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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界へ行くまでの話

 氏本軋うじもときしることおれは将来に対するはっきりとした不安から何もかもから逃げ出したくなった。はっきりとした不安からなんて、まるで周りに原因があるみたいだがすべておれの責任だった。両親の離婚だとか、弟の病気がだとか、そんなのは言い訳にもならないことだ。授業はさぼりがち、レポートは出さない、試験前も勉強しない。そんなおれの留年が決定するのは、ごく自然な流れだった。

 真面目系クズという言葉があるそうだが、おれもそれなんじゃないかと思ったことがあったが、実はそんなことがなく、ただのクズだった。

だからおれは家出した。

 

 ある日の長期期間中、高校の進路相談の人からお叱りを受ける予定だったのだが、時間帯を間違えてしまい、それがまた別の日となった日。おれは親から叱られるのを恐れて家出をした。


「おれは親から叱られるのを恐れて家出をした」

 

 ことを口に出して反芻してみた。情けない。涙が出そうだ。

 

 高校から帰る途中おれは、本来降りるべき場所でない場所で降り、携帯の電源を切り、電車を乗り換えた。

 何をしているんだ。まだ間に合う。いいから帰れ。

 心の中で自棄になったおれを止めようとする声がずっと響いていた。

 だがそのおれはその声を振り払った。おれはこの時を楽しみにしてたようにも思える。家出を計画したことはなかった。しかし留年が決定してからずっとおれは家出を妄想していた。

 しかしおれが家出なんてできるはずがない。生活ができない、そうずっと思っていた。

 だがそれは奇しくも『後先考えない』という手段をとることによって実行に移してしまった。

 実を言うとおれは死ぬことを考えていた。無論今になって思えばおれに死ぬ度胸なんてないなんてわかりきったことだった。しかし死を終着点とすればどこへでもいけるんじゃないか。当時の浅はかなおれはそう考えていた。

 おれは昔行ったことのある、俺が住んでいる隣の県のある駅で降りることにした。そして俺は徒歩でひたすら西へ、そして南へ進んだ。

何故徒歩なのか?理由は二つある。まずひとつはおれは登山部に入っていた。なので歩くということに神聖視をしていたのだが、根は面倒くさがりなので、さぼりがちで山から疎外となっていたため、せめてもの懺悔として最後(?)にひたすら歩こうという気持ちがおれにはあった。そしてふたつめ、そのころきっと両親は心配しているだろう。その間のうのうとしていたのでは、いくらなんでも申し訳なかったためだ。だからせめて歩いて苦しい思いをしようという、少々頓珍漢な懺悔方法を実行したのだった。

 

 おれは観光地や住宅地を抜け、駅から駅へ歩いた。偶に線路に近づき、偶にはぐれ、ひたすら西へ。人の歩行というのは以外と速いものだと思う。今思い出しても初日だけでもさまざまな風景が思い浮かぶ。近くに水族館があると薄暗い地図で見たこと。歩道橋の下にあった椅子で休憩したこと。駅の中を通ったこと。海の見える道を通ったこと。その日の夕食はLチキだけですましたこと。

 その間おれの頭の中では、本当にやってしまったという思いや、それとは反対方向のすがすがしさが頭の中をめぐっていた。それでも後先だけは考えずに、西へ、そして南へ、歩き、進んだ。


 おれはある大きな橋の下にたどり着いた。それはかつて家族で旅行へ行った時に通った橋だった。体力にかなりの限界を感じながら、その橋に見下ろされ、広場の東屋に座り、ホテルの光の中の幸せそうな人々を想像し、おれは初日目にして、携帯の電源を付けてしまった。

 

 そこには当然のように家族からの心配のメールや、着信履歴が山のように会った。おれは生きていて、事件に巻き込まれたわけではないことをメールした。だが今更帰れなかった。おれはその心配のメールに力をもらい再び歩き始めた。勝手な話だ。


 初日はどこまで行くつもりだったか、と聞かれれば考えていなかったと答えざるをえなかった。倒れるまで歩こうという気持ちがあったのだが、これはきっとそれぐらい歩けば、もし帰ることになってもきっと家出の罪も有耶無耶になるだろうというクズ的打算があったからだ。そして留年したのはきっと精神的な病気があって、自分はわるくない、そう思ってもらいたかったのだろう。

 漫画喫茶という手段を思いついたのは歩き始めて初日の半ばごろだったのだが、何分無計画な家出のため、場所などわかるはずもなく、それを見つけたのは歩き始めて9時間の時だった。


 かつて旅行で来たことのある駅あったし、数時間ぶりの都市であったために少し涙が溢れそうになった。幸い駅からそう遠くない場所にインターネットカフェはあった。おれと同時に自転車旅行で来たであろう人とほぼ同時に入店し、少し親近感を覚えたが、さすがにそれは失礼であると、その感覚を引込めた。あまりの疲労にため会員登録用紙を書く手が震え、何枚も書き直した。

 

 初めてのインターネットカフェだった。6時間のパックを買ったのだが、そのうち三時間は漫画を読むことと、シャワーに使った。疲労というものは溜まり過ぎると逆に眠れなくなるものである。伸ばせない脚も手伝ってかほとんど睡眠はとれなかった。

 やっとの思いの休息だったために、刻一刻と近づいてくる終わりの時間が本気で嫌だった。


 そんなこんなでおれは一週間近くかけて西南に向かった。時には足が限界に近づきバスを使ったりもした。一日中ネットカフェでゴロゴロしていた日もあったし、寒さに凍えながら野宿をした日もあった。

 先にいい所にネットカフェが無かったために、電車で一旦昨日泊まった場所に戻り、次の日にまたその場所に戻り歩き始めるという馬鹿な方法を取ったこともあった。

そんなある日のことだ。おれはバス停の椅子に腰かけていた。別にバスに乗ろうと思ったわけではない。足を痛めたので、近くにあった椅子に腰かけたのだった。


「あれ、もしかして軋?」


 突然に自分の名前を呼ばれ、おれの心臓は飛び跳ねた。

「えっと」なんていいながら、おれは声のしたほうに顔を向けた。家出中に知り合いに会うなんて最悪だ。

 そこには20代後半ぐらいの女性がいた。170センチメートルあるおれより背が高く、旅行用の鞄を背負っている。短めのポニーテールをしていて、顔だちは彫が深く整っていた。知らない顔だった。いや、どかで見たような……。


「おひさしぶりです」とおれは必死で思い出しながらいう「えっとたしか」

「久しぶり。ほら、八木原やん。覚えてない?」


 八木原。はぎはら。おれは頭の中でその苗字の人物の顔を引っ張り出す。


「八木原……。確か中学生のころ同じクラスにそんな苗字の子がいましたが。ああ、お姉さんですか」


 目の前の人物に覚えはないが、確かに八木原とそっくりだ。彼女ににと背筋肉と彫を足したような姿をしている。

 八木原朱美はおれとは所謂幼馴染だった。とはいっても小学校の高学年ぐらいにはもう話すことも少なくなり、次第に疎遠となっていった。

 ある日朱美は行方不明となった。中学校を卒業した後、その後の進展を知らない。


「ちゃうんや」彼女は手を振りながら答える「本人やって」

「はぁ?」

「私が八木原朱美本人」


 おれは考える。もし未だに朱美が行方不明だとしたら子の冗談は聊か不謹慎すぎる。つまり彼女は無事に帰ってきたということだろうか。

 しかしコミュニケーションの苦手な俺は冗談に対して気の利いた返しはできない。精々冗談に乗るぐらいだ。


「ほうですか。いつ帰ってきはったんです?」

「去年の今頃ぐらいかなぁ。ちょっと異世界いっててな」

「そないちょっとフランスいっててな、みないに気軽にいわはりましても……」

「あっちの世界とこっちでは時間の流れが違うさかい、戸籍を偽装するのに苦労したわ」

「ははは……」


 どうしようか。面白くない冗談に付き合うってこんなに苦痛だとは思わなかった。


「軋はなんでこんなとこにおんの?」

「ちょっと旅行中でして…」

「ふうん、一人で?」

「ええまあ」

「青春やねえ」


青春。彼女の言葉におれは首を傾げる。

 おれが今やってることは数年後には自分でもただの青春だったと片付けられるのだろうか。

 家出は褒められるべきことではない。両親にも心配をかけて、おれ自身は悪いことをしているという自覚はあった。一応犯罪ではないことだけど、バイトも無断欠席したし、多くの人に迷惑をかけているだろう。

 それでも数年後には、窓ガラス割って回るとか、バイクを盗んで走るとか、そんな感じで青春だ、って片付けるのだろうか。

 そんな数年後の自分は今から見ると何だか憎たらしいくて、だからといって、今から家に帰ろうとかはは微塵も思わなくて、そんな今の自分が憎たらしくて、段々思考実験もどきの堂々巡りな考えが頭をめぐるけど自分でも何を考えているのかわからなくなる。

 なんだか考えていると結論が出そうなきがするが、そんなことはなく、そもそもただの家出なので、自転車で日本一周とかに比べると本当に大したことじゃないことだ。そんなものに自身の精神性の答えを見つけようなんて土台無理な話で、でも昔流行った自分探しとかいって旅に出ちゃうのは結構共感できることなのかなとも思ったりもした。

 

「大丈夫、汗凄いよ?」


 その言葉のおれは現実に引き戻される。 

 どうやらおれは八木原さんの言葉も聞かづ、考え事をしてたみたいだ。いつのまにか強く握っていた手が痛い。


「いやすいません。考え事をしてまして」

「ふうん、でも凄い汗やったで。病院いったほうがええんちゃう?」

「いや、本当に大丈夫ですよ」

「ほんまかいな」

「ところで八木沢さんはどこにいかはるんです?」

「まあ家やけど。あと、そんな他人行儀に敬語使わんでええねんで、歳は追い越しちゃったけど、生まれた年は一緒なんやから」

「まだそれ続けるんですか……」

「なんや信じてなかったんかい。あーそろそろバスも来るやろうし、どないしよか…」


 そういって彼女は鞄の中を探り出した。そして何かお札のようなものを取り出した。


「なんです、それ?」

「見た所足痛めてるようやし、これ貼とくとええよ」

「湿布かなんかですか」

「ちゃうよ。向こうの世界で魔女の婆さんに作ってもらった格式高いお札や。天使の脊髄溶かして作ったとか、あん婆さんえらい大そうなこといっとたけど、まあ効果は折り紙付きやさかい」

「はぁ……ありがとうございます」


 おれはどう反応した物か、と困ったが、取りあえずお礼はいっておくことにした。

 しかしどうも彼女の顔は真剣だった。となると何か信仰宗教に嵌ったということで、昔の知り合いの家族がそういったものに嵌るのは悲しくもあった。よい信仰宗教もあるのかもしれないが、彼女のはとてもそうは思えない。それとも朱美がいなくなった悲しみを埋めるために自分自身が彼女であると思い込んでいるのかもしれない。だがおれが何かいっても御節介だろう。


「あと、それから合言葉決めてみて」

「何ですかそれ」

「実は異世界帰りの力活かしてヒーロー活動のようなことしててな。女だしヒロイン?まあ何でもええわ。顔隠してやってんにゃけど。たぶん何時かニュースに映るやろうし、その時合言葉をどっかに残したら信じてくれるやろ?」

「いや、そないなこといわれましても…。じゃあ『ボンテージ』で」

「セクハラかいな!」

「え、いや適当にいったんですけど。セーフじゃないですか?」

「アウトやアウト。私がOLで君が上司なら間違いなく訴訟ものや」

「じゃあ『消しゴム』でいいですよ」

「それでええか……。じゃあもしニュースでそれらしいものがあったら、私が八木沢朱美本人やって信じてな」

「信じれたら信じますわ」


 とりあえず『行けたら行くわ(行かない)』の変形でごまかす。

 すると遠くからバスがやってくるのがわかった。バスが到着すると彼女は『約束やで~』といいながら乗り込んでいった。

 おれはバスが去ると溜息を吐いた。まあ彼女とはもう会うことはないだろう。そして折角もらった湿布……じゃなくてお札を張ることにした。

 実をいうと、おれは彼女の言葉を少し信じていた。いや、違う。信じたかったのだ。もし彼女のいったことが本当であるのなら、朱美は生きていて、おかしくなった姉もいなくて良いこと尽くしだ。それにどうもおれ自身空想が好きなこともあった。だがそんなことはありえないという気持ちのほうが多くある。いつだって現実は良い意味で裏切ってくれない。

 だから貼ったお札によって足の痛みが魔法のように消えた時も驚きよりも嬉しさが勝っていた。

 それでもおれは彼女が異世界から帰ってきたというのは信じきれない。ローファンタジーを信じることとハイファンタジーを信じることはまったくの別だと思う。

 あれ、異世界転移ものはハイファンタジーじゃなかったっけ?まあいい。

 それから毎回ネットカフェに入ったらやることはニュースサイトのチェックだった。


 家出の最中というものは、とても精神的に楽なことも結構あった。家のこととか、進路のこととか、バイトのこととかそんなことを全部忘れてただただ歩くだけでいい。

 目安としてはあと2週間はお金は持つだろうか。

 しかしそんな旅の最中おれはとんでもない失敗を犯した。 

 


「す、すいません財布を落としたみたいなんですが」


 おれは今交番にいる。その交番には誰もいなかった。電話が置いてあり用があるなら、それからかけてほしいと書いてあったので今受話器を手に握って話している。


「では、お名前と住所を教えてもらえますか」

 

 白い受話器の奥から聞こえるのは、年配の男性の声だった。

 財布を落としたのに気が付いたのはついさっきのことだ。そこからおれは先ほど寄ったコンビニまでの距離を、地面を見ながら戻った。歩いて一時間ほどの距離だ。コンビニの店員にも財布が落ちていなかったか聞いたが、答えはNoだった。


「えっと、氏本軋うじもときしるです…。××市…」とおれは震える声でいう。

「××市!ずいぶん遠くからきなはりましたんですね」

「ちょっと旅行中でして…」

「ホテルの住所なんかは?」

「ネットカフェを転々としています……」


 おれは家出中というのが恥ずかしくて嘘をついた。


「そうはいいましても、旅行中なら財布落としたとなるとずいぶんと困らはるんじゃないですか?」

「そうですね」

「今日は夜遅いけど、どないしなはるおつもりですか?」

「そうですね……」


 おれの曖昧な物言い電話の向こうの声が苛立ちを含んできているのがわかる。


「では、直ぐに向かうんで待っとってください。あと、電話番号を教えてください」


 おれは自宅の電話番号を答え、電話を切って、怖くなって交番を後にした。

 しかしこれで財布を拾った人がいて、ねこばばをされなかったら自宅に届くだろう。


「本当に申し訳ない」


 おれは心の中で顔もしらない警察官の人に謝った。そして冷たい夜風にあたりながら少しずつ精神がすり減っていくのがわかる。星の瞬きがおれを笑っているように思えた。そしてある考えが頭をよぎる。


「死のうかな……」


 財布を落としたから死ぬ。馬鹿な字面だ。しかしこの旅は終着点を死とすることで、いくらでも先へ行くという試みでもあった。つまり財布がなくなっては先へ行くことは限界がある。餓死や衰弱死もいいが、そのほかで死ぬこともあまり変わりはないだろう。

 昔おれは死ぬことが怖かった。今も変わりやしない。いつか来るその現実に枕をよく濡らした。だから恐れを抱かづに死ねるということはとても幸福なことにも思えた。一時期思春期の気の迷いで死など怖くないと思うこともあった。だが初戦は中学生の世迷言だ。精神の波によって死への恐れは移り変わる。

 だからこそ今なら死ねるかもしれないとおれは感じた。

 とりあえずその日は野宿をし、次の日おれは海に向かう。

 その日は雨が降っていた。当然おれは傘なんて気の利いたものなんて持っていないので濡れたまま進む。

 幸いポケットには500円玉が残っていた。その金で100円で買える1リットルの紙パックの薄いジュースとウイスキーを買った。すこし老け顔なので身分証明書の提示を迫られることはなかった。

 大きな川を下れば海につくだろうと思ったが、どういうことかその川は緩やかすぎで、どちらの方向が下流か判断するのが少し大変で、しばらく行ったり来たりを繰り返した。

 河川敷にはグランドがあったり、鉄パイプが打ち捨てられていたりした。

 やがておれは軽く荒れた海に到着する。泥色の海が防波堤を嬲っていた。雨は止んだが風がおれの体温を奪っていった。

 崖が近くにあり、人気のない場所でおれはウイスキーを開ける。口に含むも、アルコール類は飲んだことがなかったですぐに吐きだしてしまう。洗剤のような味だ。口内に大量の唾液が分泌された。

 半ばわかっていたことだが、おれにはこのウイスキーの度数はきついようだ。

 おれが今酒を飲む理由は二つある。

 一つは酔って死の恐怖を和らげるため、もう一つは海で溺れて死にやすくするためだ。

 よく飲み会帰りの大学生が川に飛び込んで死んだという話を聞く。だから死にやすくなるのでは、と考えた。昔おれは水泳をやっていたため、簡単には溺れないので、よっぽど酔わなくてはいけない。

 おれはウイスキーをジュースで割りながら少しずつ飲んでいく。遠くで汽笛のようなものが聞こえた。

 瓶の半分ぐらい飲んだ所で、ジュースが底をつく。再度ストレートで飲もうとするが、また吐いただけだった。

 おれは自分がどれぐらい酔っているのかはよくわからなかった。体が熱い感じはするのだが、海に飛び込んですぐに死ねるかはわからなかった。

 おれは鞄の中から紙とボールペンを取り出し、遺書のようなものを書いた。

 堤防の上に上着と靴と遺書を置く。飛び降りようと思ったが、少し高さがあって怖かったので横にあった階段から降りることにした。

 階段を降りる途中靴下を煩わしく思ったために両方とも脱いで、海に投げ捨てた。

 ポケットにUSBメモリーが入っていたことを思い出したが、まあいいだろう。

 海の水が足に触れる。

 凍えるような冷たさだ。

 足で水を蹴り上げながらおれは海に入っていった。

 

 波に揉まれおれは上下を繰り返した。立ち泳ぎをしていたことに気が付き、これでは駄目だと体を強く抱きしめ、目を瞑り、潜る。すでに息の限界は訪れ、おれはもがく。目を開けると濁った茶色い海があるだけだった。水面に到達し、息を注ぐ。自分に叱咤をかけ再度潜るが、耐えきれなくなりまたも海の上に顔を出した。それを何度も繰り返した。かなり長い時間それをやっていた記憶があるのだが、実際に経過したは数分にも満たなかった。濁水を口に入れようともせず、沖に向かうこともしなかった。

 

 ああ、駄目だ。

 おれはこんなのでは死ねない。

 苦しい。

 生きたい。死にたい。生きたい。


 おれは苦しさに耐えられず、堤防の階段を目指す。しかし服の重みで思うように進まない。色々試す内にクロールや平泳ぎで進もうとするのではなく、立ち泳ぎで波の上下に合わせれば少しずつであれば進めることがわかった。海から上がるのであれば、靴下は必要だと思ったが、進行方向に片方があったのでそれを手にとっただけであった。

 立ち泳ぎでゆっくりと進み、ようやく堤防の階段にたどりついた。また雨が降り出していた。階段を上り、濡れたままで上着を着、片方だけの靴下を履き、靴を履いた。

 おれは近くの岩場に座り込んだ。そこで呼吸を整える。

 何てザマだ。いや、わかりきっていたことだ。どうせおれは死ぬ勇気なんてない。


「くそったれ…」


 嗚咽のように呟いてみたが、むなしくなっただけだった。


 しばらくすると自動車が近づいてきた。そのまま通り過ぎるのかと思ったが、おれの前で停車した。車の種類はあまり詳しくないがハイエースだと思う。

 中から年配の男性が降りてくきていった。


「君、今この海で泳いでへんかったか」

「いえ、泳いでないですよ……」


 心臓の音が大きく鳴る。動揺を心の底に隠した。

 しかし彼は疑わしそうな顔でこちらを見ている。


「ほんまにか?」

「ええ、これは雨に濡れてしまって……」


 おれはそういいながら、耐えられなくなってその場を後にする。

 彼が追ってくることはなかった。

 

 河川敷に向かい、橋の下にて寝ころんだ。おれの出身の県は大抵路上生活者がテントを張っているのだが、ここいらはそんなことがないようだ。

 ああ、死ねなかった。

 これからどうしようか。餓死や衰弱死する方向でまた南に向かおうか?

 だがどうせ死ねないだろう。

 そんなことを考えているとおれを覗き込む影があった。


「や、またおうたな」


 長身の短めのポニーテールの女性が覗き込んでいた。八木沢朱美を名乗る人物だった。


「偶然ですね」おれは寝ころんだまま答える。

「そうでもない。軋んこと探してたさかい」

「何故?」

「昨日のニュース見た?」

「あ~。昨日は野宿だったので見てないです」

「なんや、まのわるいこっちゃ。折角東京で私が活躍してたちゅうのに」

「東京て…。新幹線でいって帰ってきてたんです?」

「いや飛んできたんや。空」

「成程飛行機ですか」

「だからちゃうて。魔法で飛んできたんやって」


 そういって彼女は携帯を弄り、おれに画面を見せた。寝ころんだままのおれを叱ろうともしない。

 そこにはニュースサイトにバスジャックの記事が掲載されていた。

 曰く都内の二箇所でバスジャックが起こったが、ガスマスクで顔を隠した謎の集団が犯人をを気絶させ、その後その場から立ち去ったようだ。そのガスマスクの人物は二つのバス両方にいたため、ハイジャック犯の仲間割れとして警察は捜査を進めている。しかしハイジャック犯は『あんなやつは知らない』の一点張りだそうだ。現場には『消しゴム』と書かれた垂れ幕が残されていた。

 

「集団?ほかにもお仲間がいるんです?」

「仲間はいるけど、今回は一人でやったわ。分身の魔法使ってな」

「人質取ってるのに危ないやないですか」

「ああ大丈夫。遠距離から眠らしたから」

「なんでもありやな……」

「てことは信じてくれたん?」

「いや、あんまり。ダミーサイト違いますのん?」

「ちゃんと自分で検索すれば確認できるのに」

「そうですね……」

「そういやえらい顔色悪いやん。どうしたんや」

「…財布落としてしまいまして」


 これをここでいうのは、たかっているみたいでちょっと嫌だな。


「大変やん。交番には届けでたん?」

「ええまあ。ただちょっと……」

「ちょっと?」

「家出ちゅうでして……」

「あぁ。なんやそないな気ぃしとったわ」

「……」

「よし。ほな昼食ぐらい奢ってやろか。家族に連絡するようなら携帯貸すで?」

「ああ、やっぱりそうなりますね……」

「敬語」

「……?」

「もううたごうてへんにゃろ?私が異世界帰りやってこと」

「疑ってないというか。信じたいというか……」

「なら敬語じゃなくてええやん。君と私の幼馴染の仲やし」

「…わかったわ」

「で、携帯借りんの嫌そうやったけど。やっぱまだ家帰りとうないか?」

「……そうかもしれない」

「そうか。まあええわ。後でゆっくり話そうか」

 

 八木原はその場から立ち去ろうとする。

 立ち上がり朱美についていこうすと、「ちょいまって」っといいながらおれに向かって手をかざした。

 やがてその手は光を帯び始める。

 彼女は何が呪詛とも呪文ともつかない言葉を唱え始めた。手の光は次第に大きくなっていき、おれは日の光のような温かさに包まれていた。


「ほい、終わったで」


 彼女の言葉におれは服を見てみるとすっかり乾いていた。



 おれ達は市内の定食屋に入った。鉄橋の下に建っており、場末感が少しだけ漂っていた。近くに高校があるらしく、安くてボリュームが多いそうだ。朱美はオムライスを頼み、たぬき蕎麦と親子丼を頼んだ。ちなみにこの府のたぬき蕎麦はお揚げと餡かけの蕎麦に軽く擦りおろし生姜が乗っている奴だ。

 オムライス。たしかに八木沢朱美の好物だった食べ物だ。


「あっちでも再現して食べたわ、オムライス」

「ほうか」

「で、なんで家出なんてなんてしたん?離婚のこと?」

「知ってたんか」

「まあ風の噂でね」

「離婚は関係ないんよ。ただちょっと将来に対するはっきりとした不安ちゅうか……」

「歯車でも見えたん?」

「そない高尚なもんちゃうよ。進路とかやりたいもんがないとか」

「う~ん」

「しいていうなら、こんなありきたりな理由でしか家出をできないおれが嫌だというか、そないなことを嫌がるおれが嫌ちゅうか、そんななんでもかんでおれのことを嫌がるおれが嫌っちゅうか……」

「此間はああいったけど、まだ25なのに『青春やね~』とか『若いね~』とかおばちゃん臭いこといいたくないけど……」

「もっと悩めばええてこと?」

「人生の先輩ぶって今悩み聞いてるけど、そういえばあっちでもあんまし人生相談とかしたことなかったなぁ」

「どないな方法で異世界いったんさ?」

「ひとちゅうもんは誰でも異世界へ行く魔法を持ってるってなふうに」

「あっちではどんなことしてたん?王子様と結婚とか」

「そういう話はなかたなぁ。ちゅうか10年ぐらいあっちの世界いたけど、そのうち7年は迷宮の中彷徨ってたさかい。あとは魔王とドンパチしたり、魔女と仲良く暮らしたりぐらいか」

「そんなんで現在で適応できてんの?」

「まあぼちぼちかな」

 

 一旦会話が途切れる。おれは飯をむさぼるように食った。空腹の胃に料理が染み込んでいくようだった。棚の上にテレビが置いてあり野球中継をしていた。


「なあ」とおれ「なんでこんな飯奢ってくれたり、相談乗ってくれたりしてくれんの?幼馴染やゆうても中学生のころはほとんど話すこともなかったやんか」

「ん~。それはねぇ」朱美考えるそぶりをして手を組、頭を下げる「軋んこと好きやったからかな」


 おれは口に含んでいた水を吐きだしかける。器官に水が入り、噎せて喉が痛い。


「おま、おま……、何ゆうてんねん!」

なんや照れてんのかいな。あこうなって可愛いな」

「年下をからかいなや」

「あはは、ごめん」

 

 おれはおしぼりで顔を拭き、動揺を抑えようとする。心拍数が上昇。汗が流れ出る。


「ああ、もう」おれは苛立ちのようなよくわからないものを隠せない。

「まあいうても昔のことやさかい」

「ほうか……」

「あ、がっくりきた?」

「しとらんわ」

「ま、ええやろそんなことは、さて」


 朱美はおれが食べ終わるのを見計らって立ち上がった。声のトーンを下げていう。


「異世界いってみいひん?」



---


 誰かがテレビのチャンネルを変えたのが分かった。ほかの客達はおれ達に関心を見せる素振りはない。電車が店の上方で通り、大きな音と共に、グラスの中の水が波をたてた。

 彼女の言葉におれの息は一瞬止まる。

 おれは彼女がその言葉を発するのを待っていた気がした。

 おれは図々しい男だ。

 おれは優柔不断の男だ。

 だからおれはこう答える。

 おれは。

 おれは口を開き


「待った」


 彼女はおれの額を指で突いた。そしていう。


「今から発っせられる言葉は真実とはちゃうね」

「おれは……」

「今考えてること当ててあげようか。行く行かないかはまだ決めてないが、何も考えずに言葉を口にし、そして出たほうを選ぶ」

「……」

「軋がそういう事するとき癖にでるんよね。軋は昔からそういうことよくしてた」

「……」

「私は軋が何考えてんのかわからん時がある。軋には本心を話してほしいだから」


 彼女ポケットから何が鳥の卵のようなものを取り出した。


「何、これ?」おれの声は少し痰が交じり濁っていた。

「『願録鳥の卵』心の底からの本心の願いにの叫びに応じで羽化し、その願いに応じる。本来だれでも願いをかなえる魔法ちゅうのは持ってんにゃけど、これはそれの後押しをするもんや。せやけど本当に死ぬほど心のこもった叫びやないと願録鳥は答えてくれへん」

「……」

「君をこれから高度三千メートルの高さから突き落とす」

「なっ…」

「もし軋が異世界行きたいとか、家に帰りたいとか、死にたいとか強く願って叫べばそれを叶えてくれる。両方とかは無理や。願いの力が分散されるからな。知てんねんで、自殺しようとしたこと。だから許してほしい。許してくれるな。『テレポート!』」


----


 彼女の叫び共に目の前の視界が切り替わった。

 そして目に映ったのは見え当たす限りの蒼天。

 そして体に感じる一瞬のの無重力感。

 溺れるように体を動かすも意味はなくおれは高度三千メートルの高さに放り出されたことを理解し落下中にジャエットコースタでも味わったことのない感覚が体を支配し轟音ともくべつがつかない耳を鳴らす風を身に受け落下し雲の中をものすごい勢いで通り過ぎたり加速度を見に受け凍えるように寒いとか痛いとかわけがわからないとかもうどうでもいいやとかやっぱり死にたいとか死にたくないとかおおおとかそして色々頭の中を流れるのは走馬灯でかなり前までとうまきょうとか適当に読んでて赤ん坊のころとか幼稚園児のことはよかったなでも戻りたいとは思わないなあ実はおれも朱美の子と好きだってでもすぐにそれも忘れてケンカしたとかパプリカは甘いとか幽閉する逆ベクトルのダダイズム模様は不可思議なリリスとの旅を身にしみたけどダルコンダタトク大統領の成績の悪い偽マグロもどきと一緒なのは文化的な尋常じゃない使い方をする知恵の炊飯ジャーの毒電波おいしいだからこそおれらは常識的な意味ではなく幾何学なおっぱいは常識だったきがして革命!革命だこれは!!!あああああそうだった--------------------


 数秒間意識が飛んだがおれは慌てて精神を立て直す。

 願いを叫べだって?

 おれは優柔不断でコミュ障でクズだ。

 そんなおれの心からの叫び。

 そんなもの簡単に出ない。

 命がかかってるからといって、先ほど自殺しようとしてたから自分の命がそんなに重いように思えなくて。

 それでも出さなければ。

 涙が後ろに流れるのがわかる。地面刻一刻と近づいてくる。

 おれは家族からのメールの文面を思い出す。

 この家出で多くの人に迷惑をかけた。

 だから。

 だから。


 あ、出る。願い出るでる出る出るデルデルデル。別のものは出た。

 おれは息を大きく吸い込み、今から出す言葉にすべてを注ぐ。血も心も肉も骨も全身全霊をコトバにこめる!



「おれは!どちらの願いも選ぶ!そうだ!おれは!どちらの願いも選ぶ!」


---


「は?」


 軋がいり空の下。朱美は料金を払い終わり、外に出、魔法で軋のことを観察していた。


「話きいとったんかいな。両方はあかんちゅうねん」


 朱美は溜息をつく。多分命がけに追い込めば普通に家に帰りたいと願い、助かると思っていた。命がけで手に入れた願いだ。大切にして今後勉学に励むだろう、そう考えたのだった。しかし


「これはあかんやろなぁ。まあ」


 その時はその時だ。彼の自殺したいという気持ちが叶ったということだ。


---



 おれは再度息を吸い込んで叫んだ。


「何が本当のこと話してほしいじゃ!かってに決めくさりおって!殺す気か!ああええよ願い叶えてやろうやんけ!おれは優柔不断や!だから全部願いは叶える!異世界もいってやる!優柔不断がダメだというんなら、優柔不断な奴が世界を回すようなそんな世界にしてやる!そのための努力?うるせえ!大体高校生のおれがそう簡単に結論だせるかい!いや!これはおれだけが結論とやらを出しているわけやない!世界が結論を出したふりをしているだけなんや!ああ!なんてこった!おれは世界に騙されとったんかいな!許せん!だがざまあみろ!おれは選ばない!選ばないことを選ばない!とみせかけて選ばないことを選ぶ!それと選ぶことを選ばない!ああもうわけわかんねえ!」


 そんなわけのわからない叫びのなか、おれは自由落下し、次第に地面に近づいていく。

 それでもおれは叫ぶのをやめない。

 これがおれの本心で、これがおれの願いだと心から信じて、おれは落下していく。

 飛び降り自殺の時ひとは途中で意識を失うという。

 でもおれはそんなことはなくて、かわりに世界がスローモーションに感じられた。

 やがておれは頭から地面に激突した。

 頭蓋骨が破裂しただとか、脳みそが破裂しただとか、心臓が破裂しただとか、全身の骨が粉々になったとか、そんなことすべてが自身の痛みとして感じられた。

 つまりおれは死ぬことを叶えられたということで、だからこれはとても幸福なことなのだろうか。

 よくわからないが、折角だし笑おうと思ったが、残念、おれの顔はすでに砕け散っていた。


 ◇◇◇


「軋、軋」


 目覚めよと、声がした。そんな陳腐なパロディが頭に浮かんだ。いや、そうじゃなくて、この声は朱美だ。

 ゆっくりと目を開けると朱美が心配そうにのぞき込んでいた。

 あたりを見回すとここは河川敷のようだ。


「あれ、おれ死んだんじゃ」

「確かに死んだな。これを見てみい」


 朱美が手を振るうとどこからともなく煙が上がり、その中心に肉の塊ようなものが現れた。

 それは人の形をしており、ボロボロの布にくるまっており、赤黒色に染まっていた。


「死体?なんやこれ」

「これも軋や。恐らく軋の生きたいって願いと、死にたいって願いが矛盾して発動し、軋自身を二つに分けたんや。本来はこんなことありえへんはずなんやけど、軋の願いがよっぽど強かったんやな。流石に異世界に飛ぶちゅう願いは叶わんかったみたいやけど」

「どっちが本物なん?」

「どっちが、ということはない。どっちも本物や。どっちも軋や」

「ふうん」


 おれは体を動かした。どこも痛い所はない。そしておれの死体を見下ろす。そうかこのおれは死にたいという願いを叶えたのか、そう考えるとこいつが妬ましく感じてきた。

 だがまあいい。おれが死にたいという願いを叶えたということだ。それは喜ぶべきものなのかもしれない。


「まあ」おれは首を鳴らした「帰ろうかな」

「帰ろうかなて……。あんたはこれがどんな凄い奇跡かわってんの」

「凄いと思うよ。ただおれは生きたいっていう願いも叶えたことやし、その願いは大切にしたいかなって」

「一部私の目論見どうりなっとる……。ほんまにそれでええんか」

「おれなんか本当に生きいのか不安やったんや。だからこうして自分のなかに生きたいって気持ちがはっきりと自覚できて嬉しかったというか」

「悟ったふうにいいおって」


 そうかもしれない。今おれは死にかけたからハイになってるだけかもしれない。でもそんなまやかしみたいな気持ちでも凄く価値のあるようなものに思えた。

 だからおれは朱美に電話を借りて父親に帰るという連絡をした。

 そして朱美のテレポートで送ってもらう。

 父はおれを叱りはしたが殴ったりはしなかった。おれは泣いてあやまり、しばらくして父も許してくれた。

 当然のごとくおれは留年する。

 その後のことは語るべきことでないと思う。

 小さな工場で働きだしたとか。その後猛勉強して上手く大学に入れたとか、そういうこともあるかもしれないしないかもしれない。

 これはおれの家出の話だ。家出をを一回したからといって人生は良い方に変わることなんてあまりない。そうじゃないかもしれない。

 そんなことはどうでもいいんだ。

 生きて居れば人生は続く。

 それが良いことなのか、悪いことなのかそれを決めるにはおれという存在は未熟すぎた。

 何がいいたいのかというと、これでおれの小さな家出は幕を閉じたのだった。

 

 蛇足PS?:八木原朱美とはちょくちょく連絡を取る仲となった。





◇◇◇



 おれは気が付いたら霧の中にいた。何だか空気が重い。こう、日本じゃないような。

 そこは牧草地帯だった。おれの全身は濡れている。舐めると潮の味がした。

 訳も分からずおれは前に進む、靴下を片方しか履いていないのが気が付いた。靴は両方履いていない。

 

 数十分ほど歩くと突如おれを飛ばさんばかりの強風が吹き、霧をどかした。

 それにより視界が開ける。

 そこは高台だった。

 そこから見える景色は街だ。中世ヨーロッパを思わせる街。街事態が大きな塀で囲まれていた。

 そして少し遠くの山中には大きな城があった。

 突如歓迎とも排他ともとれるうめき声のような重低音の鳴き声が上空から聞こえた。

 地面には巨大影が映った。


「龍……」


 そうだ、龍だ。上空にはおとぎ話でしかみたことがないような赤い龍が飛んでいた。


「これが異世界か…」


 またも背後から轟音が聞こえる。

 今度は何だ、とおれは振り返ったが、そこには異世界気分を台無しにするものがあった。

 それはおれのいた世界に沢山あるものだった。そしてそれはクラクションを鳴らしながら俺の前に停車し、扉を開けた。

 そうそれはハイエースだった。

 中から年配の男性が顔を出した。


「おはよう」とその男性は知り合いのようにおれに話しかけてきた。

「どなたです?」

「そうだな。しいていうなら『君、今この海で泳いでへんかったか』ともう一人の君に声をかけた者だ」

「よくわかりませんけど」

「そしてあるものは魔女とも呼ぶ」

「どうみても男ですけど」

「変装だよ変装。さて異世界勇者の彼女は君は異世界に行けなかったと思っているようだがそれは間違いだった。そう、『願録鳥の卵』を使う前に君は願いの魔法を使っていたのだよ。君が海へ飛び込んだ時だ。あの時君の生きたいという気持ちと彼女から聞いて思っていた異世界へ行きたいという気持ち両方が叶い、君は分裂し今ここにいる。君はすばらしいエゴイストだ。素晴らしい強欲だ」

「馬鹿にしてんのか」

 

 いいじゃないか。偶然手に入った力で美味しいおもいをしたって。

 いいじゃないか。気に入らないやつをボコボコにしても。たとえあんたのほうが間違っていても。女の子にちやほやされても。『さすがです!』とあらゆるひとに褒められたいと願っても。神様を殺したっていい。家出をを一回したからといって人生は良い方に変わることなんてあまりないだあ?そんなことはない。

 僕は君を肯定する。君を肯定する。それでいい。

 その先にきっと何かがあるはずだ。

 

 そういった後,魔女と名乗る者はハイエースに乗り、でその場を去っていった。

 こうしておれの異世界への旅は始まりを告げた。

 三つの太陽が世界を照らしていた。

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