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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
4章 幼馴染と熱い季節
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5.

 ピリリッ、ピリリッという携帯のアラーム音が室内に響く。それをゆっくりとした動作で止めて、峻がベッドから起き上がった。


「……ふぁ」


 欠伸を一つした後で、手にしていた携帯電話で時刻を確認した。時刻は午前九時、これが学校のある日ならば飛び起きて準備をしなければならないところだが、今日は違う。いや、今日『も』だ。

 次いで峻は壁にかけたカレンダーに目をやる。すでに半分以上の枚数が破かれて、今先頭に来ている数字は八だった。つまり今は八月、峻は学生の特権である夏休みを謳歌していた。――といっても単に朝寝坊できるのが、峻にとっては一番の楽しみなのだが。

 そのカレンダーの一点を見て、峻は呟く。


「あと一週間か」


 特になんの予定も書いていないカレンダーの一点、八月十五日、その日付にのみ特大の文字が書かれている。どのくらい大きいかというと、隣接している十四日、十六日に文字が雪崩れこんでいるくらいだ。

『奈亜の誕生日!!』

 そうカレンダーには書き込まれていた。

 この大切な日を忘れないように、と峻が書き込んだものではない。書き込んだのはもちろん奈亜だ。毎年毎年、いつの間にやら書き込まれている。峻の部屋の七不思議――もっともそんなに不思議があるとするならばだが――の一つだ。


「今年はなににするかなぁ」


 だが、毎年恒例ではあるけれども、この日が峻にとって特別な日であることは間違いなかった。ただ、それを特別と認識していないだけだ。

 峻は頭を掻くと、本格的に体を起こし、ベッドから出る。さすがに寝間着で下に行くと、恵美からまた小言を言われそうだと思い、服を着替えた。

 階段を下りてリビングへのドアを開けると、テーブルには当然のごとく奈亜がいた。代わりに恵美の姿は見えなかった。どこかに出かけてしまったようだ。


「おはよ」


「あ、峻。おはよー」


 軽く朝の挨拶を交わして、奈亜の対面へと腰かけた。いつもは奈亜の隣に座る峻だったが、今日は意図的に回避した。なぜなら奈亜は、二席分のスペースを占領して、夏休みの課題をやっていたからだ。


「少しは進んだか?」


 峻がテーブルの上のバスケットの中にあるあんぱんを取りながら尋ねた。


「うーん、少しは……」


 奈亜がうねりながら答える。どうやら進捗状況はよくないようだ。


「ま、頑張れ」


 峻はあんぱんを齧りながらテキトーな返事をする。


「もぉ、峻も一緒にやってよ!」


「嫌だ、俺は夜やる派だし」


「でも夜は遊びたいし! 面白いテレビとかもやってるし!」


「なら、今やるしかないな」


「……峻の意地悪!」


 そう言って奈亜はプクッと頬を膨らませる。ジト目で睨んでくる奈亜を横目に、峻はあんぱんを口に放り込むと、点きっぱなしのテレビに目をやる。


「まず、テレビを消すことから始めろよ」


 そう言ってチャンネルに伸ばしかけた手がピタリと止まる。峻の視線は画面の映像に吸い寄せられていた。

 画面の中では、煌めく太陽の下、球児たちが行進を行っていた。どの顔も真剣そのものだ。


(そうか、今日から……)


 と、そこでカメラが切り替わり、次に入ってくるチームがアップで映された。それはちょうど峻たちの県の代表校だった。


 《――代表、匠光(しょうこう)学園》


 しかし、ウグイス嬢が場内に紹介した名前は、峻たちの高校である甲城大附属ではなかった。甲城大附属は、決勝戦延長十四回の死闘の末、惜しくも涙を呑んだ。


「浅田君、惜しかったよね」


「……あぁ」


 奈亜が峻の気持ちを察して優しく言うと、峻はそれに小さく頷いた。

 この決勝でも、脩一は獅子奮迅の活躍を見せ、強豪撃破まであと一歩まで迫った。しかし、その死闘を終わらせたのもまた、脩一だった。

 延長十四回裏、ツーアウト満塁フルカウント。今夏最後の一球は、内角へのストレートだった。空間を斬り裂き、キャッチャーのミットに収まったボール。だが、そのボールに対して審判の手が上がることはなかった。

 歓喜に湧く相手チーム。膝をついて座り込むチームメイト。その中で脩一は、マウンドで静かに天を仰いでいた。その時の脩一の気持ちは、峻には想像できない。きっと本人にしか分からないだろう。

 プツンっと音がして、テレビがブラックアウトする。ハッと我に返って視線を彷徨わせると、チャンネルをテレビに向けた奈亜と目が合う。


「ほら、いつまでもテレビ見てないでよ。勉強の邪魔なんですけど」


 わざとらしくそう言って奈亜は視線を課題に向ける。そんな奈亜を見て、峻はフッと笑いをこぼす。いつの間にか助けられている自分がなんだかおかしかったからだ。

 壁の時計を確認すると、バイトに行く時間までには、まだ余裕があった。テレビも消されてしまってやることも特にない。


「しょーがない。勉強見てやるよ」


「ホント?」


「あぁ、特別にな」


「じゃあ、こっちこっち! こっちに座ってよ」


 奈亜が隣の椅子をひき、嬉しそうに手招きする。

 峻は体を伸ばした後で、奈亜の隣に座り直した。同時に、フワリとどこか甘い香りが峻の鼻腔をくすぐった。とてもいい香りだ。

 それが奈亜から漂ってくる香りなのだと知覚した峻は、恥ずかしげに頬をポリポリと掻いた。今さらながら隣に座ったことを後悔したが、それも後の祭りだ。


「えっと、じゃあここからねー」


 奈亜が笑顔で課題のプリントを差しだしてくる。すると、奈亜の体勢が必然的に峻に寄りかかるような形になった。さらに部屋着ということもあって、奈亜は七分袖のシャツ一枚といった軽装だ。そのすべてが今日の峻にとっては酷なものだった。


(……よし、集中だ。こうなったらプリントに集中するしかない!)


 このままではいろいろまずいと判断した峻は、奈亜の手からプリントを奪い取る。そして自分の邪心を振り払うように、プリントの問題へ取りかかった。


「……へ?」


 教えてもらうはずだったプリントの解答欄が、みるみるうちに埋まっていく。その光景を見た奈亜は、なにがなんだか分からないといった表情をしたまま、必死にプリントに取り組む峻に首を傾げた。


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