用務員のお仕事
改めて言っておくが、俺は用務員である。
うん。
君の疑問もよくわかるよ。
そうだよね。
いままでがいままでだったしね。
でも、俺は用務員なんだよ。
多分、きっと。
かくして。
本来こうあるべき日常のひとこまが綴られたりするのである。
たまには。
★
「よ、吉岡先生。今、なんと?」
「へ?いやだから、教室棟の蛍光灯が切れてるんで、交換して頂きたいと…」
俺の両目から、熱い涙がだばだばと溢れ出る。
「え?え?な、なんで泣くんですかあ!?」
★
「あはははははは!なるほどなるほど!納得ですよ!」
「いやはやお恥ずかしい」
「そうですよねえ、この学校、色々とおかしいですもんね」
「まったくです」
現国担当の吉岡先生は、この学校でとても貴重な、“まともな”先生の一人である。
「羽原木先生まであんなことになっちゃいましたしね。彼女は大丈夫だと思ってたんですが…残念です」
「………まったくです」
うう。
あれについては俺にも責任が。
「それなら、蛍光灯の他にも気になるところが幾つかありますので、ついでにお願いしてもよろしいですかね?」
おお?マジですか!
「やりますやります!やらせてください!」
「なんか、必死ですね」
吉岡先生の苦笑いも気にならないぜ!
ビバ!普通!
★
「ありゃ、蛍光灯だけじゃねえな、グローランプも換えとこう」
脚立の上で、鼻唄混じりにお仕事中であります。
「あれ?よーむいんさんじゃん、なにしてんの、それ」
「ぽちか。何って、見ての通り蛍光灯の交換だが」
「………なんで?」
ぽちの頭が四十五度ほど傾く。
「なんでお前は不思議そうな顔をしてんだ。こういうのが、本来の俺の仕事だ」
「………え?」
ぽちの頭が九十度近く傾く。
大丈夫か?首。
ぽちの頭周辺にクエスチョンマークがぽこぽこと浮かんでいる。
とうとうこいつまで妙な魔法を修得しやがったか。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
ぽちは首の角度をそのままに、大量のクエスチョンマークを引き連れて、とてとて歩き去ってしまった。
「………」
なんだってんだよ。
★
えっと次は。
理解準備室の入口扉の立て付けが悪い、と。
「あら?用務員様、どうなされたのですか?このようなところで」
「んあ?おお、姫か。ちょっとこれから扉の修理をな」
「………何故ですか?」
「え?そりゃ、仕事で」
「………は?何故用務員様がそのようなことを?」
おい。
姫まで何言ってんだ。
「なにゆえもくそも、用務員だから、俺」
こてん、と。
姫はいきなり九十度近くまで頭を傾けた。
だから、首、負担、な?
「………」
「………」
「………」
「………」
姫、お前もか。
頭周辺にクエスチョンマークを出現させ、しかも、規則正しく並んだクエスチョンマーク達が、くるくるくるくる回っている。
姫もそのまま、口元に手をあてがい、しずしずと歩み去っていく。
「………」
だから。
なんだってんだよ、お前ら。
★
さ、次だ。
特種教室棟の廊下のコンセントカバーが数ヶ所割れてしまっている、と。
おいおい、危ねえなあ。
新しいカバーを見繕い、用心のために、工具やらも持っていく。
「あっちゃー、配線が」
他はカバーを換えるだけで済んだが、一ヶ所だけ、配線が断線してしまっている。
ショートするのが怖いので、絶縁テープだけ巻かせてもらおう。
後は電気屋さんにお願いしなきゃな。
「おや、用務員さん、何してるんですか?廊下で座り込んじゃって」
「………」
今度は校長先生かよ。
「コンセントカバーが割れまくってたから、補修してたんですが、何か?」
「コンセントの補修?はっはっは!そんなこと、君がやらなくてもいいだろうに」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「儂、なんかへんなこと言ったかな?」
あのなあ。
「校長先生、俺の職業、何でしたっけ?」
「はっはっは!何を言っておるのかね、君は。用務員に決まってるだろう。ボケるにはまだ早いんじゃないかな?ん?」
「ですよねえ。で、この学校、俺以外に用務員いましたっけ?」
「君一人だよ?今更何を」
「じゃあ、俺がこういう仕事をしなかったら、誰がやるんですか?」
「そりゃ君、そんなものは用務………あ、あれ?」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………もういいです。邪魔なんで消えてもらえます?」
「ちょっと君ね、常々思っておったが 、儂に対してもっと敬意をだね」
「ああ?」
「………あ、儂、用事があるんだった。し、失礼するよ。は、ははは」
ったく。
★
植え込みの、飛び出しすぎている箇所を剪定していたら、巡回中らしい羽原木先生と配下の女子生徒達が、凄まじい勢いで走り寄ってきましたよ。
「何をなさっているのですか用務員殿!そのような雑事、私の隊の者にでもやらせましょう。おい貴様ら!何をぐずぐずしている!」
「「「「「サー!イエッ!サー!」」」」」
「………」
羽原木先生………貴女まで。
なんなんだよ、みんなして。
★
昼時。
手打ちのうどんを、釜上げで、湯をたっぷりと張ったたらいに泳がせ、お好みの食べ方でどうぞ、と。
「………」
頭九十度で、クエスチョンマークがぴょこぴょこ跳ねているぽちが、釜玉うどんを唸りながらすすっている。
「………」
同じく頭九十度で、クエスチョンマークがくるくる回っている姫は、茗荷と大葉を薬味にしてうどんをすすっている。
器用だな、二人とも。
「………」
「………」
「………」
「なんだよ、二人とも。言いたいことがあるなら言えよ」
ぐりんと。
クエスチョンマークを散らして、二人が頭を元の位置に戻す。
ちょっとだけホラー風味だ。
「だってさ、つまんないもん」
「あ?」
「用務員様が、普通に用務員の業務をこなしている。それを、一体誰が喜ぶのですか?色々な意味で」
「ぬぐ!?」
頭上のぽよ丸が、まるで俺を責めるように高速でてしてし。
「用務員が用務員の仕事してちゃいけないのか」
「そだね」
「ええ。貴方様の場合は」
「………」
ひでえ話もあったもんだ。
俺にどうしろと。
毎日投稿なんぞしてたもので、妙な強迫観念に囚われております。
ぶっちゃけてしまえば、今話は、ネタをひり出すための時間稼ぎ回でございます。




