8章 別れ、そして・・
僕は忘れてしまっていた。
あの時彼女の涙をみて、海を見に行こうと誘い、はじめて二人で出かけた海が、今いるこの海だったということを。
今、はっきりと思い出した。
彼女のしずかにながれる涙をもう一度、目のあたりにして。
そして、それと同時に彼女の涙は彼女への僕の気持ちを、はっきりときづかせてくれた。
僕は彼女が好きだ。
この世界で誰よりも大切で、そして愛しい存在。
僕の弱い部分を彼女は何も言わず、やさしく支え続けてくれている。
誰よりもかけがえのない存在。
ふと、自己嫌悪に襲われた。
僕はいったい今まで、彼女の為に何をしてあげただろうか。
いつもいつも、自分勝手な行動をしてきて、彼女にはいろいろ嫌な思いをさせてしまっただろう。
最低だ。
そんな僕に何一つ文句を言わず、ずっとそばにいてくれた彼女。
そんな彼女をつきはなし、さびしい思いをさせてしまった。
彼女に謝らなければ。
今度は僕が彼女の為にできることをしてあげたい。
「あなたにとって私ってなんなのかな・・。」
彼女は涙を拭きながら震えた声でそういった。
僕は彼女に伝えなければいけないこと、言いたい事、話したいことがいっぱいあったが、その彼女の涙が僕の心の奥を締め付けている気がして言葉にならなかった。
そして気が付いたら彼女のことを力いっぱい抱きしめていた。
「もう、おわりにしよっか・・」
彼女は僕の腕の中で優しい声でそういった。
彼女に言わせてしまった言葉。
深く、そして重い言葉。
僕は彼女にかける言葉を必死に探した。
彼女の為に出来ることを必死に考えた。
彼女の為に僕が出来ること・・・。
「・・そうか、わかった。」
そう言うのが精一杯だった。
人によってはそれは間違っていると、反感を食うかもしれないが、僕は彼女の性格を誰よりも理解していると自負している上で、彼女の幸せを願うならばと、別れを決意した。
僕と一緒では彼女は幸せになれない。
僕は彼女にはふさわしくない。
そう心の中で何回も繰り返し叫びつづけた。
来年のクリスマスも一緒にこの海を・・という彼女との約束はかなえることはできそうもない。
「・・あ、雪・・・」
「・・・ほんとだ・・」
彼女の予言どおり、この日はホワイトクリスマスになった。
天使の羽の様に舞い落ちる雪の白さと、どこまでも続いている海が二人を包んでいるような気がした。
彼女の冷たくなった体と、彼女に対するありがとうという気持ちを抱きながら、いつまでもこの時間が続くことを祈り、彼女の温もりを感じていた。
僕は涙が止まらなかった・・・。