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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
5章 夏の終わりに
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3.

「うぅー……暇ぁ……」

「だから言ったろ……」

 いつものとおり人影のない『フォレスト』の店内。そのカウンター席の一番端に座った睦が、コップにささったストローをつまらなそうに噛んでいる。コップにはオレンジジュースが入っていたのだが、それも飲み干してしまって、残っているのは氷しかない。

「だってさー、もっとお客さんが来て、峻兄がババッと対応してるところ見たかったのにー……さっきからコップばっかり拭いてるんだもん。……イメージと違う」

「睦のイメージは分からなくないけどさ」

 睦の持つイメージは、たしかに間違っていない。一般的な喫茶店のイメージだ。が、この店に関してはこれが常識だ。

「メイドさんもいないしさー」

「お前、そのイメージだけはさっさとなくせ」

 どんだけメイドさんが好きなんだよ、と思いながら峻はコップを置くと、足元の冷蔵庫からオレンジジューズの入ったビンを一本出して栓を開ける。

「ほら」

「え? 私頼んでないよ?」

「心配すんな。俺のおごりだよ。それ飲んだら先に家に帰ってろ」

「わぁー、ありがと! ……でも、もう少しいていい?」

 オレンジジュースのビンを嬉しそうに受け取った睦だったが、それをすぐにコップへ注ごうとはせずにビンを持ったまま、上目遣いで峻に言う。

「これ以上見てもやることそんなに変わらないと思うぞ?」

「うぅん、いいの。峻兄のコップ拭くとこもう少し見ていたいから」

「変なやつ。まぁ、睦がそれでいいならいればいいよ」

「ありがと、そうするね」

 睦がニッコリと笑う。それに峻は手を上げて応じると、今度は棚の整理を始めた。


 チリーン……。

 来客を知らせる鈴の音が鳴ったのは、それから約三十分後だった。

「いらっしゃいませ」

 峻がその鈴に反応して声をかける。

 さすがに暇を持て余して、カウンターでウトウトしかけていた睦も鈴の音を聞いてぴょこんと顔を上げた。待ちに待った来客に、早速目を輝かせている。

「こんにちは」

 そう言って、ドアの向こうから顔を覗かせたのは、

「董子」

 あの日別れてから初めて会う董子の姿だった。あの日、見せてくれなかった微笑みが顔に浮かんでいるのを見て、峻は少しホッとした。

「入っていい?」

「店員にそれ聞くか? どうぞ、入ってください」

「はーい」

 董子が店内に入ると、峻は一度奥へと向かう。マスターに報告するためだ。そして、素早くそれを済ませて戻ってくると、カウンター席に腰かけて待つ董子へ、水の入ったコップとメニューを手渡す。

「ありがと」

 董子はそれを手に取る。董子は、睦からイス二つ空けた場所に座っている。

「うと……それじゃあ、アイスミルクティー。以上で」

 メニューをぱらぱらと捲った後、董子が注文する。

「了解」

 董子からメニューを受け取りながら、アイスミルクティーは、奈亜が董子へおすすめだと言っていたことを思い出す。

(それがどうした)

 そのどうでもいい記憶力に、峻は苦笑いを浮かべて奥へと入っていった。

 そんな峻の後姿を見つめていた董子は、ふっと左側からの視線が気になってその方向を見る。その方向には、目を輝かせた睦がいた。

「……えっと」

 初対面の小学生くらいの女の子になぜか興味を持たれているのが分かった董子は、あいまいな笑みを浮かべて睦に話しかけた。

「こ、こんにちは」

「あ、こ、こんにちは!」

 董子は軽く頭を下げる。一方の睦は、話しかけられるとは思っていなかったので、驚いてあたふたしながら頭を下げた。

「一人でここにいるの?」

「い、いえ、一人じゃないです」

 董子の問いへ、緊張気味に睦が答える。董子はその答えを聞いて、それほど広くない店内をざっと見渡すが、自分が入ってきた時と同じく、他に人影はない。一人じゃないと言っているのだから保護者がいるはず、と思ったのだ。

(トイレかな?)

 この店内で姿が見えなくなるといえばそれくらいしかない。が、トイレのドアに目をやると、ドアのロック表示は青になっていて、誰も入っていないことを示していた。

「あの……本当に一人じゃないの? お父さんかお母さんは?」

「え、はい。お父さんとお母さんはいませんけど、しゅ――従兄と一緒です。あ……今はどっか行っちゃったけど」

 睦の返事は、重要な点がぼやけていた。しかし、睦のことを小学生だと思っている董子は、違う捉え方をしてしまう。

(すごくしっかりした子だな、まだ小学生なのに。……けど、しっかりしているからって一人残して置いていくなんて! その従兄の人に連絡を取らないと)

「おまたせー」

 董子がそんなことを考えていると、アイスミルクティーをお盆に載せた峻が戻ってきた。

「峻君」

「どうした?」

「ちょっと来て」

「は?」

 董子が峻を手招きする。峻は困惑顔でカウンターから出ると、レジの辺りまで移動した董子に近づく。

「ねぇ、あの一番奥の席にいる子、いつからいるの?」

 小声ながらも強めの口調で峻に聞く。

「え、えっと俺が来た時からいるけど?」

 その勢いに押されて、峻は少し選ぶべき言葉を間違える。

「それって……もう一時間以上も放っておかれてるってことだよね? 峻君、あの子ね、従兄の人とここに来たって言ってるの。けど従兄の人なんて店内にいないよね。たぶん、あの子を置いてどっかに行ってると思うの。いくらここなら店員がいるから安全だからって……そんなの酷いよ。受け答えはしっかりしてるけど、まだ小学生なのに。ねぇ、峻君、あの子から連絡先を聞いて、その従兄の人に連絡取った方がいいよ」 

 鉄砲水のような勢いで喋る董子を、峻は目をパチパチさせながら見ていた。そして、董子が喋り終わると、真剣な表情でいる董子と、こっちを見て相変わらず目を輝かせている睦を交互に見た。そして、今の状況を理解する。

「董子」

「なに?」

 峻は、込み上げてくる笑いを必死に堪えながら、この状況への答えを言った。

「あの、あいつの従兄って、俺のことなんだけど」

「……へ?」




「ごめんなさい!」

 董子が顔を真っ赤にしながら睦に謝る。これで峻一人へと、峻と睦への謝罪も入れて三度目だ。

「もう謝らないでいいですよ。私、間違えられるのには慣れてますしー」

 董子の隣の席へ移動した睦が、董子に笑いかける。

「本当にごめんね、睦ちゃん」

「はい、気にしてません。董子さんも気にしないでください」

 そんな感じで、やっと二人の間でうまくまとまりかけた時、

「ぷっ……くく、くくく……」

 カウンターでその様子を眺めていた峻が、吹き出してしまう。

「峻君!」

「峻兄!」

 そんな峻へ、再度顔を赤くした董子と頬を膨らませて非難顔の睦がそれぞれ視線を送る。

「いやー、悪い悪い……だってさ、董子のあんな必死の表情見ちゃうと……くくく……」

「もぉ……峻兄は相変わらず一度笑いだすと止まらないんだから」

 睦がまだ頬を膨らませて言う。

「ゴホン……うん、もう大丈夫。……笑わ、ない」

「峻にぃ?」

「はい、ごめん!」

 やっと笑いが治まった峻を、睦がまだジト目で睨んでいる。

 その睦へ、気を取り直した董子が話しかける。

「えっと、睦ちゃんは峻君の家に泊まりに来てるの?」

「はい! 二泊三日の予定です!」

「へぇー、そうなんだ」

「はい! 最近はもっと早くに来てたんですけど、今年は予定があってこの時期にしたんです」

「予定って?」

「甲城高校の学校説明会です! 私、甲城に入りたくて! だから明日の学校説明会に参加してるんです!」

 睦がまた目を輝かせる。身をグッと乗りだして、今の心境を体でも表現している。

「睦ちゃん、甲城を狙ってるんだね。合格すれば私たちの後輩だ」

「はい! そうなんです!」

 元気に返事をし、ニッコリと笑う睦。その睦に、峻が横から喋りかけた。

「へぇ、睦って甲城狙ってたんだな」

「うん! 峻兄と奈亜姉みたいに大人な高校生になりたいからね!」

「その理由はどうかと思うが……。それはそうと、明日の学校説明会は誰と行くんだ?」

「へ? 峻兄とだけど? おばさんがどうせ暇してるからいいわよってこっちに来る前に言ってたけど」

 睦が、なんでそんなこと聞くの? とばかりに首を傾げる。

「……母さん、俺に言うの忘れてたな。睦、明日の学校説明会だけど、俺は学校側の手伝いをするんだよ」

「えぇ!? ホントに?」

「あぁ、委員会やってる知り合いが、人手が足らないって泣きついてきたからな」

「うそぉ……私一人か……」

 しゅんと睦が肩を落とした。

(たしかに……こいつ一人で行くと小学生に間違われかねん。そうなると厄介だしな)

 そんな睦を見て、峻も少し顔をしかめる。その時、

「あのー」

 話を聞いていた董子が手を軽く上げた。峻と睦の視線が董子に集まる。

「私でよかったら、睦ちゃんと一緒に回ってあげられるよ」

「ホント!? 董子さん!」

 董子の提案に睦が跳びつく。

「うん、明日は私も暇だし。それにどうせなら在学生の話を聞いた方が学校のイメージ湧きやすいと思うし」

「……いいのか? 董子はお母さんが……」

「うぅん、いいの。お母さんはもうすっかり元気になってるから」

 董子の母が、大事に至らず一命を取りとめたというのは、董子からのメールで知っていた。さらには、内臓等の重要器官も無事だったために、術後の経過もよく、三日前には意識も回復したらしい。ひとまず安心ということだった。

 そのこともあってか、今日は普段の董子に戻っている。そのことで、峻は秘かにホッとしていた。

「そうか、じゃあ頼んでもいいかな?」

「了解です」

「お願いします! 董子さん」

 睦が勢いよく頭を下げた。董子は、「こちらこそよろしくね」と答えて微笑んだ。

「あっ!」

 なにかに気づいたようにして、今度は睦が勢いよく頭を上げた。非常に忙しない動きだ。

「董子さん、もしよかったら明日説明会が終わった後、一緒にそのまま夏祭りに行きませんか!?」

「夏祭り……って『納涼祭』のこと?」

「はい! 私、峻兄に連れて行ってもらう予定なんです!」

「おい……それいつ俺に伝えた?」

「今伝えてるー!」

「だろうな……」

 悪びれもなく、ニコニコ顔の睦に峻は肩を落とした。この顔をされると反論する気さえ失われる。

「董子さんも一緒にどうですか?」

「えっ……私も?」

 そう言うと、董子はチラリと峻の方を見る。そして、頬を少し赤く染めた。

「おいおい、睦。学校説明会に一緒に行ってくれるだけでもありがたいのに、そこまで無理を言うなよ。董子にだって――」

「無理じゃないよ!」

 峻の言葉を遮って、董子が言う。

「……董子?」

「わ、私も一緒に行かせてください!」

「いいのか?」

「うん! 一緒に行きたいです」

「わぁ、やったぁ! ね、峻兄! 董子さんもこう言ってるし、いいよね? ね?」

 董子の手を握って、睦が喜ぶ。董子も嬉しそうに笑顔でいる。となると、峻には特に否定する理由はなかった。

「分かったよ。なら、『納涼祭』も一緒に行くか」

「うん!」

「お願いします」

 笑顔で喜ぶ二人を見ながら、これはこれで気分転換になるかもと峻は思った。

「ねぇ、睦ちゃん。飲み物なにか飲まない? 私もおかわりするから」

「え?」

「お礼にご馳走するよ?」

「いいんですか!?」

「おいおい……」

 また止めに入ろうとする峻を、董子が笑顔で制止する。

「いいの、これはお礼だから」

「……お礼ってなんの?」

「――秘密」

「ん?」

 峻から目を逸らして、董子が呟いた。峻にはその意味が分からない。

「もういいから。峻君、私、次はアイスレモンティーでお願いします」

「お、おう、分かった」

「えっとねぇ……じゃあ私もアイスレモ――!」

「お前はオレンジジュースな!」

「はわっ!」

 穏やかに時が流れるのを峻は感じていた。そう思えるようにしてくれた董子と睦に、峻は心の中で感謝した。


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