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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
5章 夏の終わりに
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6.

 次の日、時間は午前九時過ぎ、峻は学校にいた。今日も空は青く、太陽が夏の輝きを見せている。汗で半袖のカッターシャツが背中に張りつくのを感じた。さっきまで説明会の準備のために荷物などを運んでいたせいだ。

「峻、ありがとう。とりあえず午前中は終わりだ。また午後からよろしくな」

「了解」

 峻に手伝いを依頼した生徒会の男子学生が、準備の終わりを伝えてくれた。本人はこの後もいろいろする予定なのだろうが、手伝いで来ている峻の役目は一旦終了ということらしい。

「朝先生が説明したと思うけど、今日は学食で飯食えるから。時間は十一時半から十二時半までな。ただし、十二時からは一般の人が来るから、早めに食うことをおすすめしとくよ」

「分かった。そうするよ」

 手を上げて答えると、男子学生は頷いた後、歩いて行った。

 一人になった峻は、もう一度今日の予定を頭の中で整理する。

(えっと……受付開始は九時半だったな)

 まずは九時半から十時半までの間に説明会の受付が正面玄関口で行われる。そして十時四十五分から第一多目的室でプロジェクターを使った学校の説明会が開始される予定になっていた。これが十二時まで。

 そして参加者は学食で昼食を食べた後、午後一時から約一時間半の予定で校舎を見学して周る。これが説明会の内容だった。

 峻の役目は、説明会開始までの準備――正面玄関の清掃と靴袋やスリッパの用意だとか、経路案内の張り紙の設置、説明会場の机やイスの用意など――と、午後からの学校見学の誘導員補佐を任されていた。

 なので、今から午後一時まではやることがない。

「ふぅ……一息つくか」

 峻は息を吐くと、自動販売機が設置してある場所まで水分を求めて歩くことにした。途中、校門の方を見ると、遠目だが説明会参加者と思われる人たちが歩いているのが見えた。

(睦のやつ大丈夫かな……)

 峻の脳裏に、昨日心霊番組を見てしまい、夜に一人で眠れないと泣きついてきた従妹の顔が浮かんだ。結局、しかたないので、一階に予備の布団を引っ張り出して並べて寝た。さらに手を握ってくれと言うから手も握ってやった。

(ま、おかげで安心して眠れたみたいだったけどな)

 いつの間にか驚くほどに内面が成長していたと思えば、そういったところはいつまでも変わらない、そんな睦を思って峻は苦笑した。

 その睦は、十時に校門で董子と待ち合わせた後、説明会に参加するようになっていた。今頃は朝食を食べて、いろいろと準備をしているのだろう。

 グランドの方からは、運動部の元気な声が聞こえてくる。今日はサッカー部と陸上部、ソフトボール部に専用グランドの方で野球部が活動しているはずだ。野球部という単語である人物を連想してしまうが、峻はそれを頭から追い出した。

 そして、ようやくたどり着いた自動販売機でスポーツドリンクを購入すると、その場で蓋を開け、三分の一ほど一気に飲み干す。渇いた喉に水分が染み渡る。

「ふぅ……」

 自動販売機の付近に並べてあるベンチに腰かけ、目を閉じる。ベンチがある場所は、簡易な屋根がついているため、一応は日陰である。直射日光を浴びるよりは幾分か暑さはマシだ。

 そのため、一度腰かけてしまうと、もう一度立ち上がるのが億劫になってしまい、峻はそのままの体勢でしばらく動かずにいた。

 特別になにかを考えているわけでもなく、ただ眼を閉じていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。足音にかちゃかちゃという金属音が混じっていることからスパイクを履いていることが分かった。

 運動部に知り合いがいないわけではないが、今話すことも特にないため、峻は目を閉じたままじっとしていた。

 足を音は、峻から少し離れたところで止まった。自動販売機に飲み物でも買いに来たのかと思っていた峻だったが、お金を入れる音も聞こえない。足音の主は、立ち止まったまま動かない。そのことを不思議に思った峻は、閉じていた目を開いた。すると、すぐに足音の主は見つかった。

 元は白だったのだろうが、グランドの黒土の汚れがついてくすんだ色になっている野球のユニフォームを着ている。文字の入っていないシンプルなユニフォームは練習用だ。

 そんなユニフォーム姿の足音の主は、峻の方を見ていた。二人の目が合う。

「脩一」

「峻……」

 そこに立っていたのは、ここしばらく会っていない、そして奈亜から伝えられてからも一度も連絡を取っていなかった脩一の姿があった。

「なんでここに……」

 脩一が呟く。本人としては、言うつもりはなかったが、思わず漏れてしまったという感じだ。だが、峻はそれに答えを返した。

「今日、学校説明会だろ。その手伝いで、な」

「そうか……」

「…………」

 お互いにとって気まずい沈黙が流れた。

「あの……」

 その沈黙を破ったのは、脩一の方だった。なにかを決意したような顔で峻を見る。

「座っていいか?」

「あぁ」

 峻もその決意がなんに対しての決意なのかは分かっていた。だから脩一の願いでを断るようなことはしない。

 脩一が、峻の隣に座る。それと同時に、また沈黙が訪れるのを拒むように峻が口を開いた。

「部活はいいのか? こんなところでサボってたら怒られるぞ」

「……今は、一年生同士のミニゲームをやっているから、二年生は各自個人練習中なんだよ。だから大丈夫だ。それに……」

 そこで脩一は一旦言葉を切って峻を見た。そして、

「今はこっちの方が大事だから」

 そう言い切った。

「……奈亜とのことか?」

「っ……」

 峻は話を引き延ばそうとせず、一言目から核心をつく。脩一はそれに少し動揺して、顔をしかめた。が、すぐに表情を引き締めて口を開いた。

「峻、ごめん……俺は……」

「お前は謝るようなことしてないだろ?」

「したさ! 俺はお前を裏切った! お前と愛沢さんの仲を知っていたのに……」

 自分のしたことを思い出し、後悔するように語る脩一に、峻は言葉を返す。

「俺と奈亜の仲を知っていたなら、あいつとは幼馴染以外のなにものでもないってよく分かったはずだけど?」

「違うだろ? 峻、お前本当は愛沢さんのこと――!」

「……あいつはただの幼馴染だよ」

 峻は小さく首を左右に振ると、あくまで淡々とした口調で語る。

「昔、あいつとそう約束した。そして……今でもあいつはそれを望んでいる」

 その言葉を聞いた時、脩一の脳裏にはあのテスト期間に奈亜が言っていたことが浮かんでいた。

 《でね、私に言ってくれた。『ずっと一緒に居てくれる』って。『ずっとお前の幼馴染でいる』って……あの時の峻はとっても優しかったな》

 という言葉だ。峻はその約束のことを言っているのだ。

「けど……峻! その『ずっと』っていつまでだよ? お前はいつまで愛沢さんの幼馴染を続けるつもりだよ?」

 峻に自分のしたことを謝る、という最初の気持ちからは話が少しずれてしまっている。しかし、脩一は聞かずにいられなかった。

 峻は一瞬目を大きく開いたが、すぐに元の表情に戻す。そして間を置かず答えた。

「だから『ずっと』だよ。……強いて言えば、あいつのことを、奈亜のことをしっかりと任せられる相手ができた時まで、かな」

 峻がベンチから立ち上がる。視線の先、青空に浮かぶ入道雲を少し眩しそうに見つめた。そして、ベンチに座ったままの脩一を見下ろすと、

「その相手が、お前だってことを祈ってるよ」

 そう言って微笑む。親友へ精一杯の祝福を込めて。

「峻……」

 脩一は、峻の表情を見てなにも言い出せずに顔を伏せた。

「それに……」

 それの脩一へ、峻がさらに語りかける。

「俺がもし……例えばの話だけど……お前の想像したような感情を奈亜に持っていたとしても……俺は、それを口に出して伝えなかった。その勇気がなかったんだ」

 昔、一度だけその感情を表に出したことは脩一に伝えずに、あくまで現状だけを見て峻は続ける。

「けど、お前は伝えたんだろう? 自分の言葉で、自分の気持ちを。だったら、それだけで俺よりは、奈亜に相応しいと思うぜ」

「…………」

 峻はもう一度微笑んだ。脩一は無言のまま峻を見つめる。

「さて、俺はもう行くよ。まだやらなきゃならないことがあるしな」

「峻、お前……やっぱり……」

「例えばだって言ったはずだぞ?」

「けど……それでも俺は……」

 手で顔を覆い、肩を落とす脩一に峻が言う。

「気にするなよ。でも、どうしても気になるっていうなら、今日の『納涼祭』でたこ焼き奢れ」

「えっ?」

「俺一人じゃなくて、俺と俺の従妹と、それに董子もいるから三人分だ。それでチャラにしてやるよ」

 ポカンと口を開けて、意味が分からないといった表情の脩一へ、峻がにこやかに笑う。

「どうだ? いい条件じゃないか?」

「……ふっ、ふふ」

 脩一の口から含み笑いが漏れる。そして、なにかを吹っ切るように大きく息を吐いた。

「分かった。それで勘弁してくれ」

「気分によってはイカ焼きと焼きトウモロコシが追加されるかもしれないがいいか?」

「好きにしてくれ……お人好し」

「よし、焼きそばとフランクフルトも追加だな」

「どんだけ食う気だよ!」

「ははははっ」

 内面の深い所は分からない。だが、表面上はいつも通りに二人は戻る。それが良いことなのか、悪いことなのかは、今の段階では誰にも分からない。


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