天国からの手紙
残されたのは、天国からの手紙―――
貴女に、謝らなくてはならないことがあります。
そんな書き出しで、手紙は始まっていた。彼らしい整った文字は、最後の句読点まで、迷いなく、ブレることなく続いていた。
宮本晴香様
貴女に、謝らなくてはならないことがあります。私は長い間、貴女に隠し事をしていました。この手紙を読んでいるということは、もうお気づきのことでしょう。私が患った病のことです。私はこの病のことを、家族や、友人にも隠していました。誰にも、心配をかけたくなかったのです。ましてや、優しすぎる貴女が、私のことで涙を流す姿など、見たくなかった。悲しんでほしくなかった。でも、それは結局私のエゴでした。最悪な形で、貴女の前から去ることになってしまった。それが、どれほど貴女を傷つけ、悲しませるか、痛いほど分かっていながら。医師から余命宣告を受けたとき、私は迷いました。すべてを話そうと、一度は心に決めました。でも、言えなかった。一分一秒でも、私の前で貴女を泣かせたくなかった。硬いベッドを上からじゃなく、残された思い出の中で、笑う貴女を見ていたかった。許してくれなどとは言いません。貴女を傷つけてしまったこと、本当にごめんなさい。
そして、どうか私を忘れてください。過去に縛られることなく、前を向いて生きてください。死者が願うことは、生きる者の幸せです。貴女はこれから先、幾人の人に出会い、別れていくのでしょう。出会いがあれば別れがあるように、別れはまた出会いと繋がっていく。どうか、貴女に相応しい素敵な人と、幸せな人生を歩んでください。それが、私の願いです。
最後に、貴女を心から愛していた。そこに嘘はありません。ありがとう。
赤木良一
ポタリと落ちた大粒の雫が整った文字を滲ませた。決して整然とは言えない文章に、彼の悲しみが、痛みが浮き出ているように思えた。何も告げず、置いていかれたとき、愛された自信がなくなった。生きることを放棄しようとさえした。でも、それが彼の優しさ故の行為だと知った今、すべてが救われた。
そして、最後に綴られた、『愛していた』の文字、愛していると書かなかったのは、きっと最後の優しさ。私が彼に縛られないように、また、前を向けるように。
「ありがとう。良一さん。私、進むから、生きるから……見ていてね……」
背中を押すように、優しい風が吹いた。
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