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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
4章 幼馴染と熱い季節
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18.

『フォレスト』を離れた奈亜は、またとぼとぼと歩きだした。今度こそ、もう頼れる人はいなくなる。

 空を見上げた。憎々しいほどに綺麗な夜空だ。 満天の星と三日月が奈亜を見下ろしている。

 つい、こんな夜空を峻と見れていたら……と思ってしまう。とはいえ、今さらどうしようもない。

 しばらく奈亜は気の向くまま、というよりは足の向くまま歩いてみた。気分は晴れないが、帰ろうかと思えるようにはなってきた。

 公園を出てからかなりの時間が経っているはずだ。時刻を確認すると、午後十時。約一時間も歩いていたことになる。

 ピーポーピーポー……

 ふいに近くで救急車のサイレンが聞こえた。奈亜が顔をしかめる。いまだにあの音には慣れなかった。奈亜にとってあのサイレンは、命を繋ぐための救世の鐘ではなく、大切なものを奪い去った死神の声にしか聞こえない。

 救急車は遠ざかっていく。誰かを乗せて、甲大病院に向かっているのだろう。

(……助かりますように)

 奈亜は、その誰とも知れない人に向かって祈りを捧げた。容体も分からない。命に別状はないかもしれない。しかし、自分のように悲しむ人が増えないことだけを祈った。

 サイレンが聞こえなくなると、また奈亜は歩き始めた。路地を抜けると、見知った通りに出る。奈亜から見て、右に行けば家の方向だ。しかし奈亜は、この通りを左に折れる。

 奈亜の頭の中にある行先が浮かんでいた。それは学校だ。

 気まぐれな思い付きだったが、今はそれに意見する人などいない。奈亜は学校に向かって歩き出す。

 明確に行先が決まると、幾分か心が晴れた気がした。闇雲に歩くよりは何倍もいい。それに奈亜は、一度夜の学校に行ってみたいと思っていた。そのある種の冒険心が心を少し弾ませる要因となっている。

 いつもの通学路とは違う道だが、学校までは迷うことなく行けた。高校側の校舎は、非常灯以外の明かりがほとんど消えていて静かだ。逆に大学のキャンパスにはぽつぽつと明かりが灯っている部屋がある。この時間まで残って研究している学生がいるのだろう。

 奈亜は校舎を見ながら、高校側の校門に行く。こんな時間だから当然だが、門は閉まっていた。乗り越えれば入れるが、そこまでする気にはなれない。

「……つまんないな」

 奈亜は、口をとがらせて呟いた。ここまで来たのが無駄足になってしまったからだ。

「いっそ、大学のキャンパスを見学しようかな」

 ちょうど私服だし、堂々としていれば大丈夫のはずだ。いい考えに思えた。しかし、踵を返して歩き出そうとした瞬間、女性歌手の歌声が突然流れた。周りが静かだっただけに、奈亜は驚いて身を縮ませた。

 音源は奈亜の携帯だった。

(この着メロは!)

 奈亜は急いで携帯を取り出す。その画面には、『桐生峻』の名前が表示されていた。その名前を見た瞬間、奈亜の心臓がドクンと一つ大きく鳴った。待ち望んだ峻からの着信だからだ。反射的に通話ボタンを押そうとした奈亜だったが、その指がふいに止まった。

「…………」

 画面のすぐ上で、指が虚空を彷徨う。その動きが象徴するように、奈亜自身も迷っていた。出るべきか、出ざるべきか。

 奈亜が迷っているのは、待たされたことを怒っているからではない。その感情がまったくないとは言えないが、それよりは峻から連絡があったことでホッとしている気持ちの方が大きい。しかし、それ以上に今日の公園でのことが重くのしかかってきた。あのことを奈亜はまだ自分の中でも処理しきれていない。こんな精神状態で峻と話した時、自分がどんな反応をするのか、奈亜自身も分からなかった。そしてそれがとても不安だった。

 だが、そんな奈亜に決断を急がすように携帯からは音楽が流れ続けている。電話の向こうにいる峻はきっと電話を自分から切る気はないのだろう。そして、このまま放置したとしても、もう一度かけてくるのは明白だった。

「ふぅー……」

 奈亜は一度大きく息を吐くと、通話ボタンを押した。考えは結局まとまっていない。

「……もしもし」

 奈亜の口から出た声は、奈亜自身が思う以上に陰気な声だった。

『奈亜か!?』

 その声に被せるように、峻の声が電話口から聞こえた。酷く焦っているのが分かる。

「……うっさい」

 奈亜は、いつも通りの自分を演じようとしてみるが、どうもうまくいかない。やはり声が重い。

『奈亜、今どこだ? どこにいるんだ?』

「……学校」

 それでもいくらかホッとしたような声で峻が聞いてきた。そんな峻の質問へ、奈亜は素直に返事をした。

『附属だな? 分かった。今から迎えに行くからそこ動くなよ』

 その言葉に、奈亜は顔をしかめた。やはり今すぐに峻と会う決心がつかない。不安は増す一方だった。

「……いらない」

 だから奈亜は、そう返事をした。とにかく少しでも時間がほしい。そう思ったからだ。

『は?』

 電話口の向こうから、驚いたような峻の声がした。

「……迎えはいらないって言ったの。もうすぐしたら帰るから……家で待っててよ」

(ごめんね、峻)

 そう言ってから、奈亜は心の中で峻に謝った。しかし、

『そんなわけにいくか! お前になにかあったらどうするんだよ! 今すぐ行くから! 校門のところで待ってろ! いいな? 十分以内に行くから!』

 峻は、そんな奈亜の言葉を一蹴した。心から心配してくれているのが、奈亜には分かった。

(……峻)

 その気持ちが嬉しくて、奈亜は電話口で頷いていた。

「……うん、分かった」

『もしなんかあったら、すぐに電話してこいよ。……今からは必ず出るからさ』

 奈亜の返事を聞いて、いくらか落ち着いた声で峻は言うと、電話を切った。

 ツーツー……という音が、奈亜の耳を叩く。

「……峻」

 今度は、声に出して峻の名前を呼んだ。そして、軽く自分の唇を噛む。

(……私、どうすればいいと思う?)

 奈亜は、心の中で誰に言うでもなく問いかけた。その答えを出すための時間は、もうあまり残されていない。峻が来るまであと十分ほどだろう。

「……っ」

 つい一時間前まで、あれだけ峻を待っていた自分が、今は峻と会うことに怯えている。そのことに気づいた奈亜は、そんな自分に嫌悪感を抱いた。


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