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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
5章 夏の終わりに
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4.

「ありがとうございましたー」

 店員の声に押されながら、峻は店の外へ出た。午後六時を過ぎ、太陽は少し傾いてはいるものの、まだ頑固に西の空に鎮座している。さらに足元からは、昼間に熱せられたアスファルトがその熱を放出しているためにまだまだ暑い。

 手に食い込むビニールの手提げ袋がを眺めると、今コンビニで買ったばかりのペットボトルが映る。一・五リットルの大きいものが三本、そしてお菓子の袋が何袋か。現在、峻の家に来ている睦のために買い込んだものだ。

 峻は、足を家に向ける。バイト先に来ていた睦は先に帰宅済みだ。董子とみっちり一時間話した後、満足して帰っていった。

 峻はのんびりと帰路に着く。コンビニから家まではすぐ近くだ。見慣れた風景を眺めているうちに自分の家が見えてくる。

 と、その時、玄関が開くのが見えた。

「あ、峻! ちょうどよかった」

 少し慌てた様子で、母親の恵美が峻を手招きする。

「なに?」

「ごめん! 私ったら友達と食事する約束があったのすっかり忘れてたのよ。一ヶ月も前に約束したことだから断れなくて。だからちょっと行ってくるわ」

 そう言って恵美は顔の前で手を合わす。よく見ると、服装もお出掛け用のものだ。

「おいおい……晩ご飯どうするんだよ?」

 本日二度目の母親の忘れっぽさに呆れつつも、当面の問題について聞く。

「大丈夫! もう全部用意してあるから! あとは焼くだけだから! それじゃ!」

「いやいや……ものすごく説明不足だぞ」

 そう言ってあきれる峻を置いたまま、恵美はさっさと行ってしまう。

「はぁ……まったく母さんは」

 峻はため息をつきながら玄関のドアを開ける。

「ただいまー」

「おかえりー!」

 峻がいつもの癖で口にした言葉に今日は元気な返事がついていた。リビングの入り口から顔をぴょこんと出して、笑顔の睦がこっちを見ている。

「ねぇ、峻兄! たいへんたいへん! おばさんがね」

「あぁ、聞いてる。なんか焼いて食べろって言ってたけど」

「うん、今日は焼き肉だって!」

 峻が靴を抜いで廊下へ上がる。そしてリビングに入ると、テーブルの上には恵美が買ってきた肉が乗っていた。

(焼くだけって単語でなんとなく想像してたけど……焼き肉かぁ)

 焼き肉という選択は、今の峻にとっては非常にまずいものだった。なんといっても焼き肉は、自分の分だけ食べればいいというものではない。焼き役がいて、焼けた肉を配ったり、新しく肉を追加したり、どうしても食べる側と接触があるものなのだ。だからこそ親近感が湧くし、盛り上がる。本来はそんな楽しい料理だ。

 だが、今の峻にはそれが厳しい。

 奈亜と冷戦状態になっているこの状況では、その楽しい雰囲気になれる気がしないからだ。せめて二人っきりなら「好きに焼いて好きに食う」という選択肢もあった。しかし今日は睦がいる。今、隣でコンビニ袋の中身に興味津々の睦は、峻と奈亜の仲がどうなっているか知らない。毎年のような、いつものような二人だと信じて疑っていないはずだった。

 せっかく小旅行の気分で、峻の家へ楽しみに来ている睦を二人の微妙で険悪な雰囲気の中に巻き込みたくはなかった。

「峻兄! これ食べていい?」

「ご飯が先」

「えぇー!」

 ……巻き込むわけにはいかなかった。


「ただいまー」

「おかえりなさい、奈亜姉!」

「睦ちゃん! 久しぶりー!」

 靴を脱いだ奈亜と睦が抱き合う。お互いに満面の笑みだ。それを峻は数歩後ろで眺めていた。睦と抱き合ったままの奈亜と峻の目が合う。

 一瞬の邂逅――その一瞬だけ峻は心を開いた。最近は見せることがなくなっていた『幼馴染』の目をして、奈亜を見る。

 奈亜もハッとした顔をした。そして奈亜も久しぶりに見せる穏やかな笑みを浮かべる。たぶん峻の思っていることを理解してくれたのだろう。

「……おかえり」

「うん、ただいま」

 そしてそれを、これも久しぶりになった挨拶に変えて交わす。

「さ、奈亜も帰ってきたことだし、晩ご飯にしようか」

「うん!」

 奈亜から離れた睦が峻に笑顔を向けてきた。

(……これでいい。これで)

 偽りの休戦協定かもしれないが、今はこの笑顔が曇らないようにしようと、峻は思った。

「わぁ、今日は焼き肉なんだ。おばさんナイス! っておばさんは?」

「おばさんはお友達と食事会だったんだって! だから今日は三人だよ!」

「ふぅん……そうなんだ」

 リビングから奈亜と睦の会話が聞こえてきていた。それに釣られるように、峻も続いてリビングに入る。

「じゃあ、焼き役は峻ね!」

 峻が入るなり、奈亜がビシッと指を差してくる。

「……えっ?」

 そこにいたのはいつも通りの奈亜だった。そんな奈亜を見て、峻はつい対応が遅れてしまう。自分から仕掛けたはずのことを自分が実践できていない。

(ダメだろ……こんなことじゃ……)

 峻は頭を振って中身を切り替える。いつも通りの自分へと。

「だからー、肉のお守は峻の役目って言ったの。私と睦ちゃんに絶え間なく新鮮な肉を提供してね」

「……そんなに新鮮な肉がいいなら生のまま食え」

「ひどっ! どう思う? 睦ちゃん」

「ひどいです! 私だけならまだしも奈亜姉にまで!」

「睦、お前はその悪魔に騙されてるだけだぞ」

「ふふふっ、もう二対一、峻に勝ち目はないね」

「勝ち目はないよ! 峻兄!」

「……睦、さっきのお菓子はなしだな。ジュースも」

「えぇ!? それは困るよー!」

「なら、こっち来い」

「くぅ……ごめん……奈亜姉」

「ば、買収? というかそっちの方がひどくない?」

「黙れ、睦は俺のものだ」

「ふぇ!? しゅ、峻にぃ!?」

「睦ちゃんが誤解するようなことを言わないで!」

 睦を交えたいつも通りの会話で場を盛り上げる。意外とできるものだなと峻は内心でホッとした。

「まぁ、いいや。俺が焼き役やるから、さっさと席に着け。あ、奈亜は手を洗ってからな」

「りょーかい! じゃあすぐに洗ってくるね」

 そう言って奈亜から洗面所に行く。

「睦、今日はお前奈亜の隣に座れ」

「……いいの?」

「いいよ。肉焼いたりするのは一人の方がやりやすいからな」

「うん、分かった」

 睦は一瞬戸惑った後、俺の席に座る。

「おまたせー!」

 そこに奈亜が帰ってきた。そして、睦が峻の席に座っているのを見て、サッと峻に視線を移す。少し目を細めて睨んできている。

 峻はその視線を無視しつつ、奈亜に微笑み返す。

「どうした? 早く座れ。肉焼いていくぞ」

「……分かった」

 そう言うと奈亜がいつもの席へ腰掛ける。

(なんとかなりそうだな)

 そんなことを思いながら峻は、一枚目の肉を熱せられたプレートの上に載せた。


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