4章 恋に落ちた夜
その日、私は悲しみに包まれていた。
やはり今日は一日、家で独りでいればよかった。
一人で思いっきり泣いていればよかった。
昨日、飼っていたネコが死んだのだ。
寿命であのコは死んだのだから、少しは救われるのだが、やはり悲しい。
しかも、私には前もってわかっていたことなのに。。。
涙は昨日でかれたと思ったのに、思い出すとまたあふれ出てくる。
悲しみで心が押しつぶされそうになる。
やはり、バイトを休めばよかった。
バイトどころではない。
バイトにいけば余計なことを考えずにいられると思ったが、やはりだめだった。
休憩に入ったとたん気が緩んだのが、ためてた涙が一気にあふれてきた。
「ねぇ、何で泣いているの?」
バイトとして入ってきたばかりの彼だった。
私はその声がするまで、休憩室に人が入ってきたのに気づかなかった。
いつも笑顔でいようと思い、無理をしてでも笑ってきた私が不覚にも泣き顔を人に見られてしまった。
しかし、涙をとめることはできなかった。
そんな私を見てたぶん彼はビックリしたのだろう。
「・・・今日も暑いね,仕事はだり〜し、こんな日は海にでもいって泳ぎたいよね〜」
彼が仕事以外のことを話し掛けてきたのだ。
いつもは、あまり感情を表に出さない、愛想のない人だと思っていた彼がだ。
そのギャップに私は気持ちがあたたかくなっていくのを覚えた。
「そうだね、海、いきたいよね、海・・・みたいなぁ・・」
そういった私の目にはもう涙はなかった。
不思議だった。
なぜだかは自分でもわからなかった。
「今日、このあと時間ある?」
「え?」
いきなりの彼の誘いに戸惑ったが、そういった彼の顔はいままでバイトではみたことのない少年のような無垢な表情だった。
不器用な彼の突然の言葉。
勢いで言ってしまったのを後悔したのだろう、彼は少年のような表情から、たちまち慌てたような顔をし、どこか罰がわるそうな顔をしていた。
なんかそれがおかしくって、私もつい勢いで彼の誘いに乗ってしまった。
バイトが終わると、彼は私を海に連れて行ってくれた。
その海は、人工の砂浜で、ゴミも目に付く、お世辞にも綺麗な海とはいえなかった。
けれど、その海が今の私にぴったりの場所のような気がして、心が穏やかになっていくのがわかった。
彼は私と常に一定な距離を置いていた。
1m。
ちょっと手を伸ばせば届く距離。
近づくとそっと離れていく彼。
変な空間。
不器用な彼。
ぎこちない態度。
戸惑っている表情。
その彼と私の微妙な距離感が、変におかしくて、私はいつもの笑顔ではなく、心から笑ってしまった。
ふっと空をみあげると、下弦の月が私たちを見守ってくれていた。