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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
終章 選択の先に
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2.

 董子の家へと歩を進めながら、峻はあの日、八月十五日の夜に起こったことを話す。それはゆっくりとした口調だった。

「――というわけだ」

 すべてを話し終えた後、峻は自嘲気味に小さく笑みを浮かべた。包み隠さず、董子へすべてを語ったのはいいが、やはり奈亜との確執に至った校門前の場面は、峻にとって自分のとった行動の滑稽さを再認識することになったようだった。

 一方、峻の話に口を挟むことなく聞いていた董子だったが、あの夜の自分の行動が要因で起きたことに少なからずのショックを受けていた。

「そんなことになってたなんて……」

 立ち止まって董子が呟く。そして、峻の方を見ると、少し怒ったような表情をして言った。

「なんで……なんであの時、それを言ってくれなかったの? 奈亜との約束があるんなら……行けばよかったのに!」

 峻はその叱責ともとれる言葉を、目を閉じて聞いていた。そして、それをしっかりと受け止めた後、目を開く。

「あの時の董子を放っておけなかった」

「――っ」

 峻の言葉に、董子は両手をギュッと握り、胸にあてる。複雑な表情を浮かべて、峻を見た。

「でも……それで奈亜とそんな風に関係がこじれちゃったら意味ないよ。そんなのダメだよ」

「そうだな」

 峻が顔を伏せる。その顔には、憂いの表情が浮かんでいた。それを見た董子も視線をうつむかせる。

「ごめんなさい……元はと言えば私が峻君に電話をかけたのが原因なのに……」

「董子は、悪くないさ。お母さんがいきない事故にあったら、誰だって混乱はするよ」

 峻が優しく言うと、董子は辛そうにしていた表情を少し緩める。

「けど、峻君。私と会っていたことを奈亜には言ったんでしょ? 奈亜に嘘をつきたくなかったって思ったのは分かったけど……なんでその理由を言わなかったの? 理由を言えば奈亜だって……」

「奈亜は……奈亜はさ、昔、両親を事故で亡くしてるんだよ」

「え……?」

 奈亜の両親の話を初めて耳にした董子は、驚いて目を見開く。

「もう七年も経っているから普段は普通にしているけど、直後はひどかったんだ。夜中に跳び起きて大泣きしたり……救急車を見るたびに震えが止まらなくなったり……」

「それって……」

「心的外傷……所謂、トラウマってやつ。一時は外傷後ストレス障害とも診断されてたっけ」

 峻が空を見上げて、昔を思い出すようにして顔をしかめた。

「だから……俺は話せなかった。あんな風に取り乱す奈亜をもう見たくないから……もう二度と……」

 そんな風に呟く峻を見て、董子は当時の深刻な様子を理解する。

 それと同時に、トラウマは事故で両親を失った奈亜だけでなく、その後の奈亜の姿をすべてその目で見てきた峻にも存在する可能性があるような気がしてならなかった。

「奈亜の為を想って言わなかったってことだよね?」

「そう思いたい……けど、本質はただ奈亜を信じてやれなかっただけなんだと思う」

「言わなかったのは……峻君が優しかったからだよ」

「俺が優しいなんてことは……」

 空を見上げていた峻が、その視線を今度は足元へと向ける。

「そんなことないよ。峻君は優しい」

 董子が少し言葉に力を込めて言った。それを聞いた峻がハッと顔を上げて董子を見る。

「そう……峻君、あなたは優しい。誰にでも……優しすぎるほどに」

 董子がゆっくりと、しかしはっきりとした口調で峻に言う。

「あなたは不快に思うかもしれない……でも言わせて。あなたは誰にでも優しさを向ける。奈亜にも睦ちゃんにも……もちろん私にも」

 思いを語る董子を峻が見つめる。

「でも、誰に対しても優しいっていうのは、私は違うと思う」

 董子は胸の前で組んでいた右手を恐る恐る峻へと伸ばす。そして峻の左手を掴むと、その手を包み込む。

「そんなの……峻君が疲れちゃうよ。誰に対しても優しさを向けるだけじゃ……きっとこの先、峻君自身が持たなくなるよ」

「向けるだけじゃないさ。みんな、俺に対しても優しさを向けてくれてる。奈亜も睦も……もちろん董子も。そこは譲れない」

「峻君――」

「でも、今日からその優しさを向ける方向……いや、比重っていうのかな。それを少し変えてみようと思う」

 董子がなにか言おうとしたが、それを峻が遮った。

「どういうこと?」

 董子が峻に聞く。それに対して峻は、どこか儚く口元に微笑みを浮かべると、口を開いた。

「さっき、花火を見ている時に奈亜と話をしてきた」




「話ってなに? そ、それに今、大切な人って」 

 奈亜が聞き返す。特に『大切な人』という単語を強調して。

「そのままの意味だよ。昔からお前は俺にとって、特別で大切な人だった」

 峻がそう言うと、奈亜はパッと目を輝かす。しかし、すぐに拗ねたような表情になると、口をとがらせて言う。

「だ、だったら! そんな風に私のことを……その、と、特別だっていうなら……あの時のこと話してくれたっていいじゃない」

「それはできないよ」

 峻が首を横に振る。

「だからなんで? 私のこと大切だって思うなら……」

「大切だって思う……けど、今のお前には話せない。今のままのお前に耐えられる話じゃないと思うから」

「なにそれ!? そんなの勝手に決めないでよ! 聞いてみないと、そんなの分からないでしょ!?」

 奈亜がムッと顔をしかめて、峻に詰め寄る。峻もその視線を逃げずに受け止めた。互いの顔をまだ上がり続けている花火が照らす。

「お前らしい考え方だな。……聞いてみないと分からない……付き合ってみないと分からない。お前はそうやって生きてきたもんな」

「そうよ。それが私だもん。そんなこと幼馴染の峻だったら……いつも一番近くにいてくれた峻なら分かっているでしょ?」

 奈亜の言葉に、峻は視線を伏せた。いつも一番近くに居続けた峻にだからこそ、その言葉は刃のように突き刺さる。これから峻は、奈亜のこの言葉を裏切らなければならないのだから。

「あぁ、そうだったな」

「だったら!」

「ダメだ。そんな風に生きてるお前だから話せない。お前が……お前が俺のことを一番近くにいる存在だと言っている間は……絶対に」

「なによ……それ」

 奈亜が茫然とした様子で言う。峻の一言はそれほど大きな衝撃だったようだ。峻は自分の言ったことの重大さを己でもしっかりと感じながら、奈亜を見ていた。

「なんでそんなこと言うの? 私の生き方を今さら否定しないでよ……ずっと一緒にいてくれるって言ってくれたじゃない」

「言ったよ。その気持ちは今でも変わらない。ただ……」

「ただ、なに?」

「今まで通りお前を一番に想って……お前だけを見て……お前だけを支えてやれなくなるから」

 峻のその言葉を聞いて、奈亜は伏せ気味だった顔を上げる。なにかに勘づいた表情をし、だがそれを認めたくなくて、奈亜は峻に問いかける。

「……どういうこと?」

「奈亜……」

 峻は奈亜の名を呼んだ。そして今までの自分のすべて、自分と奈亜の体に巻かれて縛りつけている鎖を断ち切るための力を込めるように、大きく息を吸い込む。

 視線の中心に奈亜を捉え、意を決すると自身の想いを乗せた言葉を紡いだ。

「好きな人できた。これからは、その人を一番大事に想っていきたい」

 空気を振るわし、奈亜へと届く。そして、その意味を奈亜はゆっくりと理解する。

「え……?」

 しかし、その言葉の意味が分からないかのように、奈亜は小さく首を傾げる。今の峻の言葉を聞いた後でも、そのことをまだ認めたくないのだ。だがそんな奈亜へ、峻は説き伏せるように言う。

「だから……ごめん。やっぱり話せない。お前の一番近くにいてやれない今の俺には。俺のことを一番近くにいると思っている今のお前には」

 花火に照らされて、峻を見る奈亜の瞳が潤んでいるのが峻には分かった。奈亜はなにか言おうと口を開きかけたが、言葉にならない。奈亜が目を閉じた。

 少しの間、そうしたまま時が過ぎる。二人は微動だにしない。花火だけが夜空を照らしている。

「ねぇ、峻」

 奈亜が峻の名前を呼ぶ。目を開き、再び峻を見た。その瞳はもう潤んではいなかった。

「一つだけ教えて?」

「なに?」

「好きな人って誰?」

「それは――」

 峻の口が動く。しかし、その言葉はちょうど上がり始めた祭りのフィナーレを飾る連続打ち上げ花火の音にかき消され、二人にしか聞こえなかった。




「え……?」

 董子が心底驚いたように目を大きく開いて峻を見つめる。

 たった今、峻から話された内容が信じられないかのように。

「奈亜とは話をつけてきたよ。……あいつも分かってくれたと思う」

「え……え……?」

 峻は落ち着いた様子で語る。しかし董子はまだ困惑しているようで、うまく言葉を出せない。

「ちょ、ちょっと待って、峻君。奈亜と……そんな話をしてきたの? 奈亜以外に好きな人がいるって?」

「あぁ、してきた」

「そ、そんなの……私、聞いてないよ?」

 董子が悲しげに顔をしかめた。奈亜以外にいる好きな人の存在というのが、董子にとって余程ショックだったのだろう。

「うん、だから今話してるだよ。董子にも聞いてほしい」

「……なんで今なの?」

「今じゃ……ダメか?」

 そう言って困ったような顔をする峻に、董子は目に非難の色を浮かべながら言った。

「だって……せっかくお祭りに行って、それに今は家にまで送ってもらって……私、すごく楽しかったのに……今日くらい少しだけ優越感に浸らせてほしかったのに……」

 語尾の最後の一文は、声が小さく峻には聞こえなかった。だが董子の見え隠れする想いがよく分かる。峻はそのことを知ってか知らずか、同意するように言った。

「俺だって楽しかったよ。董子と一日一緒にいられて。今まだ祭りの後の高揚感があるからこんな話ができるんだと思う。そうじゃないと、普段なら恥ずかしくてなかなか言い出せないと思うから。……だから今言いたい」

 そう言うと、峻は董子がなにか言いだす前に、自分の想いを董子に告げた。

「董子、俺はお前のことが好きだ。これからは、董子のことを一番大事にしていきたい。だから、俺と付き合ってくれないか?」

 董子の目をまっすぐに見て、微笑みをつくりながら峻は告白をした。花火の下で自分の心が導き出した結論の集大成をここに紡いだ。

「…………」

 そんな峻を、董子は唖然とした表情で見上げている。まだ言葉の意味を理解しきっていないかのようだ。

「……と、董子?」

 そんな董子へ、峻は心配そうに声をかけた。

「なにか言ってくれよ? えっと……」

 告白された経験は幾度かある峻だったが、告白した経験は一度だけ。しかも惨敗した苦い経験しかないため、無言の董子にだんだんと焦りを募らせる。

「わ、私……」

 そこでやっと、董子が小さく呟いた。その顔には、峻の言った意味をやっと理解し、心からの笑みを浮かべていた。

「私も、峻君のことが好きだった。だから……こんな私でよければ、お願いします」

 そう言って、董子は頭を下げた。峻はその言葉を受け止め、ため息とともに全身に張っていた力を抜いた。

「よかった……董子、ありがとう。こちらこそ、よろしくお願いします」

 そう言って、峻も董子に笑いかけた。

「うん」

 頭を上げた董子が微笑む。その微笑みを見て、峻は心が満たされるのを感じた。董子への愛しさが溢れる。その感情に突き動かされるように、峻はゆっくりと腕を上げると、董子の肩へと手を置く。

 置いた瞬間、董子は体をぴくりと反応させたが、それ以上はなにもない。峻が董子の肩に置いた手に徐々に力を込めて、自分へと引き寄せる。董子はそれに抵抗することなく、峻の胸の中へその小柄な体をおさめた。

 峻は肩に置いた手を滑らせ、背中へと回す。と同時にもう片方の手も同じようにして、董子の体をギュッと抱きしめた。自分の心臓が早鐘のように鳴っていることと、董子から伝わる温かさを全身で感じていた。

「董子……」

 峻が董子の名前を呼ぶ。それ自体には意味はない。ただ、自分の胸の中にいる人の存在をしっかり確かめたかっただけなのだから。

「峻君……」

 しかし、董子はそれに反応する。峻の胸の中で顔を上げて、黒真珠のように輝く瞳で峻を見つめる。その瞳に引き寄せられるかのように、峻は顔を近づけていく。そして、

「ん……」

 それはどちらが漏らした吐息だろうか。いや、たぶんどちらも同じように漏らしたものだろう。

 互いに言葉で想いを伝えた後、もう一度今度はそれを行為で伝える。

 二人の唇が重なったのは一瞬だった。だが、その一瞬でお互いの気持ちはしっかりと伝わったはずだ。

 峻は距離がなくなるまで近づいた顔を離していく。と同時にいつの間にか閉じていた目を開けると、その先に同じようにする董子の顔が見えた。その顔は薄暗い街灯の明かりでも分かるほどに真っ赤だ。しかしそれは峻も同じで、顔の熱さがそれを物語っていた。

 今の一連の流れを思い返すと、気恥ずかしさが増し、峻は右手でポリポリと頬をかいた。

「……ぷっ……ふふふ……」

 そんな峻を見上げていた董子が、突然吹き出した。

「董子?」

「ごめん……なんだかいきなり可笑しく思えちゃって」

「なにがだよ?」

「だって……峻君、先に奈亜と話をつけたって言ってたけど。もし、私がお付き合いを断ったらどうするつもりだったの?」

「……あっ」

 董子の言葉を聞き、峻は自分の行動に致命的になりえたミスがあったことに今さら気づいた。それを見て、董子がさらに可笑しそうに言う。

「やっぱりなにも考えてなかったんだ。ふふふ、峻君ってそういうとこ抜けてるよね?」

「う、うっさい……」

 そう言われると、ぐぅの音も出ない。峻は黙ってうなだれる。

「でも、私は峻君のそういうところ……大好きだよ?」

「――っ!」

「あ、照れてるー」

「い、今のは卑怯! ていうか董子、性格違うくないか?」

「そんなことないよ。ただ、他の人より少し素直な自分を見せられているだけ」

 董子が微笑む。その微笑みも、少しいつもより小悪魔的な要素が入っているように峻には思えた。だが、そんな風な董子の新しい一面を見つけていくのも、そして見せてくれるのも楽しく、そして嬉しく思えた。

 そう、二人の新たな関係は、今日ここから始まるのだから。

「さ、帰ろうか」

「うん」

 二人が並んで歩き出す。一歩、二歩と足を踏み出していく。

 峻はその一歩一歩を大切に感じながら、まだ見ぬ未来に希望を抱かせていた。目の前の光景はまだまだ暗いが、隣を歩く董子と共になら、光を見つけられると確信していたから――。


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