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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
5章 夏の終わりに
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2.

「ふぁ……」

 次の日、峻が目を覚まして欠伸をしたのは、昼も間近といった時間だった。遅い起床だが、夏休みだからなんの問題もない。今日はバイト以外に、特にこれといった予定もなかったので、なおさら問題もないはずだった。

 ここ数日と変わらない平凡でなんの変哲もない一日の始まり――、

「峻にぃ!」

 は、およそ予想外の形で破られることになった。


「昨日言ったでしょ? ちーちゃん来るって」

 恵美が昼食――峻にとっては朝食の――準備をしながら言う。

「そういえば……言っていたような」

 昨日、階段の途中で思案したことの答えは今、テーブルを挟んで対面のイスに座っている。

「おばさんの蕎麦っておいしいんだよねー」

 なんて言いながらテーブルに両手をついて、その上に顔を乗せ、ニコニコ顔の少女。黒髪ショートボブ、飾りっ気のない無地の半袖シャツからのぞく肌はこの時期に相応しく健康的な小麦色だ。

 その面立ちはまだ幼さが残るというよりすごく子供っぽい。だからきちんと整った顔はしているものの、綺麗とかじゃなく、愛嬌のある顔っというのが一番しっくりくる説明だ。知らない人だったらまだ小学生だと言っても信じるだろう。しかし、これでもれっきとした中学二年生である。

(……市販の蕎麦なんだから味は関係ないだろ)

 峻は心の中でツッコみながらその少女を見る。

 少女の名前は、桐生(きりゅう)(ちか)。峻の三歳下の従妹だ。県外に住んでいるのだが、毎年夏休みになると数日の予定で泊まりに来ていた。そういえば今年はまだだったな、と峻は今さらになって思い当たった。

「奈亜姉は?」

「えっ……」

 睦が峻に問いかける。峻がその答えに詰まっていると、蕎麦を持った皿をテーブルに運んできた恵美が代わりに答えた。

「なっちゃんならこの寝坊助と違って朝からおでかけしていったわよ。しっかりと朝ごはんも食べてね。ちーちゃんともすごく会いたがっていたわ。晩ごはんには帰るから一緒にごはん食べようねって言っていたわよ」

 峻はそのセリフの節々から自分への棘を感じていた。昼近くまで呑気に寝ていたことへの当てつけなのは明らかだった。

 その棘を躱す峻だったが、奈亜が自分の知らない間に出かけているという別の棘が胸に刺さるのを感じて、少し顔をしかめた。

「そうなんだー、奈亜姉はおでかけか」

 恵美の話を聞いた睦は、少し残念そうな表情をした後、再び峻へと顔を向ける。

「峻兄はなにか予定あるの?」

「ん……俺はバイトだな」

 峻が答えると、途端に睦は目を輝かす。

「バ、バイト! すごい! 高校生っぽい!」

 身を乗りだすようにして、睦は峻の言葉に食いついた。顔に『尊敬』と書いてあるのが読み取れる。

 睦は昔から年齢より小さく見られることが多く、その反動からか、自分より年上の人に憧れる傾向があった。と同時に、年上らしい行動には目がないのだ。それは自分の年齢が上がると、求める行動も変化している。

 例えば、峻が中学生の頃は『部活』という単語にものすごく憧れを抱いていた。

(この単純さが子供っぽいということに気づかないんだよなぁ)

 峻は心の中でため息をつきながらこの見た目も言動も小学生っぽい中学生の従妹を見た。

「峻兄、バイトなんていつから始めたの!?」

「お前知らなかったっけ? ……あーそうか、始めたの去年の九月か」

「もう一年くらいやってるんだぁ! すごいなぁ、高校生っぽいなぁ! ねぇ、どんなバイトなの?」

「喫茶店のウェイター」

「はぅ!」

 睦が弾かれたように上体を仰け反らせた。『ウェイター』という単語が睦の琴線に触れたのだった。睦にとってはそれだけの響きが『ウェイター』という単語にある。が、峻にはいまいち理解できない領分だ。

「相変わらずオーバーなやつだなぁ」

 峻が呆れたように呟く。しかしそんなことで睦は止まらない。

「ウェイターってすごくかっこいいじゃん! ねぇ、そのお店ってメイドさんがハート書いてくれるの!?」

「その喫茶店違う!」

「え……違うの……?」

「なんでそこまでテンションが下がるんだよ!」

「だって喫茶店って言ったのに……」

「お前の中の喫茶店はそっち系なのかよ」

「峻兄のイメージ的にそっち系なのかと」

「……お前の頭の中見せてみろ。そのイメージ引っ張り出してやる」

 奈亜とは一味違ったテンションと会話に、峻はどっと疲れを感じた。透明のコップに入れられた麦茶を一気に飲む。渇いた喉に冷たいお茶が染み渡った。

 睦は、話が途切れた間に、蕎麦をおいしそうにすすっている。しかし、蕎麦が予想以上に長かったらしく、小さな口の容量いっぱいまで詰め込んで少し苦しそうだ。口から一本だけ蕎麦がはみ出ているのが、峻にはすごく気になった。

 その一本も口の中に消えて、ようやくすべての蕎麦を飲み込むと、睦は麦茶のコップを手に取り一気に飲み干した。

「ぷはぁ……苦しかった」

(……やっぱり苦しかったんだ)

 麦茶をティーポットからコップに注ぐ、睦を見ながら峻は苦笑する。一年ぶりだが、まったく変わっていない睦に今さらながら安心した。

「はい、峻兄もコップ出して」

「あ、ありがと」

 睦は、ティーポットをぐいっと峻の方へ向けると、空になっていた峻のコップにも麦茶を注いでくれた。こういった気配りは、人並以上にできるのが睦だ。

「ねぇ、峻兄。その峻兄のバイト先、見学しに行ってもいい?」

 注いだ麦茶へすぐに口をつけながら睦が言う。

「別に客としてくるならいいけど……つまらないと思うぞ?」

「大丈夫だって! 峻兄のウェイター姿見てれば時間も経つよ」

 それは持って五分だな、と思いながらも、ニコニコと笑う睦の提案を否定する気にもならず、峻は黙っていた。

 ここ数日いろいろあったおかげで、精神的な面で疲れていた峻にとっては、この無邪気な笑顔にすごく癒されるのを感じた。


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