4. ※
それから一週間は流れるように経過した。その期間、峻たちは集まれる時はできるだけ集まり勉強をした。そして、今日はテスト開始前日だ。
今日は峻、奈亜、董子の三人で勉強を行っていた。脩一は野球部の連中に引っ張られていってしまった。
「――っと、ここはこの公式に代入してー……できた!」
先ほどから問題と格闘していた奈亜がノートから顔を上げた。
「ねぇ、峻。合ってる? 合ってるよね?」
奈亜は自分のノートを峻に見せた。
「答え合わせぐらい自分でしろよ」
峻はそう言いながらも問題集の最後尾に載っている回答と奈亜がノートに書いた答えを照らし合わせた。
「……合ってるな」
「よし! 完璧!」
奈亜が嬉しそうに笑った。そんな様子を眺めていた董子は驚いているようだ。
「奈亜、それ全部解けたんだ。すごい……」
董子が驚くのも無理はない。董子が手掛けていた問題は、テスト勉強開始時の奈亜がまるで解けなかった問題だ。それを今は誰にも助言を受けることもなく正解を導いていた。
「あー、こいつ昔から理解力だけはすごいんだよ」
「どう? 私の実力、すごいでしょ!?」
「ま、授業を聞いてないから俺がいないと赤点確定だけどな」
胸を張って上機嫌な奈亜に峻がちくりと釘を刺す。
「でもすごいよ。いいなぁ、私もそんな風に頭がよかったらな」
董子が少し表情を曇らせる。それを見た峻が口を開いた。
「董子だってすごいよ。授業だけじゃなくて日頃から自主勉強してるじゃないか。努力家だよ、董子は」
峻がかけた言葉は効果てきめんだったようで、董子は頬を染めてうつむいた。「そ、そんなことないよ」と呟きながら。
「でも、私だってすごいでしょ?」
奈亜が自分を指差して聞く。その表情は少しムッとしていた。
「まぁ、普段からやってればすごいんだけどな」
「ちょっ、なにその言い方!」
「嘘は言ってないだろ」
突っかかってくる奈亜を軽く躱すと、峻は自分のノートに視線を落とした。そんな峻を「うぅー……」と唸りながら奈亜は見ていた。
「ふん! もしかしたらテストの点、私の方が董子より上かもしれないじゃん!」
奈亜が頬を膨らませた。峻は興味を勉強に移したのが不満だったようだ。奈亜の口から漏れたその言葉は奈亜の本心ではなかったのかもしれない。峻の気を引きたかったのだろう。それはある意味成功した。峻は奈亜の言葉を聞いて顔を上げたからだ。しかし奈亜にとって予想外だったのは、その視線が鋭いものであったことだ。
「奈亜、あんまり調子に乗るな。それと、董子に謝れ」
峻がそう言うのももっともだった。奈亜の発言は、董子の日頃の努力が無駄だと言っているようにも取れる。それをよりにもよって本人の前で言ったのだからなおのことだ。
しかし奈亜は素直に言うことを聞かなかった。奈亜も少々頭に血が上っていた。
「乗ってないし! 私の方が董子より上だったらどうするのよ!」
「そんなことあるわけないだろ」
「決めつけないでよ! ……いいわ。じゃあもし私が董子より上だったら私の言うこと一つきいてもらうからね!」
「なんでそうなるんだよ……」
「私は決めつけられるのが嫌いなの! 分かった? 絶対言うこときかせてやるんだから!」
途中から立ち上がって奈亜が言い切ると、峻はため息をついた。今回ばかりは奈亜の提案をきいてやることはできなかった。あまりに董子に失礼だからだ。
「いいよ。じゃあ、勝負しよっか? 奈亜」
だが、峻のそんな思いは、今まで事の成り行きを静観していた董子の一言で霧散した。峻が驚いて董子を見ると、董子はいつもと変わらない微笑みを浮かべていた。
「いいの?」
今まで勝手に話を進めていた奈亜だったが、董子が口を開いた途端大人しくなった。
「うん。でも、負けないよ?」
「お、おい、董子?」
簡単にテスト勝負を承諾してしまう董子に、峻は慌てて声をかけた。董子は笑顔を峻に向ける。
「大丈夫、私負けないから」
「そういう問題じゃなくてだな……」
ガクッと肩を落とす峻とは対照的に、奈亜が元気よく声を上げた。
「じゃあ決定ねー! そうと決まれば!」
奈亜はもう一度立ち上がると、部屋のドアへと歩いていく。
「どこ行くんだよ?」
「ちょっと下に食糧調達に行ってくる」
振り返らずに、代わりに手をヒラヒラと振って奈亜はドアから出ていった。それを見送った後、峻は董子に頭を下げた。
「……すまん。あいつのわがままに付き合わせて」
「ふふふ、いいよ。負けるつもりはないし」
「はぁ……コテンパンにしてやってくれ」
「はい。あー……でも」
一度は峻の言葉に頷いた董子だったが、なにか思い直したように口元に手を持っていく。
「どうした?」
「私だけご褒美がないのって不公平じゃない?」
「……え?」
「ということで、私が勝ったらなにかご褒美ほしいかな?」
「お、おいおい……董子が勝つのは当たり前だろ?」
「決めつけるのはよくないよ? 桐生君」
董子はいたずらっぽく微笑む。この微笑みが出た時の董子は要注意だ。峻をからかい、そしていつもよりちょっぴりわがままになる。最近は奈亜の影響もあってか本当に手を焼く。今回も実に断りにくいお願いだ。
「……分かったよ」
「ふふ、ありがとー」
微笑む董子にまいりましたとばかりに峻がうなだれた時、
「お菓子持ってきたよー!」
勢いよくドアを開けて奈亜が入ってきた。そして二人の様子を見て不思議そうな顔をした。
「二人とも、なんかあったの?」
「なんでも……」
「ないよー」
奈亜の問いに二人はタイミングよく、しかし対照的な雰囲気で言った。そんな二人に、奈亜は訳も分からず再度首を傾げた。