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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
5章 夏の終わりに
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8.

 峻が階段を一階までおりて、正面玄関まで行くとちょうど董子と睦が靴を履き替えているところだった。

 董子は甲城大附属の夏用の制服を、睦は自分の中学校の半袖のカッターシャツとスカートという格好だ。

「あ、峻兄!」

 峻の姿を見つけた睦が笑顔で駆け寄ってくる。

「こら、廊下を走ってると、今のうちから落第点出されるぞ」

「あ……」

 峻が冗談を言うと、睦はそれを真に受けて、絶望的な表情をしながら周りをきょろきょろと見た。周囲にいる甲城大附属の先生のことを気にしているのだ。

「大丈夫だよ、睦ちゃん。先生もそれくらいじゃ落とさないと思うから」

 まだおろおろしている睦に背後から董子が優しく声をかける。

「おはよう、董子」

「おはよー、今日も暑いね」

 朝の挨拶を交わしながら、董子が軽く頭を下げる。その後ろで、今日はポニーテールに結った髪が揺れていた。

「や、やっぱりこれくらいじゃ大丈夫だよね? 董子さん」

「うん。もし、そんなことで睦ちゃんを落とすような先生がいたら、私が抗議してあげるよ」

「あ、ありがとうございます!」

 睦が女神でも見るようなまなざしを董子に送る。昨日の『フォレスト』での時間と、今日で二人はとても仲良くなったように峻には見えた。というか、睦が憧れる大人な女性リストに董子も入ったということだろう。

 峻は目の前の二人の関係を微笑ましく思いながらも、もう少しだけ睦へ意地悪をする。

「いや、俺の方から先生に言うかもしれないぞ? 廊下走ってましたよ、うちの従妹はって」

「しゅ、峻にぃ、それはダメだよぉ……」

「ははは、冗談だよ。この後、睦がちゃんとしてれば言わないって」

「ちゃんとしなかったら言う気なんだね……」

 峻の冗談とも本気ともとれる発言に、董子が苦笑いをする。 

「もちろん。例えば、説明会中に寝るやつとかがいたらな」

「うっ……」 

 峻がジト目で睦の方を見ながら答える。睦は気まずそうに首をすくめていた。

「大丈夫、睦ちゃんは私がちゃんと見てますから。それより峻君、あんまり睦ちゃんをいじめたらダメだよ」

 少し誇らしげに本物の保護者のようなことを言った後、董子は頬を膨らませて峻に言う。峻はそれに肩をすくめて答えると、二人を先へと促すように今おりて来たばかりの階段へと足を向けた。董子と睦もそれに続く。

 三人は他の参加者と混じりながら五階を目指す。階段をのぼり始めると、元気者の睦が三人の先頭になった。その二、三段下を峻と董子が肩を並べている。

 二階から三階へと向かう踊り場を過ぎた頃、そこまで無言だった董子が口を開いた。

「峻君」

「ん?」

「なにかあった?」

「え?」

 董子の質問に、峻は思わず聞き返す。それに答えて、董子が口を開く。

「今日の峻君、なんだか無理してる気がする」

 董子がその大きく愛らしい瞳で、峻をジッと見上げる。この質問は昨日の夜にも睦にされたので、これで二度目だ。しかし、奈亜や脩一とのやり取りを直接見られたわけじゃない董子に問われたことに、峻は驚いていた。

「そ、そんなことないよ」

「本当に? もし、悩んでることがあるなら、私、相談に乗るよ?」

 少し表情を曇らせながら董子が言う。その表情から、峻のことをとても心配しているのが分かる。

「大丈夫だって。……董子は心配性だな。ま、他人の立場に立って物事を考えられるのは、董子の良いところだけど」

 峻が質問への答えから逃げるように、苦笑いを浮かべる。すると、それを聞いた途端、董子は立ち止まった。場所は四階から五階へ上がる踊り場だった。

「董子?」

 立ち止まって顔を伏せる董子へ、峻が声をかけた。すると、董子が呟く。

「……他人じゃないよ」

「えっ?」

「私は今、峻君のことを考えてるんだよ?」

 スッと顔を上げて董子が言う。その顔は少し怒っているようにも見えた。

「……俺のこと、を?」

 董子のまっすぐな視線と言葉を浴びて、峻はたじろいだ。と同時に、胸が大きく脈を打つのを感じた。言葉は紡げない。けど、董子から視線を外すこともできなかった。時が止まったように二人は見つめ合う。

「峻にぃ……?」

 が、その時峻の後方から睦の声がした。峻はハッと気がつくと、声の方向へと振り返る。階段をのぼりきった先で、不思議そうに二人を見つめる睦がいた。階段をのぼった後、峻と董子の二人がついてきていないことに気づいて、声をかけたのだろう。

「あ、悪い……」

 峻はどこかほっとしたように息を吐くと、睦に謝った。その峻の横を董子が駆け上がる。

「睦ちゃん、ごめんね。私が荷物落としたのを峻君が待っててくれたの」

「そうなんだ」

「さ、行こ。――ほら、峻君も」

 睦に笑いかけた後、董子は振り返って峻を呼ぶ。いつもの微笑みよりは、少し複雑な思いが混じった表情で。

「……あぁ」

 そう呟いて、峻は階段を二段ほど上がる。しかし、そこでぴたりと立ち止まると、思い出したようにして言った。

「あ、そういえばまだ昼からの準備が残っているんだった……それに行かないと。董子、睦のことよろしく頼む。睦、ちゃんと説明聞いておけよ」

 かなり強引に話を進めて、さらに二人からの返事を待とうともせずに、峻は踵を返しかける。

「峻君」

 そんな峻を董子が呼び止めた。

「……私、待ってるからね?」

 そして、優しく微笑む。峻のことを包み込むような笑みだった。

「あ、あぁ……えっと、準備終わったら学食に行くから、もし一緒に昼ごはん食べれるようなら食べような」

 董子の『待ってる』という言葉が、昼食のこと言っていないことくらい分かっていたが、峻はわざと間違った答えを返す。そして、手を振りながら、階段を素早くおり始めた。踊り場を曲がると、董子と睦の姿はすぐに見えなくなる。しかし、なにかに追われるように峻はさらに二階分の階段をおりるまで立ち止まらなかった。

(……なんだ今の……言い訳、強引すぎるだろ)

 三階まで到達し、歩みを止めた峻は、自分の行動を今さらながら罵る。

(なにやってるんだよ、俺は……)

 そう思い、肩を落とす。

 ここ数日、いろんなことが起こり、そして今日、その根源となった脩一との会話を終えていた峻には、今の董子の言葉がすごく眩しかった。

 あの直球とも取れる董子の言葉に、峻の心は激しく揺さぶらていた。あの一瞬、董子の優しさにすべてをゆだねてしまいそうになった自分がいるのを感じて、峻は思わず逃げ出してしまったのだ。

(こんなことに董子を巻き込むわけにはいかない……)

 峻はそう思っていた。

 あの日の出来事には、董子は間接的に関わっている。だからこの関係の話をすれば察しのいい董子は気づいてしまうはずだと峻は考えていた。そして、傷つくだろうと。

 母親のことで今も本当は大変なはずの董子へ、さらに負担をかけることは峻にはできない。……たとえ、そうなることを董子が望んでいたとしてもだ。

「くそ……」

 峻は人気のない廊下で一人たたずむ。峻が自覚しているより深い所で、心がぎしりと不穏な音を立てた。


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