動きで、あれほどに疲労していてはな、あまり良い状態とは思えないぞ?」
羽原木先生も苦言を呈す。
「うー、でもー」
ま、無理強いはすまい。
ぽちの身体のことだ。
ぽちが決めればいい。
「とりあえず、ラジオ体操は、意外と馬鹿にできねえ代物だとわかったか?」
頬を膨らまし、ぷいとそっぽを向きつつ、それでもぽちはこくりと頷いた。
暫く、まともな運動から遠ざかっているのなら、一度試してみるといいかもしれないぞ。
自分の肉体の衰えと、学生時代にうんざりしながら嫌々やっていたあの奇っ怪な動きの体操の偉大さが、わかったりするかもしれないし。
わからないかもしれないけどねー。
ちなみに筆者は、久しぶりにやってみて愕然とした口ですよー。




