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杞憂

「――ということがありまして」

 峻がコップを拭きながら言った。よほど手持無沙汰なのだろう、先ほどから同じコップしか拭いていない。

(……ま、店がこの状態じゃなぁ)

 海人は『フォレスト』の店内を見渡す。客は海人たちの他には誰もいない。しかしこの状態が『フォレスト』の昼の部の平常運転なので普段は特に気にしなかった。逆にテーブル席が埋まろうものならマスターがおもしろがって写真でも撮りだしそうだ。

「へぇー、よかったじゃない。奈亜ちゃん、友達ができたのね」

 海人の隣に座っている人物が峻の話に感想を言った。

 髪を栗色に染めたショートボブの髪型。スマートな体型と整った面立ち。そして、大人びて落ち着いた雰囲気を醸し出しているこの人物の名前は、瀬川優希(せがわゆき)という。海人の自慢の彼女だった。優希とは付き合ってすでに四年が経つ。今も昔も、変わらず海人のこと理解してくれる大切な人だった。付き合った当初から峻には紹介していたため、二人ともよく知った仲になっている。共通の話題である海人の愚痴などでよく盛り上がっていた。しかし、それを本人の前で平然と言うのは如何なものかと海人は以前から抗議している。が、残念ながら効果はない。

 海人は、今日もこの店でバイトではあるが、まだその時間には少し早い。それなのになぜわざわざ顔を出したかというと、優希が峻の顔を久々に見たいと言い出したからだ。

「えぇ、まぁあいつもあいつなりに頑張ってるみたいですよ」

「ふふ、相変わらず保護者みたいな言い方ね」

「実際、保護者みたいなもんですから」

 優希と峻の会話は弾んでいた。その内容は、先日に峻が同級生の女子と行ったデート――峻は頑なにただの買い物だと言い張ったが――のことだった。最初は微笑ましい内容だったが、途中で驚くことに峻の幼馴染、海人の後輩でもある奈亜が登場し、いろいろあって同級生の女の子と奈亜が友達になるといったおかしな話だった。

「久々に峻君と話すと、奈亜ちゃんにも会いたくなったなー」

「今度連れて来ます。あいつ、優希さんに会えるぞって言ったら喜んで来ますよ」

「あはっ、それは嬉しいなー。そうね、今度海人と四人でおいしいものでも食べに行きましょうか。もちろん、食事代は海人が持つわ」

「……なんでだよ」

 楽しそうに、海人にとっては楽しくないことを言う優希に思わず海人はツッコむ。

「そうですね。そうしましょう」

「おい! 峻、勝手に話を進めるな!」

「また詳しい日時が決まったら連絡するね」

「分かりました!」

 ピースサインを作ってウィンクをする優希に、峻も笑いながら返事をした。

「……お前らなぁ」

 そして、いつの間にか奢ることになった海人は肩を落とした。今夜のバイト代の使い道が決定してしまった。

「まぁ、よくないけど……仕方ない」

 海人はひとり言のように呟いてから、壁の時計を見た。そろそろ一度優希を送っていかなければならない時間だ。

「いい時間だな。優希、帰ろう。マスター! また来ます!」

 優希に帰りを促してから、店の奥にいるマスターに一声かけて、海人は席から立ち上がった。

「峻、またあとで来るわ。コーヒーカップの片付け、頼んでいいか?」

「えぇ、少しは仕事しないと、マスターにバイト代削られますから」

「ははは、そうだな」

 峻の冗談に笑いながら答えて、海人と優希は店を出た。コーヒー代はマスターに内緒でレジに突っ込んでおこうと海人は思った。

 店の隣のスペースにこの付近の店舗で維持費を出し合っている共同駐車場がある。十五台ほど車が停められるスペースがあり、『フォレスト』はその中の三台分を割り当てられていた。そのスペースの内の一つに、海人は愛車のワゴンRを停めていた。何代か前の型だが、バイト代を貯めて購入したそれを海人は大切に乗っていた。

 車に乗り込んで駐車場を出る。『フォレスト』の前の道は中央の白線こそ引いてあるものの狭い道だ。跳び出しなどに注意をしながら慎重に運転し、車を大通りへと進める。

 広い道へ出たことで、海人にも余裕が生まれた。それを見計らって、助手席に座る優希が話しかけてきた。

「海人、さっきの峻の話どう思う?」

 さっきの話というのは奈亜に友達ができたという話だ。

「どう思うって? ……いい話じゃないか。奈亜も嬉しいだろうな」

「本当にそう思ってる?」

 海人が答えると、間髪入れずに優希が質問を重ねてきた。海人はチラリと優希を見る。優希は真剣な顔で海人の方を見つめていた。

「……そう思ってるよ。それ以外に思うことなんてあるのか?」

 海人が答えると、優希は「そう」と呟く。

「あなたがそう思っているなら、それでもいいわ。……本当にそう思っているならね」

 優希はそう言うと、それっきり黙ってしまった。視線を海人から助手席の窓の外へ向けている。

(……分かってるよ。言いたいことくらい)

 海人は優希に向けて心の中で呟いた。

 優希が言いたいこと、それはおそらく海人の考えていることと一緒だ。峻の同級生の董子という女の子の行動についてだろう。

 董子はデパートで奈亜を見つけた後、わざわざ自分から話しかけに行っている。そこで奈亜を罵倒の一つでもしていれば、逆になんの問題もなかった。しかし、董子はそこで友達になるというまったく別の方法を取った。

(罵倒していれば奈亜とは完全に敵対関係になっていた。今後もずっといがみ合うことになっていたはずだ。……けど、それを董子って子が望まなかったとしたら? もし、敵対するより仲良くなっていた方がいいと考えたとしたら?)

 そこまで考えて、海人は軽く首を振った。あり得ないと思いたかった。峻から聞いていた董子の印象はとても性格のいい優しい子という印象だった。それほどいい子なら掛け値なしの友情を求めたとしてもおかしくはないと海人は思う。むしろそうであってほしいと切に願う自分がいることを海人は気づいていた。

(……じゃないと、あまりに救いがなさすぎる)

 海人の頭の中に、峻と奈亜の笑顔が浮かぶ。二人とも海人にとっては大事な後輩だ。その二人が悲しむところは見たくはない。

(俺の杞憂だといいが……)

 そう願う海人の眼前で、大通りの信号機がなにかを暗示するかのように赤色へと変わった。

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