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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
4章 幼馴染と熱い季節
34/69

2.

 照り付ける太陽の下、舞い上がる砂塵の中で球児たちが自身の青春のすべてを賭けて戦っている。その一挙手一投足、そして一球、一打をスタンドに詰めかけた観客も固唾を飲んで見守っていた。

 その観客の中に峻と奈亜、さらに董子の姿があった。


「あー……さっきのおしかったね! もし抜けてたら同点だったのに!」


 奈亜が天を仰いでため息をついた。顔をしかめさせてとても悔しそうにしている。たった今、峻たちの母校である甲城大附属がチャンスを逃したためだった。


「飛んだところが悪かった。いい当たりだったんだけど」


「もう八回……浅田君、気落ちしてないかなぁ?」


 峻と董子もそれぞれ残念な表情で一塁側のスタンドからグランドを見下ろしていた。

 試合は七回までが終了していて、スコアは一対二で甲城大附属が負けていた。

 攻守交代ということで甲城大附属の選手たちが駆け足で守備位置に向かっている。その中には脩一の姿もあった。

 脩一のポジションはピッチャーだ。二年生にしてチームのエースナンバーを背負っている。そのことからも分かるように、脩一は高校生の中では上位の実力を持っていた。

 今日の対戦相手である(たて)(おか)実業と互角の戦いができているのも脩一のおかげだと峻は思っていた。他の選手も毎日必死で練習しているのは知っている。その成果は確実に出ていて、今年の甲城大附属は近年では最高のチームと名高い。だが、やはり縦陸実業のような甲子園常連組と比べると一歩劣る。その差を埋めているのが脩一だった。

 現に今日の試合も強打者揃いの縦陸実業打線を二点に抑え、甲城大附属の唯一の得点を自身のホームランで叩きだしていた。まさに獅子奮迅の働きだ。

 峻は投球練習をしている脩一に心の中で問いかけた。


(脩一、お前はどんな思いでそこに立っているんだ?)


 グランドで観客の視線を一身に受けている脩一は、峻にはとても輝いて見えていた。スタンドから見下ろして観戦しているのだが、峻の心情は生き生きとしている親友を羨ましく見上げている。そんな心情だった。






「ふぅ」

 マウンドで脩一は小さく息を吐いた。この八回の先頭打者を空振り三振に取って一息ついたところだった。


「ワンアウトー!」


「ナイスピッチャー!」


「次、七番! レフト行ってるぞー!」


 周囲のチームメイトが大声を張り上げている。アウトカウントの確認、脩一への労いの言葉、次打者の情報伝達など内容は様々だ。ベンチからも同じような内容の声が聞こえてくる。さらにスタンドからも多くの声援が聞こえていた。その大半の声が同じ野球部の部員の声援だ。残念ながら背番号が貰えずにベンチ外となってしまった部員たちだが、自分たちのできる精一杯のことをしてくれている。

『野球はグランドの九人でやるものではない』

 誰が言ったかは知らないが、その言葉は真実だった。多くの人に助けられてプレーできているのだということを脩一は日頃から自分に言い聞かせていた。ベンチに入れなかった部員たちの後押しが脩一にはとても頼もしかった。

 しかし、今日はそれだけではない。低い男声をかき分けるようにして脩一の耳に届く声があった。


「浅田君! ナイスピッチング! その調子!」


 その澄んだ高い声のする方を見ると、スタンドから乗りだすようにして応援している女子の姿を捉えることができる。

 その声量、そして跳び抜けた容姿でひと際目立っているのは、奈亜だった。初回からずっと同じ調子だ。よく喉が嗄れないなと脩一は苦笑した。

 そんな奈亜の横に峻が立っている。なぜかその表情は厳しいものだった。


(心配してくれてんのかな?)


 この劣勢を見ての表情だと脩一は思った。


(まぁ、待ってろよ。すぐに逆転するから)


 そう峻に心の中で言った後、脩一の視線はその横に滑る。そこには董子の姿があった。

 口に手を添えて、必死に声援を送ってくれている。しかしその声は奈亜の声とは違って脩一には届かない。それが脩一にはもどかしかった。

 ふいに董子が隣の峻に話しかける。峻は董子の方に耳を近づけてその言葉を聞いていた。きっと何気ない会話なのだろうが、それが脩一には羨ましかった。自分には届かない言葉が峻には聞こえている。それがそのまま二人の差に感じた。

 脩一の脳裏に少し前の記憶が蘇った。董子が脩一の前で峻のことを初めて名前で呼んだ時の記憶だ。その時は頭を思いっきり殴られたような衝撃が走ったのを覚えている。二人が付き合いだしたのかと思って本気で焦った。

 あとからよくよく聞くと、テスト勝負に勝ったご褒美だったことが分かった。しかし脩一の胸中は穏やかではなかった。

 そんなことを思い出しながら脩一はグローブの中に収めていたボールを右手で握った。そしてキャッチャーとサインを交わす。軽く頷いた後、脩一は投球フォームに入った。


(……試合中に藤宮さんのことを考えるなんて不謹慎極まりないな。集中しろってお前は怒るだろうな、峻)


 脩一は両手を頭上に大きく振りかぶる。典型的なワインドアップモーションだ。そして勢いよく片足を上げると同時に体を捻り込む。


(だけどこんな時にしか考えられないんだよ。普段はこのスタンドとグランドくらいの差が俺とお前にはある。俺はいつも見上げてばかりだ)


 上げた片足を前に踏み出し、後ろに載せていた重心を一気に前と押しやる。それと同時に捻って溜めた体の力を解放し、連動する腕、その先でボールを握る指先にその力を滞りなく伝えていく。


(でもこの一瞬だけは、俺はお前に近づくことができる。お前に並ぶことだってできる。だから俺はこの一瞬に賭ける。野球で藤宮さんにかっこいいって言ってももらいたいんだよ!)


 気合を込めて脩一の指から放たれたボールは、空気を裂いて走る。バッターが反応してバットを振るが、ボールはその遥か上を通過してキャッチャーのミットへなにかがさく裂したような音をたてて収まった。

 それは試合終盤とは思えない気持ちの乗った快速球だった。


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