1.
「学生の本分は?」
そう聞かれて「勉強だ!」と答える学生はほんの一握りだろう。大抵は部活、遊び、またはバイトなどと答える。峻もその一人だった。
課題は別として、それ以上のことは極力したくないと思っていた。それは普段、バイトをしていることからも分かる。
だが、今日からの二週間だけはそうも言っていられない。なにしろ自分の将来に関わることだからだ。『テスト期間』、テストが行われる一週間とテスト前の一週間をそう呼ぶ。部活は休みになるし、バイトも基本的に禁止となる。遊びの方は自己責任というやつだ。
そのテスト期間が、今日からスタートする。峻も今日から二週間はバイトをお休みさせてもらっていた。そしてその空いた時間を勉強にあてる予定にしていた。
久々に学校から家に直帰する。その下校途中のことだった。学校から五分ほど歩いた時、峻のすぐ後ろから堪りかねたとばかりに声がした。
「おい、峻」
「なんだよ?」
峻が聞き返すと、声の主である脩一が峻の肩を掴む。そして、自身の後ろに向けて親指を立てた。
「……あれはどういうことだ?」
脩一は困惑した顔を隠そうともしなかった。
「あぁ、あれか? あれは……」
脩一の指した方向へ峻も視線を向けた。そこには仲睦まじく笑い合う奈亜と董子の姿があった。
「そうなの! 私が毎日峻を起こしてるの! 峻って寝起き最悪なんだから!」
「へー、そうなんだー。桐生君って朝弱いんだね。なんだか意外」
二人の話題は峻の寝起きについてのようだった。そんな話題でよく盛り上がれるなと思いながら峻はため息をつく。
「俺にも分からん」
そして脩一に正直な感想を吐露した。
あの日以来、友達となった二人の関係はとても良好だった。そんな二人だから今回のテスト勉強を一緒にしようという方向で話が進んだもの別におかしいことではない。
いつもは奈亜と二人でやっているテスト勉強だったが、そこに董子が加わって、さらに峻が脩一を引っ張り込んだことから今回は四人で行うことになった。
「ねぇー、峻!」
董子と話していた奈亜が、突然なにか思いついたように峻の名前を呼ぶ。
「なんだ?」
「テスト勉強って峻の家でやるんでしょ? ジュースとか買って帰った方がよくない?」
「む、それもそうだな」
奈亜の言うことはもっともだった。峻の家にはあまりジュースやお菓子類を置いていない。峻はもともとそういったものはあまり食べない主義だったし、奈亜は食べる分をその日に買ってその日に食べるのが主義のためストックはない。
「だったらさー、近くのコンビニに寄ろうよ! ちょうど私も雑誌をファッション誌を買おうと思ってたから!」
「お前、勉強する気ないだろ?」
奈亜の言葉を聞いて、体の力が抜けそうになる峻だったが、コンビニに寄った方がいいのは確かだった。
「まぁ、コンビニには寄るか」
「よし、決定! じゃあ、私と董子で先に行って選んでるから! 峻と……えっと、浅田君はあとから来てよ! 董子、行こ!」
「え!? あ、ちょ、ちょっと奈亜!?」
奈亜が董子の腕を掴んで駆けていく。崩しそうになったバランスをなんとか立て直した董子が、仕方ないなという風に微笑んであとへ続いた。
ポツンと残された男二人。どうするかとばかりに顔を見合わせた後、すでに小さくなっている二人の姿を見て脩一が口を開いた。
「愛沢さん、すごく楽しそうだったな」
「そうだな」
峻は奈亜の楽しそうな顔を思い出して笑みを浮かべた。奈亜は、董子という友達ができたことが本当に嬉しいようだ。
「よかったな、奈亜」
峻は目の前にいない奈亜に向かって呟いた。そしてなにか思い出したように脩一を見た。
「そういえば脩一、お前このテスト期間の間に少しは頑張れよ?」
「は? 頑張るってなにを? 勉強か?」
峻にいきなり激励をされた脩一は、なんのことか分からず困惑顔だ。
「勉強もだけど……それより董子のことだよ」
「な、なんだよ、藤宮さんのことって!?」
「せっかくの一緒に勉強するんだ。部活も休みだし、ちょっとは進展しろよな」
「は、はぁ? 意味分からん!」
峻の言葉に脩一は激しく動揺した。その態度がすでに答えを言っているようなものだった。
「因みに、今年から同じクラスになった遠山と山本も董子を狙ってるからな」
「な!? それ誰の情報だよ!?」
ガッツリと食いついてきた脩一にニヤリとした笑みを返しながら峻は答えた。
「そんなの見てりゃ分かるだろ。あんなバレバレの態度してればな」
「…………」
「なんだよ? なんか不満そうな顔だな」
「お前、ホントに他人の恋愛ごとだけには敏感だな」
やけに『だけには』を強調して脩一が言った。
「どうでもいいけど、ちょっとは勇気出して頑張れよ」
「そのセリフ、お前にだけは言われたくない!」
「脩一、なんか刺々しくないか?」
「うっさい! 自分の胸に聞け!」
そんなことを言い合いながら二人は時間をかけてのんびりと歩く。普段は峻がバイトだったり、脩一が部活だったりで放課後はほとんど時間が取れない。だからこうやって脩一とバカ話をしながら歩くのは峻にとって久しぶりのことだ。
(こんな時間が取れるなら、テスト期間も案外悪くないかもな)
峻は心の中で少しだけこの時間を提供してくれたテストに感謝した。
話しながら歩く二人の前方に、コンビニが見えてきた。中では奈亜と董子が待っているはずだ。
「なぁ、峻」
「どうした?」
突然、脩一が歩みを止めて峻の方を見てきた。その顔にはニヤリとした笑顔が浮かんでいた。
「あのコンビニまでダッシュ一本勝負、どうだ? 負けた方が今日のジュース代を奢ること」
そう言われて、峻は一瞬目を丸くした。しかしすぐに真剣な表情になると、「いいね」と返した。脩一の提案に童心をくすぐられたようだ。
「よしそれじゃ、この石が地面に落ちたらスタートな」
「あぁ、いいぜ」
二人は体勢を整える。グッと身を屈めていつでもスタートできる体勢だ。
「よーい!」
脩一はそう言いながら手に持った石を上に放り投げた。フワリと浮いた石はすぐに重力に囚われて落下し始めた。
(絶対勝つ!)
峻は気合を入れて石を見据える。そしてその石が地面とぶつかり弾けた瞬間、二人は同時に一歩目を踏み出した。