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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
5章 夏の終わりに
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9.

「説明は以上! 学校案内の補佐にあたっている生徒は、担当の場所まで移動すること」

 先生の号令を聞いて、生徒たちが移動を始める。それぞれの担当箇所に向かっているのだ。そのほとんどが第二校舎へ足を向けている。そんな中、峻が向かうのは第一校舎、その三階だった。

 午後からの学校案内で、峻が担当を任されたのは、普通の教室。しかも自分の所属する二年四組だ。これは峻にとってはかなり問題だった。

 なぜなら生徒たちには、担当する教室の簡単な説明なども任されているためだ。

(普通の教室の説明って……どうすりゃいいんだ)

 わざわざ学校案内で普通教室の説明なんていらないだろうと峻は心から思ったのだが、学年主任で自分のクラスの担任でもある近田教諭の提案なのだから断るわけにもいかない。

 おまけに「君なら大丈夫だ」と他の先生が説明中にも関わらず、小太りした体型を揺すりながら激励にも来てくれていた。

(まぁ、無難な説明をしておけばいいか……)

 峻は頭の中で適当な文面を考えつつ教室に向かって行った。


 午後二時過ぎ、学校案内九組目の集団が二年四組を去っていく。それを笑顔で見送ると、峻はふぅとため息をついた。

(次でラストか)

 峻は壁にかけられた時計を見た後、教室の入り口へと目を向ける。

 学校案内は参加者を十組に分けて行われていて、たった今九組目が終わったところだ。なんとか無事に終了しそうだった。一時はどうなることかと思った教室の説明も、簡潔にまとめて喋ってみれば案外に好評だったな、と峻は思った。

 午前中の説明でもかなり大甘な説明をしたのだろう。峻自身でもこんなに綺麗事ばかりで大丈夫かなとも思えた説明にもみんなふんふんと頷いていた。

(あんな説明でも九回も喋ると本当に思えてくるから不思議だな)

 そんなことを思いながら峻が苦笑していると、廊下の方から大勢の足音が聞こえてきた。最後の組が回ってきたのだ。

「よし、やるか」

 一言気合を入れ直すと、座っていた自分の席から立ち上がって入り口の方へと移動する。開かれたドアから廊下を見る。集団の先頭にいるのは近田だ。この組の引率らしい。

 集団が十分に近づくのを待って、峻は挨拶をした。

「こんにちは」

 すると、集団のあちらこちらから挨拶が返ってくる。それが一段落するのを待って、「どうぞ」と集団を教室の中へ導く。

 その中には、董子と睦、さらにはあの迷子学生の葛城楓の姿もあった。

(さて、あとは説明をして終了、と)

 九回も繰り返したことから、慣れた様子で集団を導いた峻が、みんなの意識を自分に向けようと口を開けた時だった。

「えー、学生の方々は席に着いてください。どの席でも構いません。保護者の方々は申し訳ありませんが教室の後ろへ」

 と横から近田が声を張り上げた。

(は?) 

 予定にない行動に、峻は驚いた顔で近田を見た。その間にも中学生たちはそれぞれ席に着いていく。学生がすべて座ったのを確認した後で、近田は再度口を開いた。

「今から少し時間と取りまして、本校在学の学生への質問タイムといたします」

(し、質問タイム!?)

 近田の口から出た言葉は、峻にとっては衝撃的だった。そんな企画があることはまったく聞かされていないのだから。

 ざわざわと少しざわめく教室の雰囲気を無視して、さらに近田が話を続ける。

「回答者はここにいる桐生峻君。彼は私の受け持つクラスの学生でして、前回のテストで学年一位にも輝いた優秀な生徒です。本校志望の皆さんのどんな質問にでも答れますよ。な、桐生君」

 そう言って肩をポンと叩かれる。峻は思いっきり反論したいところだったが、理性がなんとかブレーキをかけた。

「ちなみに彼には今回の企画は話していませんので、お堅い回答は考えてきていません」

 わざわざ近田が注釈を加えると、保護者の間からどっと笑いが漏れる。たぶん冗談だと思っているのだろう。

(冗談だと思いたいのはこっちの方だよ……しかも学年一位とか無駄にハードル上げやがって……近田のやつ、自分のクラス自慢をしたいだけのくせに)

 峻は心の中で近田を罵ってみたが、それで事態が好転するわけではない。近田の方を見ると、自分の役目は終わったとばかりに腕を組んでニコニコとした笑顔を保護者に振りまいていた。

(……しかたない)

 峻は覚悟を決めると、正面を向き、営業用の笑顔を作った。

「皆さん、こんにちは。ただ今、紹介に与りました桐生峻といいます。この学校の二年生で普段はまさにこの教室――そこの君が座っている席で勉強をしています。……で、では、自己紹介はこの辺にして、時間もないですし質問を受けたいと思います。質問ある方は挙手の上、お願いします」

 峻は、自己紹介を早口で終えると、中学生たちに質問を促す。さっさと質問を受けてこの時間を終わらそうと思っていた。

 しかし、ここで問題が起きた。誰も手を挙げないのだ。中学生たちは、みんなお互いを牽制し合うように視線をきょろきょろと周囲に動かしている。

「な、なんでもいいですから、聞きたいことはドンドン聞いてください」

 これは近田も予想外だったらしく、少し慌てた様子で中学生たちに声をかける。しかし、一旦牽制しあってしまうと、中学生たちも気まずいらしくなかなか一人目が出てこない。まるで氷から誰かが飛び込むのを待つペンギンたちのようで、みんな『ファーストペンギン』の出現を待っているみたいだった。

(おいおい……どうするんだ、これ)

 峻も半ばあきらめた感じでこの様子を見ていると、

「はい」

 これまた予想外の箇所から声がした。教室の後ろ、保護者に紛れて手を挙げているのは――董子だった。

 当然、みんなの視線がそこに向く。視線の集中を受けて、董子は顔を赤らめながらも峻を見て少し詰まりながら言った。

「え、えっとー……この学校の魅力的なところってなんですか?」

 その質問を受けて、みんなの視線が今度は峻へと向く。視線の集中が解けた董子は、いたずらっぽく舌を少し出して、峻へと微笑む。

(……董子のやつ、こういうこと苦手のはずなのに)

 本来の董子は、率先して矢面に立つことはしない。しかし、ここであえて最初に手を挙げたのは、単純に峻が困っていたからだった。そのことは峻にもなんとなく伝わった。

 だから峻も午前中のことは忘れて、董子に微笑みを返す。そして、思考を切り替えて思案顔になった。

「魅力的なところ、ですか……そうですね」

 峻はそこで一度言葉を切ると、教室全体をぐるっと見渡した。

「みんながそれぞれに快活なところでしょうか。もっと簡単に言うと、とても自由なんです。もちろん最低限のルールはあります。しかし、みんながそれに則った上でそれぞれに自由に活動しています。スポーツにうちこむ人、勉学を頑張る人、バイトをして社会のことを学んだり、夏休みなのに学校に出てきて手伝いをしているボランティア精神あふれる人まで多彩です」

 峻が肩をすくめると、教室がまた湧いた。それが収まるのを待って、峻はもう一言付け加えた。

「人と人の関係性も悪くないと思います。例えば、こんな風に突然の無茶ぶりをしてくるユーモアたっぷりの担任の先生や、自分もこの学校の生徒なのに妙に答えづらい質問をしてくるクラスメイトもいますしね」

 峻がそれぞれ該当する人物に視線を当てながら言うと、近田は一本取られたとばかりに笑い、董子はまた視線が集中したために恥ずかしそうに顔を伏せた。それを見て、峻はしてやったりとばかりに笑うと、

「難しい言葉では語れませんが、単純にいいところだと思います。そう思えることが一番の魅力なんでしょうね」

 そう言って、峻は一つ目の質問の答えを締めくくった。

 教室がしんっとなる。あきらかに質問前とは空気が違っていて、中学生たちは少し尊敬したような目で峻を見ていた。そのまなざしは、他にもいろんなことを聞いてみたいと語っていた。

「はい」

「は、はい」

 そして、それは行動に表れる。何人かが手を挙げだしたのだ。

 それを見て、峻の少し横で近田がホッとした様子をしている。峻にもこの質問タイムが軌道に乗ったのが分かった。


「はい、では時間も押してますのですいませんが最後の質問にさせてください」

 何人目かの質問を峻が終えたところで、近田が横から声をかけた。

(やっと終わりか……)

 峻は内心でホッとしながら最後の一人、一番前列で元気よく手を挙げている男子学生を当てる。

「はい、えっと、彼女いますかー!?」

(おい……)

 教室にまた笑いが起こる。これには峻も苦笑いだった。まさか、自分が古典的でありきたりな質問を受けるとは思っていなかったからだ。

「残念ながらいません。いたら夏休みにボランティアしてないって」

 男子学生にそう返しながら、峻は自分でも無意識に董子を見た。董子も峻を見ていて、二人の目が合う。が、峻はなんだか気恥ずかしくなってすぐに視線を逸らした。

「はい、では最後にオチもついたところで質問タイム終了です! 時間がおしていますので、すいませんが皆さん急いで移動お願いします」

 近田の一言で中学生たちがざわつきながら立ち上がる。我に返った峻も急いで教室の入り口へと移動し、集団を見送る。

 集団の最後尾は董子だった。董子は峻のところで立ち止まると、

「さすが学年一位。かっこよかったよ」

 と小声で言う。

「冗談……というか、初っ端に難しい質問するなよ」

 峻が董子を少しジト目で見る。

「でも、助かったでしょ?」

 董子はにこやかに小首を傾げた。

「……あぁ、助かった。ありがとう」

 峻も微笑みながらそう返す。そして、教室から出て行く董子に言う。

「終わったら正門のところで待っていてくれるか? 俺も行くからさ」

「分かった。そうするね」

 そう言い残して董子の姿が角へと消える。それを見送った後、峻は緊張から解放されたことで大きく息と吐くと、一番近くにあった机に突っ伏した。


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