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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
4章 幼馴染と熱い季節
36/69

4.

 ガタンっという音がして自動販売機の取り出し口に缶が落ちてきた。缶には『緑茶』と大きく印字されている。すごくシンプルで中身を間違えようがない。


(これで中身が麦茶だったらかなり笑えるんだけどな)


 峻はそんなどうでもいいことを考えながら手に取った缶を放った。


「ほれ」


「おっとと、サンキュ」


 放った先には脩一がいた。脩一は、缶を手の中で少しお手玉しながら受け取った。


「野球部、しっかり!」


「うっせ!」


 お手玉したことを峻が茶化す。すると脩一は苦笑いを浮かべた。脩一自身も今のは恥ずかしかったようだ。

 受け取った缶のふたを脩一が開ける。それを見ながら峻は口を開いた。


「……にしても、ナイスバッティングだったな」


 脩一が顔を上げて峻の方を見る。そして、「だろ?」と言って笑顔を作った。

 峻が褒めているのは、先日の試合のことだ。脩一は、九回裏ツーアウトからレフトスタンドへ、逆転サヨナラホームランを打ってみせたのだ。ドラマのような熱い展開に、峻も思わず両手を握りしめてガッツポーズを作っていた。


「奈亜が興奮しすぎて大変だ。今日の登校中もずっと素振りしてた」


 しかしそのことは言わないで、峻は奈亜の様子を代わりに語る。奈亜を出汁に使ったようなものだが、真実だから構わないだろうと峻は思った。


「ははは、そうか。愛沢さん、相変わらず元気だな」


「……まったくだよ。通行人に迷惑だってのにな。……と、お前には奈亜のこと話しても仕方なかったな。それより……」


「それより、なんだよ?」


「董子も感動してたぞ。めちゃくちゃ格好いいだってさ」


「……そっか」


「ん? 思ったより反応が薄いな」


「いったいどんな反応を期待してたんだよ!」


 そう言って詰め寄ってくる脩一を峻が笑いながら押し返す。蝉の鳴き声が響く中庭での二人の様子は、間違いなく親友といっていいものだった。


「で、あの最後の球は狙ってたのか?」


 そこで峻が話題を元の野球の試合へ戻した。まだ峻に文句を言ってやろうとしていた脩一は、少し面食らった様な表情をした後、


「いや、なんも考えてなかった。来た球を打っただけだ」


「へぇ、それはすごいな。普通、ある程度狙い球を絞るものなんだろ?」


「まぁな……だけどあの時はそういうのは考えなかったな」


「集中の極みにいたってやつか?」


 峻が聞くと、脩一は微妙な笑みを浮かべた。峻はその笑みの意味が分からずに首を傾げる。なんとなく間が空いたので、買ってからずっと手の中で遊ばせていた野菜ジュースの缶を開けた。それを一口飲むのとほぼ同じタイミングで脩一がポツリと言った。


「……声が聞こえたんだ」


「声?」


「あぁ、愛沢さんの応援がな」


「……奈亜の? あぁ、あいつの声は無駄に大きいから――」


「それは違う」


 峻の言葉を遮った脩一の物言いは、表面上は静かであったが、反論を許さない強さがあった。


「……どうしたんだ?」


 いつもと少し様子が違う脩一に、峻が尋ねた。すると、脩一は息を吐くように「悪い」と言った後で、あの最終打席で自分がどんな心境だったかを峻に語った。

 その話を聞いて、峻は真剣な表情で口を開いた。


「そんなことがあったんだな……茶化して悪かった」


「いいよ。俺も少し敏感に反応しすぎたよ」


 素直に頭を下げる峻に脩一が笑いかけた。その笑顔を見て、峻の方も引き締めていた表情を緩めた。そして、今度は感心したように言う。


「しかし、お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」


「べ、別に普通だよ! 愛沢さん、ちょっと聞いたらいろいろ話してくれるから」


「まぁ、そうか。……にしても招待客ね」


 初めて聞く奈亜の言い回しに峻はため息をついた。


「うまい表現だよな。思わず俺も頷いてた」


「……止めとけよ。あんなの招き入れるとロクなことないぞ」


「毎日招き入れてるやつがなにを言う」


「勝手に入ってくるんだよ」


 大した違いはないだろうっと目で訴えてくる脩一の視線から逃れるように、峻は手元の野菜ジュースを一気に飲む。が、


「愛沢さんの城門は固そうだな、峻」


 と言われて思いっきり咽てしまう。


「ごほっ……ごほっ! お前……なに言って……ごほごほっ!」


 苦しそうに咳き込む峻にニヤリとした笑みを脩一が向けた。どうやら仕返し完了といったところらしい。


「脩一……お前、覚えてろよ!」


「それはやられキャラのセリフだよ」


「ぐっ……」


 日頃とは逆に言いくるめられた峻が悔しそうな顔をする。対照的に日頃はやられキャラの脩一はとても嬉しそうである。


「おま――」


 峻がなにか言おうと口を開くが、今度はそれに被さるようにチャイムが響いた。昼休みが終わった合図だ。


「……ちくしょう」


 峻は言いかけた言葉を引っ込めると、悔しそうに手の空き缶を放り投げた。空き缶は二人から三メートルほど離れた個所にあるゴミ箱に入った。ゴミ箱はよく公園などで見かける丸型で周囲が網目のタイプのものだ。


「くくく、残念」


 笑いながらそう言って、今度は脩一が空き缶を放った。空き缶は宙を舞い、ゴミ箱の縁に当たって跳ねた。


「…………」


「…………」


 転がっていく空き缶を二人は立ったまま見つめる。そして数拍後、峻がぼそりと呟いた。


「……ピッチャーやめちまえ」


「……うっせ。覚えてろよ」


 最後の最後でやられキャラに戻った脩一は、転がった空き缶を悔しそうに拾った。


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