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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
終章 選択の先に
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1.

「ただいまー!」

 睦の元気な声が家に響く。すると、リビングのドアが開き、中から恵美が顔を覗かせる。

「おかえりなさい。楽しんできた?」

「うん! すごく楽しかったよ」

 靴を抜いで、廊下へと上がる睦へ、恵美が尋ねる。その問いに、睦は笑顔で答えると、腕に抱いているネコのぬいぐるみをギュッと抱きしめた。峻から手渡された後、二度と離さないとばかりに、ずっと腕に抱いたまま祭りの会場から帰ってきたのだ。

 恵美は、睦へ「そう、よかったわね」と微笑んだ後、今度は玄関先にいる董子へと視線を向けた。

「董子さん、今日は本当にありがとう。ちーちゃんの学校説明会からお祭りまで一緒に行ってもらって」

「いえ、私も説明会には興味がありましたし、お祭りの方もとても楽しめましたから」

 申し訳なさそうに頭を下げる恵美へ、董子は笑顔で答える。

「ありがとう。本当なら上がってお茶でも……と言いたいところだけど、もう時間も遅いものね。また今度、ゆっくりいらっしゃい。その時は、なにか御馳走するわ」

「はい、ありがとうございます。また、お邪魔させていただきます」

 董子は軽く頭を下げた。

「はい、董子さん、バッグ持ってきたよー」

「ありがとう、睦ちゃん」

 その時、睦がリビングに置いてあった董子のバッグを持ってきた。着替えが入れてあったものだ。

 睦からそれを受け取り、董子はもう一度頭を下げた。

「いろいろありがとうございました。これで失礼します」

「それじゃね、董子さん。――峻」

「分かってるよ」

 董子に向かって手を振りながら、恵美が峻の名前を呼ぶ。その意味を理解している峻が玄関のドアを開ける。

「董子を送ってくるよ」

「えぇ? 峻君、別に大丈夫だよ」

「そんな訳にはいかないって。もう暗いし、それに今日は祭りで、いろんなところから人が来てるからいつもより危ないよ」

「そうよ、董子さん。こんなのでもいないよりマシだと思うから一緒に帰りなさい」

「こんなのって……」

 恵美の言い方に釈然としないものを感じて峻が呟く。そんな峻と恵美の顔を董子は交互に見た後、

「それじゃー……お願いしていいかな?」

 上目遣いで、申し訳なさそうに董子が言う。

「もちろん。むしろ一人で帰らすっていう選択肢はないから」

 冗談を交えつつ、峻はそれを快諾した。

「よし、そうと決まったら帰ろうか」

「うん」

「董子さん、さようなら! 今日はありがとうございました!」

「さようなら、睦ちゃん。こちらこそありがとう。また、会おうね」

「はい、また必ず!」

 董子と睦が手を振りあって別れを告げる。睦は明日には県外の自分の家に帰るため、今夏、董子と会うのはこれが最後だ。だが、互いにまた会う約束を交わしている。きっと、また会えることだろう。

「それじゃ、お先にどうぞ」

「ありがとう」

 そんな二人の様子を微笑ましく見ながら、峻は玄関のドアをもう一度開いた。そして、それを押さえたまま董子を外へと促す。董子が峻の体の脇をすり抜ける。それに続いて、峻も外へと出ようとした。

「あ、峻。なっちゃんは?」

 しかし、そこで恵美が峻を呼び止め、奈亜のことを聞いた。

「……奈亜は彼氏ともう少しいるって言ってた。たぶんそんなに遅くならないと思うよ。まぁ、もしなんかあったら連絡して」

 奈亜と脩一の二人とは、祭りの会場で別れた。その後は分からないが、脩一がついているので問題ないと峻は考えていた。脩一の方が、あきらかに峻より護衛には向いている。

「分かったわ。あなたも気をつけて送ってくるのよ」

「了解」

「いってらっしゃい、峻兄」

 恵美の隣で、ぬいぐるみを胸に抱き、睦が手を振る。

「あぁ、いってくる。先に風呂入っとくんだぞ」

「……うん」

 手を軽く振り返しながら、峻が睦に笑いかけると、なぜか恥ずかしそうに睦は頷いた。しかし、峻はそんな睦の様子に気づかず、外に出て玄関のドアを閉める。そして、外で待っていた董子に声をかけた。

「お待たせ、行こうか」

「うん」

 そう言って頷き合い、二人は董子の家を目指して夜道を歩き始めた。




「祭り楽しめた?」

 董子の家に向かって歩き始めて少し経った頃、峻が口を開いた。

「うん、楽しめたよ。。やっぱりお祭りはみんなで回るのがいいね」

「そうだな。まぁ、いろいろ振りまわされたりもしたけどなぁ……」

 峻が苦笑しながら返すと、董子はその表情を見て可笑しそうに口元をゆるめる。

「峻君はいろいろとお疲れだったね」

「ま、そういうのも含めてお祭りなのかなって思うし、別にいいけどさ」

「……峻君は優しいね」

「そんなことないさ。まぁ、放っておけないってのはあるけどな」

「……………」

 峻はそう言って董子に笑いかけたが、董子はそれに気づかずに、顔を少し伏せて前方を見ていた。

(やっぱり……あのことを気にしているのか?)

 峻は董子の様子を気に掛ける。無言になった董子がなにを考えているのかが、峻自身も気になったからだ。

 ただ、峻には董子の考えていることに心当たりはあった。しかし、今それを峻から切り出していいものか、それが悩みどころである。話すにしても、タイミングだけは見誤ってはいけない。

 コツコツと二人分の足音が、アスファルトの地面から響き、夜の闇へと消えていく。夏の夜の空には星が輝いていた。その無数の小さい輝きの真ん中で、三日月がおぼろげな光を放っている。

 その大昔からある自然の光を見上げた後、徐々に視線を下げていくと見えてくるのは、街灯などの人工の光だ。明るく、時に少し不気味に峻たちの歩く夜道を照らしている。その光に導かれるのは、人間だけではないようで、たくさんの虫が人工の光の下を舞っていた。

「峻君」

 その時、董子がぽつりと峻の名前を呼んだ。

「なに?」

 峻が董子の顔を見て答える。董子も同時に峻の方を見上げていて、二人の視線が交錯した。

「……花火綺麗だったね」

 少し微笑んで董子が言う。その一言に込められた意味を峻は瞬時に理解した。それは董子なりの問いかけだ。

 花火が上がっている時間、姿が見えなくなった峻、そして奈亜。その時間、峻が、あるいは二人がなにをしていたのか、董子は聞こうとしているのだ。

 もちろん、それに対してしらばくれることは、峻にとっては簡単である。ぬいぐるみを探していてそれどころじゃなかったと言えばいいだけだ。しかし、その選択肢はもはや今の峻には意味のないものだった。もう、いろいろと隠す気は、峻にはなかった。

「あぁ、すごく綺麗だった。大きな花火大会は久しぶりだったけど、見れてよかったよ」

 だから峻はありのままを語る。まずは自分が花火をしっかりと見たことを。

「やっぱりどこかで見てたんだね、花火」

「うん、ごめん。境内に戻ろうとしたんだけど、戻れなくて……だから昔、奈亜と一緒に見つけた場所で見させてもらった」

「そうなんだ……ねぇ、峻君、その時――」

「奈亜もいたよ。一緒に見てた」

 董子の言葉を遮って峻が言う。今度は奈亜と一緒に花火を見ていたことを。

「奈亜と一緒に……」

 董子がまた顔を伏せる。その表情は、どこか悔しげだ。しかし、董子はその表情をすぐに消し去ると、峻を見上げて微笑む。

「そ、そうなんだ。でも、よかったよ。峻君が行っちゃった後にすぐ奈亜とも逸れて……それで二人とも花火が終わってから戻ってくるし……だから花火見れなかったんじゃないかって思ってたから……」

 董子は微かに語尾を震わせながらも、それを悟られないように笑顔は崩さなかった。峻はそんな董子の配慮を感じ取りながら言葉を紡ぐ。

「花火の間、奈亜といろいろ話してたんだ。昔のこととか……これからのこととか」

「そうなんだ……」

「それでな、董子」

 少しだけ言葉に力を込めて、峻は董子の名前を呼んだ。またうつむきかけていた董子は、それにハッとなって顔を上げた。

「董子にも話しておきたいことがあるんだ」

 そう言って、峻は董子へ微笑みかける。

「……話しておきたいこと?」

「うん、昼間……正確には昼前だけど、学校で言ってくれただろ? 『待ってる』って。だから、それに甘えようかなって」

「え……?」

「それに、一度家に帰った時に、俺も『もう少し待ってくれ』って言ったろ? あれを含めて全部、董子には話しておきたい。……いや、俺が話したいんだ。自分の為にも……聞いて、くれるか?」

 董子の目をまっすぐに見て、峻は言う。董子は、すぐに返事ができず固まっていた。だが、その目は、しっかりと峻の視線を受けとめていた。

 数拍後、董子は固くなっていた表情をゆるめて、口元に優しい笑みを浮かべると、頷いた。そして、

「はい、聞かせてください」

 峻のすべてを受け入れるように、そう返事をした。


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