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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
5章 夏の終わりに
63/69

12.

 商店街へ一歩立ち入ると、そこはすでに普段の日常とは隔絶された別世界だ。

 メインストリートの左右には、所狭しと露店が並び、売り手の人々が額に汗を浮かべながら鉄板上で食べ物を作っている。頭上には提灯が掲げられ、祭りの雰囲気を盛り上げていた。

 とはいえ、そんな祭りの情景に思いきり心を躍らせるほどに峻たちは子供ではなかった。ただ一名を除いて、

「峻兄! これおいしそうだよー!」

 その一名である睦が、商店街に入ってすぐの露店に張りついていきなり目を輝かせていた。見ているのは祭りの定番ともいえる焼きそばの店だ。

「おいおい、焼きそばならこれから先にもいっぱいあるぞ。いきなり食べなくても……」

「えぇ……だってさー、おいしそうだし」

 峻の指摘に、睦が口をとがらせて文句を言う。

「いらっしゃい! お兄さん、可愛い妹さんの頼みじゃない。ぜひ、一つ買ってくださいよ。少しならサービスするよ!」

 すると横から焼きそばを焼いていたおじさんが、満面の笑みと共に口を挟んできた。どうも睦に狙いを定めたようだ。

「だって! ね、峻兄、買おうよぉ」

 睦の方もその売り文句に乗せられて峻に迫る。

「その焼きそば、私も食べたいなー」

「えっ?」

 峻が振り返ると、董子がいたずらっぽい笑みを浮かべていた。そして、可愛く小さく舌を出す。少しだけ峻を困らせてやろうという意図を含んでいた。董子もまたどこか祭りの雰囲気に浮かされているのかもしれない。

「おいおい……董子まで――」

「お兄さん! そちらの可愛い彼女さんまで言ってるんだから、おひとつどうぞ!」

 売り手のおじさんの積極性もさらに増して、峻の言葉を遮って売り文句を述べる。

「はははは……」

 峻は乾いた笑いを発しつつ、妹でも彼女でもないですけどね、と心の中で呟く。

「分かったよ。とりあえず、一つでいいよな?」

 これ以上言い合っても意味がないと悟った峻が二人に聞くと、董子と睦が笑顔で頷く。

「おじさん、一つお願いします。……大盛りで」

「はい、毎度ありー!」

 おじさんが勝ち名乗りのように高らかに言うと、蓋付きの白い長方形のプラスチック容器に、気持ち多めに盛られた焼きそばを手渡してきた。


「あー、おいしかった」

 焼きそばを食べ終わった睦が満足げな顔をして言う。

「そいつはよかった」

 そんな睦の様子を見て、峻はなんだかんだと言いながら笑みを浮かべていた。祭りの雰囲気に溶け込むにはかえってよかったのかもしれないと峻は思った。

「さ、行くぞ」

「うん!」

 峻が歩き始めると、その後に董子と睦が続く。目的は一つ目のガラクタ細工だ。

「あー! あのりんご飴――」

「ダメ」

「くじ引き! 一等はクマのぬいぐるみ――」

「ダメ!」

「に、錦鯉すくいだって! 一本釣りして――」

「ダメだって言ってるだろ!」

 右にうろうろ、左にうろうろと紆余曲折しながらもなんとか目的の場所にたどり着く。

「……つ、疲れた」

 ガラクタ細工の前まで来ると、峻は肩で息をしながら膝に手を置く。いろいろなものに興味をひかれて、ふらふらと歩く睦を見失わないように捕まえるのに、峻はかなりの体力を要していた。人が多いからなおさら大変だった。

「ふふふ、お疲れ様。大変だね、睦ちゃんがはぐれないように見てるのも」

 その隣で峻を覗き込むようにして董子が微笑む。

「そう思うなら、少しは董子も協力してくれよ」

「ごめんなさい。でも、保護者な峻君が新鮮だったから」

 董子がまたくすくすと笑った。

(……もしかして一番楽しんでるのって董子なんじゃ)

 そんな疑問を抱きつつ、峻は上体を立て直すと、ガラクタ細工の方へと視線を移す。そこには、畳四畳分ほどのスペースが仕切られていて、そこに展示作品が飾ってある。展示スペースは、一般の人が入れないように、大人の腰より少し上くらいの高さまで簡易的な策が設けられていた。その最前列でガラクタ細工を眺めている睦の姿が見える。

「俺たちも見に行こうか」

「うん」

 峻も董子と共に睦がいる箇所へと向かう。

「へぇー、今年はゴジラか。よくできてるなぁ」

 作品を見て、思わず峻の口から素直な感想が漏れる。目の前の展示スペースにはブリキの缶や、廃材で見事なゴジラの姿が再現されていた。各作品の脇には、なにが作られたのか説明文が掲げてあるが、それを必要としないほどのクオリティだ。

 雄々しく、高々と空に向かって方向を上げている。

「ゴジラってなに?」

 峻の顔の下から睦が聞く。

「ん、怪獣だよ」

「怪獣?」

 峻が答えると、睦が不思議そうに首を傾げた。日本で最後の作品が作られたのが今から約十年も前の話だ。睦がぴんとこないのも頷ける。

「名前は聞いたことあるけど、私も見たことはないなぁ。たしか小学生の低学年くらいに映画のコマーシャルをやってた覚えがあるけど。峻君は、見たことあるの?」

 峻の隣で董子が聞いた。

「あるよ。結構昔の作品まで見たな」

「へぇ、好きなんだ、こういうの」

「あー……いや、なんていうか」

 董子の問いに峻は口ごもると、ぽりぽりと頬をかいた。そして、少し言いにくそうにしながら口を開く。

「奈亜が、好きなんだよ」

「え? 奈亜が」

「あぁ、あいつ昔から怪獣とかなんでか好きでさ。よく一緒にビデオとかで見てたんだ。その影響」

「そうなんだ」

 峻は董子に説明しながら、嬉々として怪獣のカッコよさについて語る奈亜の姿を思い出して苦笑する。

「そう、あいつこんなの見たらすごく喜ぶだろうな。きっとめちゃくちゃテンション上がると思うぜ」

「ふーん、そっかぁ」

 董子がなんとも言えないあいまいな笑みを浮かべる。そこで初めて、峻は自分が楽しそうに奈亜のことについて語っていることに気づいた。

「ま、まぁ、昔の話だよ。昔のな」

 気づいて途端、峻はその話を打ち切ろうとした。

「さ、そろそろ行こうか。他にもいっぱいあるし」

 そう言って、展示品の前から抜け出し、二人を先に促そうとした。その時、

「あ、これすごい! ゴジラ!」

 どこかで聞いたような声が峻の耳に届いた。いや、峻にはその声の持ち主がすぐに分かった。聞き違えるはずがない。それは、奈亜の声だった。

 勢いよく峻は声の方向へと振り返る。そこには峻の予想通り、展示スペースの前で、作品に向かって指をさす奈亜とそれに寄り添うように立つ脩一の姿があった。


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