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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
1章 幼馴染と日常
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2.

 緩やかな風が峻の黒髪を撫ぜた。耳にかかった部分が少しくすぐったかった。風は湿り気を帯びていて、そう遠くない梅雨の到来を感じさせた。

 峻が眠たそうに目を細める。いつもより早く起きてしまった影響が出ていた。その表情は不機嫌そうだ。

 峻の面立ちはそれほど悪くない。むしろいい方だ。道で女性とすれ違うと、数人に一人の割合で振り返る。全体的にスラッとした体型と百七十センチ後半の身長もそれに一役かっていた。

 だが恵美が心配するように彼女はいない。今までできたこともない。中学時代から通算で何度か告白されたことはあったものの、そのすべてを断っていた。

 峻は隣を歩く奈亜を見た。奈亜の身長は峻より十センチほど低い。しかしそれでも女子の中では高い方だった。

 そのまましばらく見つめていた峻の視線に気づいた奈亜が問いかける。

「なに? 私の顔になにかついてる?」

「いや、なにもついてない」

 奈亜の顔には、本当に無駄なものがなにもついていなかった。大きな黒い瞳、高い鼻、小さく愛嬌のある口元、そしてシミやニキビが一つもないきめ細やかな肌。顔を構成するすべての要素が完璧に組み合わさり、奈亜の美貌を完成させていた。

 それだけでなく、体全体で見ても同世代の女子が憧れ、同世代の男子を惹きつける要素に溢れていた。またそれを自ら主張することなく、自然体でいることができるのが奈亜だった。

「じゃあなんで見てたの?」

 奈亜がさらに質問を重ねた。峻としては、特別な理由で見ていたわけではなかったのだが、あえて理由を作って返答した。

「例の彼氏とのことが気になったんだよ。この前デートだったろ?」

 峻のその言葉を聞いた瞬間、奈亜の表情が明るくなった。

「うまくいったよ。峻の言うとおり映画にしといて正解だった! さんきゅ!」

「ならよかったよ。この分なら一ヶ月の壁を突破するんじゃないか?」

「そうかも! 突破したらお祝いしようね」

「……それは彼氏とやれ」

 奈亜の能天気な発言に峻はため息をついた。

 奈亜は現在付き合っていた。相手は同じ学年の高木竜司(たかぎりゅうじ)という男子生徒だ。付き合い始めて三週間が経っていた。奈亜にとって三週間も交際が持続しているのは非常に珍しいことだった。今まで両手で足りないくらいの男子と付き合っているのだが、一ヶ月持ったとなると片手で十分に足りる数になる。だが、今回は久々にその壁を突破するかもしれなかった。

 今の二人の話題に出てきた映画というのは、つい先日に奈亜が彼氏と行ったデート先のことだ。奈亜から「初デートはどこに行くべきだと思う?」という相談を受けた峻が考えた末に出した結論が映画だった。

 実際、初デートが映画というカップルは多い。付き合い始めて間もなく、話のネタがない時などは特にもってこいだ。なにせメインの映画が上映されている間は、話す必要がないのだから。ただスクリーンを見ているだけで二人の時間を共有できる。それに映画終了後は、映画の感想という共通の話題で盛り上がることも可能だ。――ただ、見る作品を間違えると、その場で終了という危険があるのも考慮しておくべきではある。

(ま、うまくいったみたいだな)

 一応、峻自身が提案したことでもあったから気にはなっていたのだが、どうやら無事にデートは成功したようだった。

(そういえば……面白かった推理小説の実写版が今度やるんだったな。董子(とうこ)を誘って見に行くか)

 奈亜のデートプランを決める際に見た映画の公開予定表を思い出して峻は思案した。董子というのは、峻の同級生で仲のいい女友達だ。

「ねぇ」

 董子との映画鑑賞会を半ば決定しかけた時に、奈亜が話しかけてきた。

「なんだよ」

「今、何考えてた?」

「は?」

 唐突な奈亜の質問に峻はすぐに答えることができなかった。

「どういう意味だ?」

「言葉どおり。ねぇ、答えてよ」

 そう言う奈亜の表情は、デート成功に喜んでいた先ほどまでと違って何故か真剣だった。その表情のいきなりの変化に少し戸惑いながら峻は答えた。

「久しぶりに映画でも見に行こうかと思ってただけだ」

「誰と?」

 間髪入れずに奈亜が聞く。

「董子だ」

 峻が董子の名前を口にした瞬間、明らかに奈亜の顔が曇った。その奈亜の顔を見て、峻が言う。

「あのな、お前がどうして董子を嫌っているか分からんが、董子はいいやつだぞ」

 しかし、奈亜の表情は変わることはない。むしろドンドン不機嫌になっていく。

「……でも、なんでわざわざあの子と映画なんか行くわけ?」

「別に深い理由はない。俺の見に行きたい映画が推理小説原作だから、一番話が合いそうなのが董子だっただけだ」

 峻がそう言うと、奈亜がなにか思いついたような顔をして聞いてきた。

「ふーん……じゃあ、別に深い理由がないなら私とでもいいわけでしょ?」

「いや、お前原作読んでなかったし、推理物は興味なかったろ」

「別に原作読んでなくても見れるし。それに私だって最近は推理物に興味を持ち出したんだから」

「……初耳なんだが」

「うるさい。とにかく今週末に見に行こ! はい、決定ね!」

 峻のツッコミを完全スルーした上に、奈亜は早々と予定を決めてしまう。いつの間にかその顔には笑顔が戻ってきていた。

「お前は付き合ってるんだぞ。俺と映画行くわけにはいかないだろうが」

「そんなの関係ないよ。他の男となら絶対に行かないけど、峻は特別じゃん。私たち幼馴染だしね」

 そう言って奈亜はいたずらっぽく笑いながらウィンクをした。まだ峻は返事をしていないのに、もう映画へ行くことが決定していることを信じて疑わないとびっきりの笑顔だった。その笑顔と、さっきの奈亜の台詞を聞いた峻の心の中で、少しだけ本音が漏れた。

(特別だっていうなら、なんであの時……)

 しかし次の瞬間、峻は奈亜に気づかれない程度に首を振って、その考えを打ち消した。漏れ出した本音を捕まえて、心の奥底に引きずり込む。そして、不意打ちの夢のおかげではずれてしまっていた鍵を何重にも掛け直し、その思いを封印する。

(……まったく、しかたないな)

 峻は再度心の中で思考し直してから奈亜に言う。

「分かったよ、今週末な。他に約束入れるなよ」

「オッケー!」

 楽しそうな奈亜の声を聞き、峻は小さく「まったく……」と言ってから微かに笑った。


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