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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
4章 幼馴染と熱い季節
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7.

 ジンジンと照りつける太陽は、その暴力的なまでの日差しを惜しみなく降り注いでいる。たった今アスファルトに撒いたばかりの水が、あっという間に蒸発していく。まさに『焼け石に水』だ。

 その様子を見て、峻は植木の中に備えられた蛇口を捻って水を止めた。そして手早くホースをしまうと、今しがた行っていた打ち水の効果を確認せずに、一目散に店内に逃げ込んだ。勢いよくドアを開けたため、上部についた鈴が激しく鳴った。

 店の中に入ると共に、峻の体を冷たい空気が包み込む。とても心地がよかった。

 暑い所から涼しい所にいきなり移動すると、心臓に負担がかかるからよくないという。それはなんとなく分かるのだが、結局熱中症で倒れたら一緒だろうと峻は思う。むしろ熱中症の方が致死率は高いはずだ。


「ハァ……」


 暑さで半分蕩けた頭でそんなことを考えながら峻は息を吐いた。外に出ていたのは約五分のことなのに、額には汗が光っていた。


「お疲れー。外はものすごく暑そうだな」


「……えぇ、殺人的ですよ、この暑さは」


 峻はカウンターに戻ると、出していたおしぼりを水で濡らして顔に当てる。顔の熱をおしぼりが吸収してくれているようで気持ちがいい。


「大丈夫? 峻君」


「あぁ、大丈夫」


 董子の問いかけに、おしぼりを顔に押し当てたまま答える。そしてしばらくその状態のままで立っていた。


「あぁ、生き返った」


 峻は三十秒ほどそうしていたのだが、やがておしぼりをゆっくりと顔から離した。その名残惜しそうな表情が、おしぼり効果のほどを表している。

 峻が海人たちの手元を見回す。全員が手元のカップは空になっていた。董子が来てからそろそろ一時間くらいが経つ。雑談の間に飲んでしまったのだ。


「水いる人は?」


 峻が水の入ったピッチャーを掲げる。


「いや、俺たち二人はいいよ。なっ?」


 海人が優希を見ながら言う。


「えぇ、そろそろ帰るわ。峻君の面白い話は存分に聞けたしね」


 海人の言葉を受けた優希がウィンクをしながら答える。


「えー! 優希さんたち帰っちゃうの? もっとお話ししようよ」


「ホントはそうしたいんだけどな。この後、予定があってな」


「ごめんね、奈亜ちゃん」


「まぁ、いいけどさー」


 そう言ってつまらなそうな顔をしていた奈亜が、突然なにか思いついたように目を輝かす。


「そうだ! ねぇ、董子。今日は他に予定ある? なかったら一緒に買い物に行かない?」


「え、あ、うん。特に予定はないけど……」


 一方の董子は、どこか煮え切らない返事をした。そして視線をチラリと峻の方へと向ける。


「じゃあ、行こうよ。私、今年はまだ夏物とか買ってないの。新作の服とか見たいし」


「夏物って、もう八月だぞ?」


「海人さん、分かってないなぁ。この時期だから夏物が安くなるんだよ。いいものを安く買わなきゃ!」


「ははは、そういうとこも相変わらずだなぁ」


 ドヤ顔の奈亜に海人が苦笑いをする。奈亜が倹約家なのは、昔からの付き合いがある海人も当然知っている。


「ねぇ、董子。行かない? 私、董子に服とか選んでもらいたいなぁ」


「――分かった。いいよ、一緒に行こ」


「うん、ありがと!」


 董子は暫し考えた後、奈亜と一緒に買い物に行くことを決めた。奈亜が峻の方を振り向く。


「峻、お会計! 峻にツケといて!」


「なんでだよ! ……たく」


 恒例のツッコミを入れながら、峻は手早く金額を計算してレジへ行く。


「ここは俺が出すよ」


「いいの!? 海人さん!」


「服買うんだろ? 財布の中、空にするわけにはいかないだろ」


「これくらいじゃ空にならないし!」


「ははは、そうか? そいつは悪かった」


 海人が奈亜をからかいながら財布を取り出す。


「藤宮さんも出さなくていいよ」


「え……でも、そんな、悪いです」


「一応、こっちが年長者だから。それにお近づきの印だよ」


「でも……」


 董子がまだ悩んでる間に、海人は財布からお札と取り出し、峻に渡す。峻はそれを受け取ると、四人分の金額を引いてお釣りを返す。その間、約十秒ほどの早業だった。


「ありがとうございました」


 峻が笑いながら頭を下げる。


「え? あ……」


 すでに会計が終わったことに気づいた董子は、峻と海人の顔を交互に見た。


「董子、今日は奢ってもらったら? 海人さん、いい格好したいみたいだからさ」


「おい、峻! 俺の思惑を言うんじゃない! って痛い! 痛い! 優希、つねるな!」


「な、本人もああ言って自爆してるし」


「う、うん。……海人さん、ありがとうございます!」


「ありがと、海人さん! さ、董子行こうよ!」


 やっと納得した董子と奈亜がそれぞれ海人にお礼を言って店から出る。その二人に続いて海人と優希も「またねー」っと手を振って帰っていく。峻はそれに軽く頭を下げて答える。そして、全員が店の外に出たのを確認した後、カウンター席の方へ回って、食器を片づけ始めた。

 四人分の食器を持ち運びやすいようにまとめていると、店のドアが開く。


「いらっしゃいませー」


 反射的にそう言って振り返ると、そこには奈亜と買い物に向かったはずの董子がいた。


「董子? どうしたんだ?」


 峻の方に近づいてくる董子に問いかける。董子は峻の目の前に立つと峻を見上げた。その顔が赤くなっているのが分かる。


「あの、峻君。……これ」


「紙袋?」


 董子が差しだしてきたのは、店に入って来た時から両手で大事そうに持っていた紙袋だった。黄色いひまわりの絵柄が描いてある。

 峻は差しだされた紙袋を受け取ると、その中身を覗く。そこには綺麗に包装されたクッキーが入っていた。


「これって」


「うん、私が作ったの。……よかったら食べて? 味はあんまり保証できないかも、だけど」


 両手を口元に添えて、絞り出すような声で董子が言う。


「峻君、バイト頑張ってるって言ってたから……バイト中にでもつまんでもらえればなって思ったの。ホントは来てすぐに渡せばよかったんだけど……奈亜たちがいるなんて思わなかったから。それ峻君とマスターさんの分しか作ってないの」


「そっか、ありがと。喜んでいただくよ」


「うん! ……感想、聞かせてね? できれば、辛口じゃない方がいいなぁ」


「大丈夫! 董子が作ったやつなら辛くしたくても無理だろうから」


「もう、ハードル上げないでよー!」


「ははは、ごめん」


「――じゃあ、行くね。奈亜が待ってるから」


「おう、また来てくれ」


「うん、絶対来るね」


 董子は最後に笑顔で手を振ると、店から出ていった。峻は手元の紙袋をもう一度覗き込む。おいしそうに焼けたクッキーを見て、董子にもう一度心の中でお礼を言う。


(さて、さっさと食器を片づけてマスターと一緒に食べようか)


 峻は紙袋を大事にカウンターの上に置くと、まとめた食器を片づけにかかった。マスターが淹れてくれたコーヒーと一緒に、董子のクッキーを食べようと頭の中で考えながら。






「お待たせー!」


 『フォレスト』から出てきた董子が海人たち三人が待つところまで走ってきた。


「忘れ物あった? 董子」


「うん、カウンターの上に置き忘れてた。ごめんね、奈亜」


「よかった。じゃあ、買い物行こ!」


「うん」


「と、いうことで私たちはこっちだから! 海人さん、優希さん、またね!」


 奈亜がクルリと反転して、海人たちに敬礼をする。董子と買い物に行けるということで気分が盛り上がっているようだ。


「それじゃ、またな」


「またね、奈亜ちゃん」


 海人と優希が手を振る。奈亜も同じように手を振り返して、駅がある方向へと歩いて行く。その後に董子が続く。去り際に、二人へとおじぎをしてからだ。

 遠ざかっていく二人を見送り、海人は盛大にため息をついた。


「ふふふ、董子ちゃん、忘れ物を取りに行くって言ってたのに、店から出てきた時はずっと大事に持っていた紙袋がなかったけど大丈夫なのかしらね?」


「……初対面なのに完全にお邪魔虫だったな、俺たちは」


「それは奈亜ちゃんも含めてね」


「……ヤバいな、あの子」


 海人はガックリと肩を落とす。


「奈亜が話を盛っているもんだとばかり思ってたけど、話どおりのすごくいい子だもんな」


「あんないい子だったら、奈亜ちゃんに忠告はできないわね」


「そうなんだよなぁ……まっすぐで、そして峻一筋! って感じだからな」


 海人はそう呟くと、二人が歩いて行った方を見る。


(奈亜、お前少しは素直にならないと、ホントにヤバいぞ……)


 海人は、心の中で奈亜に忠告をする。


「優希」


「ん?」


「今晩、飲みに行くぞ」


「……いいけど、海人のおごりよ? 奈亜ちゃんと董子ちゃんに格好いいとこ見せたんだから、たまには私にも見せてよね」


「はいはい、分かりました」


 海人は肩をすくめると、ジト目で見つめてくる優希の視線から逃れるように、愛車を停めてある駐車場へと歩き始めた。


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