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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
2章 幼馴染と親友
21/69

5.

「あ、えっ? ど、どうしたんですか!?」

 逆に董子の方が視線を気にしてキョロキョロと周りを見る。そして奈亜に視線を戻すと首を傾げた。

「私、おかしなこと言いました?」

 不思議そうな表情をして董子が聞く。

(首を傾げたいのは私の方よ!)

 奈亜は心の中でそう言った後、椅子の背もたれに体をあずけた。張りつめていた空気は霧散してしまい、気合十分だった奈亜も毒気を抜かれてしまった。

 奈亜はため息をつくと、董子を見た。董子も奈亜の方を見ていて、目が合うと微笑みを浮かべてくる。奈亜はもう一度ため息をついた。

「藤宮さんって天然なの?」

「天然ですか……どうだろう?」

 董子が返答に困ったように笑う。

「……まぁ、いいわ。で、なんでいきなり友達になりたいなんて言い出したの?」

「それはですね!」

 奈亜の問いに、董子が身を乗りだす。

「私、初めて会った時から愛沢さんの友達になりたいなって思っていたんです。すごく気が合いそうだなって感じたから」

「気が合いそうって……藤宮さんと私が?」

「えぇ、それに愛沢さんってすごく優しい人だと思うし」

 董子の口から出た『優しい人』という単語を聞いて、奈亜は驚く。

「私が……優しい?」

 奈亜は今まで、他人からそんな風に言われたことはほとんどなかった。特に同じ女子から言われたことは、しばらく記憶をたどってやっと思い出せるか出せないかといったくらいにない。

 多くの男子と付き合い、そして別れている奈亜は当然敵を作りやすい。特に女子の一部のグループからは目の敵にされている。しかし奈亜自身、そんなことには慣れているし、持ち前の切り替えの速さもあってほとんど気にはしていない。

 そんな身の回りの状況から時に罵られることはあっても、まさか優しい人だと言われるとは思ってもいなかった。

「はい! だって愛沢さんが桐生君を見ている時の目、すごく優しい。それに言葉も態度も……桐生君のことすごく大切に思ってるんだなって一目で分かった。そんな風に人を思いやれる人と友達になりたいなって思ったの」

「そんな……」

 奈亜は視線を自分の手元に落とす。董子の言葉が胸に響いた。心に清らかな風が流れ込んできた気がした。それは奈亜の心に溜まったものを吹き消していく。

 奈亜には、『友達』と呼べる人がいない。わざわざ敵がいる人と関わろうとする酔狂な性格の持ち主は誰もいなかった。奈亜自身もいつしか、友達など必要ない。一人で、いや峻がいれば大丈夫だと思うようになっていった。

 友達がほしい、その願いは心の底に沈殿し、上から塗り潰して隠してしまっていた。だが今、董子という存在によって洗われ、心の底から浮上し始めた。

「わ、私とあなたが友達? そんなのなれるわけがないわ」

 しかし、それを止めようとする自分もいる。心の底に沈んでいた感情を人前にさらすのを奈亜は恐れていた。その感情は、『幼馴染』である峻には見せることができないものだ。まったくの他人にしか見せられず、まったくの他人故に簡単に踏みにじられることも考えられる。奈亜はそれが怖かった。

「そんなことないよー。私、絶対にうまくいくと思う」

 だが、そんな奈亜の心配などまったく関係ないとばかりに董子は笑う。その笑顔が奈亜には眩しかった。奈亜との関係がうまくいくことを心から信じているその笑顔は、奈亜には到底真似できない魅力で溢れていた。

(私は……)

 奈亜は考える。自分の思いを、そして答えるべき言葉を。

 しばらく考えたのち、奈亜は董子を見て口を開いた。

「……こんな私なんかでよかったら、よろしくお願いします」

 奈亜は小さく頭を下げた。顔が熱かった。言ってしまってから、なんでこんなに固い言い方しかできないんだろうと後悔した。視線を上げると、董子は少し驚いたような表情で奈亜を見ていた。その表情が満面の笑顔に変わる。

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 すごく嬉しそうに董子は頭を下げた。そして顔を上げると、奈亜に右手を差し出す。

「董子って呼んで。その代わり、奈亜さんって呼んでいい?」

「あ……えっとー」

 奈亜は慣れない会話にうまく対応できないまま、とにかく差しだされた手を握る。

「と、とうこ?」

「はい。えっと……」

「な、奈亜でいいよ」

「奈亜」

「は、はい」

 名前を呼ばれて、奈亜はぎこちなく返事をする。そんな自分が可笑しかった。それは董子も同じようだ。

「ふふふ……」

 口元に軽く握った手をあてて董子が含み笑いをした。しかし、耐え切れなかったのか声を出して笑う。

「あはは、なんだかすごくぎこちないね、私たち」

 面白そうに笑う董子に、奈亜もつられて笑顔になる。

「仕方ないじゃない。私たち、ほぼ初対面だし」

「初対面でももう少し軽く喋れるよー。奈亜が固すぎるんじゃない?」

「そ、そうかな。……それはそうと、最初と違って、随分馴れ馴れしくなってない? 喋り方」

「当たり前です。さっきまでは他人用。今はもう友達仕様だよ。って言っても、私もそんなに友達って呼べるような子いないんだけどね。私、人前で喋ったりするの苦手なの。でも、奈亜とだとすごく喋れる。自分でもびっくりしているとこだよー」

 董子の言葉を聞いて、奈亜はなぜか嬉しかった。自分を認めてくれているように感じたからかもしれない。

「ねぇ、董子」

 今度は奈亜から話しかけた。董子にどうしても聞いておきたいことがあったからだ。

「なんで分かったの? 私、結構頑張って姿を変えたんだけど」

 奈亜の問いに、董子は一瞬真顔になった。しかしすぐにまた笑顔へと戻る。

「……分かるよ。だって、奈亜ったら桐生君ばかり見てるんだもん。せっかく変装しても、あれじゃあバレバレだよ」

「そ、そ、そんなこと……!」

 思わぬ答えに奈亜は動揺する。冷却完了間近だった顔の熱が再燃してしまう。

「それは……それは、峻のためなの! きょ、今日こんな風に尾行……じゃなかった。隠れて見守ってたのも峻に頼まれたからなの! あ、あいつ、董子と買い物行くのに一人じゃ不安だって言うから、仕方なく私がサポートをね!」

 奈亜はとっさに口から出任せを言ってしまう。照れ隠しとはいえ、あまりに雑だと言わざる負えない。奈亜自身、言ってから後悔した。

 チラリと董子を見ると、なんとも言えない表情で奈亜を見ていた。董子も反応に困っているようだ。二人の間に沈黙が漂う。

「……ほう」

 その気まずい沈黙を破ったのは、奈亜でも董子でもなかった。第三の声だ。その声は奈亜の後方から聞こえた。そしてその声は奈亜にとってすごく馴染みの深い声だった。

「おもしろいことを聞いたな」

 奈亜の火照っていた顔から一気に熱が引いていく。逆に温度は零下に突入しそうな勢いだ。奈亜は恐る恐る振り返った。

「……今の話、詳しく聞かせてくれるか? 奈亜」

 そこには、両手に持った紙のカップを今にも握りつぶしてしまいそうなほど、怒り心頭の峻の姿があった。

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