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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
3章 幼馴染とテスト勉強
31/69

8.

 峻がスパイ疑惑をかけられて喧嘩した夜から一週間と少し、すでにテスト期間は終了していて、生徒たちは戦争の終了に安堵の息をついていた。しかしそれも束の間、今度はその結果が発表される。あるものはその結果に歓喜し、あるものは悲哀に暮れることになるのだ。


「ふぁ……」


 そんな緊張感が包む教室の中で、緊張感の抜けた音が一つした。


「お前のその気楽さは羨ましいよ」


 脩一がその音の原因を見て呆れる。


「昨日、遅くまで本を読んでたからな……眠い」


「ホント、呑気だなぁ」


「ふぁ……昼休みなんだからいいだろ」


 峻は先ほどから欠伸を繰り返していて、実際とっても眠そうだった。しかし、そう言いながらも先までの授業中は一度も寝ていないのが峻のすごいところだ。


「それに今さらピリピリしたってテストはもう終わってるんだから意味ないだろう。するならテスト期間にもっとしておくべきなんだよ」


「大半の生徒を敵に回すセリフをよく吐けるよな、お前」


「あはは、まぁまぁ」


 二人の会話に董子が割って入ってきた。二人の仲が険悪にならないかと先ほどから口を挟むタイミングを計っていたのだ。ただこの流れはいつものことともいえる。


「藤宮さんも言ってやってくれよ――ってこの話題に関しては藤宮さんも峻側の人間だったね」


「そ、そんなことないと思うけどなぁ」


「ま、いつもは脩一の言う通りだけど、今回は緊張してるんじゃないか?」


 峻が机に寝そべりながら言う。脩一は「あぁ」と納得したように頷くと董子を見る。


「そういえば今日の結果で決着かぁ。長い喧嘩だな、おい」


「……俺を見るなよ。俺は喧嘩した覚えはないぞ」


 脩一のジト目を受けて、峻は不機嫌な顔になる。この件については、いまだに当事者二人と巻き込まれた二人とでは大きな意見の相違が見られた。あくまで平常運転だと主張する峻。喧嘩中だとする脩一と董子。戦争中! と高らかに宣言する奈亜。四者三様のこの相違はついに最終日――になってほしいというのが巻き込まれた二人の意見だ――になるまで一致することはなかった。


「もうそろそろ結果張り出されたんじゃないか?」


「うぅー……はぁ、見に行ってみるか」


 峻は体を伸ばして椅子から立ち上がった。それに続いて脩一と董子も立ち上がる。


「それにしても愛沢さんも強気だなぁ。返された答案用紙の見せ合いで決めないで、学年上位百名の優秀者張り出しで結果を見ようなんて」


「それだけ自信があるってことだよね。すごいなぁ、私もそれだけの自信が持てたらな」


「実力が伴っているかは別だけどな」


「……相変わらず、桐生君は奈亜には厳しいね」


「あるいは愛沢さんだから厳しいのかな?」


「は? なんだそりゃ」


 ニヤリと笑った脩一を一瞥して峻は前方の人だかりに向かって歩いて行く。少し歩くのを速めて二人を置いていこうとしているようだった。その後をテスト期間中の借りを返さんとばかりに追いかける脩一と複雑な表情をした董子が続いた。

 集まった生徒たちは全員が同じように壁に視線を向けていた。その視線の先には峻たちの目当てのものでもあるテスト優秀者の名前が掲示されている。今、この場所に集まっている生徒がそれにあたると言ってもいい。他のほとんどの生徒はその様子を冷ややかに見つつ通り過ぎていく。

 峻たちはその人だかりに加わると、列の間を縫って前に行く。先導は脩一だ。大きな体で峻たちの通り道を作ってくれるので、峻たちは簡単に一番前まで行くことができた。


「さてと結果はどうかな?」


 峻は名前がずらりと並んだ白い紙を見る。


「おい」


 といきなり脩一が横から肘を入れてきた。


「なんだよ」


「さすがだな。おめでとう!」


 脩一はそう言いながら並んだ名前の一番右側を指さした。『1.』と書かれた数字の下に『桐生峻』の名前が掲示されていた。


「すごい! すごいよ、桐生君! 学年一位だよ!」


 すぐ横で董子が自分のことのように喜んでいる。一方の峻はまだ自分の名前を見続けていた。


「……俺が一位?」


 この結果は峻も予想外だったようだ。今までの峻の成績はだいたい一桁下位か二桁の上位だった。まさか二年生になった最初のテストでいきなりトップになれるとは思っていなかったのだ。


「桐生君、頑張ってたもんね。当然だよ。私、ずっと見てたもん」


「ははは、ありがとう董子。でも少し声を潜めてくれるか? 周りの殺気がすごいから……」


「へ? なんのこと?」


 董子の一言で周りにいる男子生徒が全員敵になる。峻は顔を引きつらせながら興奮した董子をなだめる。しかし周りの殺気に気づかない董子にはなんの意味もないようだ。


「あぁ……もういいや。さっさと結果を見て帰ろうぜ」


 峻はため息をついて言う。董子を説得するより早く離脱した方が得策だと考えたようだった。


「あ、私の名前あった」


「え、どこ? ――あ、本当だ」


 董子が指さす方向を峻と脩一も見た。『藤宮董子』の名前の上、そこに書かれている番号は、


「七十二番か。一年の最後より上がってるな。よかったな、董子」


「うん! 前から十位も上がってる。よかったぁ」


 喜ぶ董子に笑顔を向けてから、峻は再度結果用紙に視線を戻す。もう一人の名前を探すためだ。


「よし、俺の名前はいつも通りないな! まぁ、それはいいよしとして。もう一人の名前はどこかな?」


 脩一が自虐ネタを挟む。いつもならなにか言葉を返しているところだが、今はそんな気持ちになれなかった。順位の最初からすべての名前に目を通す。


「あ……」


「これは……」


 峻の横で二人が呟く。峻は一つため息をつくと、そっと目を閉じた。







「――おい、いつまでそうしている気だ?」


 時間は夜、外は真っ暗。電気をつけた自室の勉強机に峻は向かっている。今までは読みかけの小説を熟読していたのだが、それも一区切りついたのでそろそろ寝ようかと峻は考えた。だが、寝れない。

 目がさえているというわけだはなく。もっと物理的な問題だ。その問題とは、峻のベッドに人がいて、峻の布団を頭から被って丸くなっているというものだった。


「おい、奈亜」


 布団に丸まっているのは奈亜だった。さっきから何度か呼びかけているものの反応はない。

 峻は椅子から立ち上がると、「たくっ」と言いながらベッドに歩み寄った。


「俺はもう寝るんだが?」


「……うっさい」


 布団の中からこもった奈亜の声がした。相変わらず動く気配はない。

 峻はため息をついた後、ベッドの端に腰かけた。ベッドが軋む音がした。


「……総合順位百二位か」


 峻が呟くと、布団が身じろぐ。奈亜が反応した証拠だ。

 峻が言ったように、結果的にいうと奈亜の名前は優秀者の中になかった。つまり勝負は董子の勝ちだ。それも圧勝と言ってもいい。

 この結果は峻の予想した通りだ。普段から勉強をしている董子に奈亜が勝てるわけないとは常々言っていたのだから。


「けど、よく頑張ったじゃないか」


 峻は奈亜の頭がある辺りを見て言う。この言葉は峻の本心だ。渡された奈亜の成績表にあった順位は、峻の予想を遥かに上回る結果だった。優秀者に名を連ねるまであと二人のところまで迫っていたのだ。


「いつもは三百位くらいのやつが大健闘だ。それじゃ駄目なのか?」


「…………」


 もそもそと布団が動く。奈亜がなにか言っているようだったが、声が小さすぎて峻には聞こえない。


「え、なんだって? 聞こえないぞ」


「……なかった」


 今度は少し聞き取れたものの言葉にはなっていない。峻は布団に顔を近づけていく。


「聞こえないんだって。もっとはっきり言えよ」


 といった瞬間、峻の視界が暗くなる。奈亜が布団を峻の頭に被せたからだ。


「でも勝てなかったって言ってるでしょ!」


 布団越しに奈亜の声が聞こえた。大きな声のため、代わりに布団を被るはめになった峻の耳にもよく通った。その声に続いて峻の頭にボフッという衝撃が走った。布団越しに頭を殴られているようだ。と言っても殴っているものも枕のため全然痛くない。しかし、鬱陶しくはある。


「おい! やめろって!」


 峻は頭に被っている布団をはがしにかかった。しかしそれより速く頭の辺りを押さえつけられる。


「駄目!」


「なにがだ!?」


「今出てきちゃ駄目って言ってるの!」


「だからなんでだよ!」


 奈亜は必死に峻の頭を押さえている。どうしてそこまでする必要があったのか分からなかったが、峻も意地になって抜けてやろうともがいた。おかげでベッドの上は小さなリングとなってちょっとしたプロレス状態だった。

 峻は頭を押さえられてはいるが、布団越しということもあって拘束は甘い。もがいているうちにどんどん甘くなっていく。そして、一瞬に力を込めて頭を引き抜く。奈亜の手と布団からの脱出に成功し、久々に部屋の明るい光に少し目を細めた。


「あ、逃げるなぁ!」


 峻に脱出された奈亜が再び頭に布団を被せようと迫るが、それより速く峻は奈亜の肩を掴んでベッドに押し倒す。


「やりすぎだ、奈亜」


 そう言って奈亜の顔を見た峻が驚いた表情を見せた。


「お前、それ……」


「……ふん」


 奈亜の目尻の付近からなにかが伝ったような跡ができていた。それが涙の伝った後だというのは峻にもすぐに分かった。


「お前、泣いてたのか?」


 そんなこと聞かなくても明確な証拠が目の前にあった。奈亜は顔を背けて、目を瞑ったまま絞り出すように言った。


「だって……悔しかったんだもん。私、頑張ったのに……あんなに勉強したのに……せっかく峻を見返すチャンスだったのに……」


 奈亜の閉じた目蓋の下から雫が溢れだしてきているのを見て、峻は手の力を緩めた。そしてその手を肩から頭に持っていく。


「馬鹿、お前が勝っちまったら日頃から頑張ってる人の立場がないよ。……でも、お前も頑張ってたのは認めるよ。勝ち負けはあるけど、十分見返された」


 ポンポンと軽く頭を叩いて峻が優しく言うと、奈亜は目を少し開けて峻を見た。


「……ホント?」


「あぁ、ホントだ」


「じゃあ、頑張ったご褒美になにかして?」


「……それとこれとは話が別だ」


「なんでよぉ!」


「それはこっちのセリフだ! 今の流れでなんでそうなるんだよ!」


 二人の間に流れていた静かな雰囲気はすぐに霧散する。そんなのは二人に似合わないとばかりに。


「峻のけち!」


「勝ってから言え! 勝ってから!」


「あぁ! 人が気にしてるのにそういうこと言うんだ! 最低!」


「負けるやつが悪い!」


「この! 峻の馬鹿!」


 懲りずに再開したミニプロレス大会。それはその後二人が恵美に並んで説教されるまで続いた。


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