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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
2章 幼馴染と親友
19/69

3.

「どうぞー」

「ありがとう」

 中央に大きく『m』と印字された紙袋を峻が二つ受け取る。そして店員の零円スマイルに見送られながらやっと昼時の長蛇の列から抜け出した。

 その店から少し離れた所で董子が待っている。峻は近づいて声をかけた。

「お待たせ」

 明後日の方向を見ていた董子は、余程なにかが気になっていたのか、声をかけるまで峻が近づいているのを気づかなかったようだ。董子は少し驚いた表情を見せた後、笑顔になって峻を迎えた。

「お疲れさまー。ごめんね、やっぱり私も一緒に並べばよかった」

「いいよ。あんなの並んでたら疲れるだけだ」

 峻は董子に紙袋を手渡す。

「なに見てたんだ?」

「へ?」

「さっき向こうを見てただろ? なにかあるのか?」

 峻は董子が見ていた方向を指差す。そこには婦人服が陳列してあるだけで別段に変わったものはないように見えた。

「ふ、服を見てただけだよ。別になにもないよ」

 どこか狼狽したように董子が答えた。峻はもう一度その方向を見た。服の他には何人かの客がうろうろしているだけで、やっぱりおかしなものなんてないと思った。

「まぁ、いいや。で、どこで食べようか?」

 峻が手に持った紙袋を掲げた。最初は店内で食べようと思ったのだが、その店内がすでに多くの客で賑わっていた。

「屋上行こうよ。あそこなら広いから大丈夫だよ」

 董子が上を指差す。

「そうだな。そうするか」

 峻もその董子の提案に賛成した。

 このデパートの屋上は、広く開放されていた。たくさんの白い丸テーブルが置かれ、その周りに四つの椅子がセットになっている。周囲は転落防止用に高さ三メートルほどの強化ガラスが設置されていた。強化ガラスにした理由は、屋上からの展望を優先したためだ。

 主な使用用途は、昼間はフリースペースとして展望台、そして峻たちが利用するように軽食を取る場所になったり、なにかのイベントが行われたりする。家族連れやカップルにはちょうどいい空間だ。

 夜は逆に仕事帰りのサラリーマンたちの独壇場になる。夏場になると、ビアガーデンという形で昼間の鬱憤を晴らすかのように多くの客で賑わうのだ。

 エレベーターに乗り、屋上に着いた峻たちは手ごろな席を見つけて座る。他の客もいたが、今日は特にイベントがあるわけではなかったので、席はチラホラと空いていた。

「ねぇ、桐生君」

 手元の紙袋を開けようとしていた峻に、董子が話しかけてきた。峻は手を止めて董子に視線を向けた。

「さっきの本、本当に買ったの?」

「あぁ、買ったよ」

 『さっきの本』とは、本屋で峻が見つけた『メイ作』のことだ。峻は肩にかけていた小物入れの鞄から買った本を取り出す。ブックカバーをつけていないため、本の題名はハッキリと読み取れた。

「『そして誰も来なくなった』かぁ……。もし読んだら感想聞かせてね」

「お、やっぱり董子も気になってるんだな」

 峻がニヤリと笑うと、董子は苦笑いで答えた。

「うーん……ゲテモノ料理に手を出すという感じの意味では、ね」

「大丈夫だ。一回食べれば間違いなく病みつきになるよ」

「あ、あんまり怖いこと言わないでよー」

 董子の顔に引きつった笑顔が浮かぶのを見て、峻は少しガッカリしたように息を吐いて本をしまう。

「……さ、昼飯にしよう」

「き、桐生君、そんなに落ち込まないでよー」

「……なにから食べようかな」

「ご、ごめんなさい。言い過ぎました!」

 峻の様子を見て、狼狽した声を出す董子。必死に謝るその姿を見て、峻は思わず吹き出してしまう。

「く、くくっ……あははは」

「き、桐生君?」

「ごめんごめん、そんなに必死になるとは思ってなくて」

「え……?」

 そこで董子はいつの間にか自分がからかわれていただけだということに気づいた。その瞬間、董子の顔が赤くなる。

「――っ! 桐生君!」

 ぷくっと頬を膨らませて愛らしく睨んでくる董子に峻は笑顔のまま言う。

「董子だって、本屋で俺をからかっただろ? あれの仕返しだ」

「うー……あれは元はと言えば桐生君が悪いのにー」

「さぁ? そうだったか? 忘れたな」

 峻が肩をすくめた。

「桐生君、白々しいよう。それじゃあ、名探偵の追求から逃げられないよ?」

「大丈夫だ。俺が探偵役だから」

「……似合ってるのが悔しい」

 峻と董子は言い合いながら互いに見つめ合った。そして、どちらからともなく微笑みがこぼれる。

「あはは、昼ご飯を食べに来たのに、私たちなにやってるんだろうね」

「ホントだなー。さ、食べようか」

 ひと通り笑った後、峻と董子は手元の紙袋を開けた。峻が中を覗いていると、董子がいきなり声を上げた。

「あー!」

 その悲痛な声に峻が驚いて顔を上げる。

「どうした?」

「私、シェイク頼むの忘れてる……。新作のやつ楽しみにしてたのに」

 紙袋の中を見ながら悲しそうな顔をする董子。それを見た峻が立ち上がって言う。

「買ってくるよ。ちょっと待っててくれ」

「えっ、そんなのいいよ。また並ばなくちゃならないし……」

「たぶんもう空いてるよ。すぐ帰ってくるから」

 峻はそう言い残すとさっさと歩き始めた。

(……もっと引き止められるかと思ったけど、簡単だったな。よっぽど飲みたかったんだな、新作のシェイク)

 峻は案外ジャンクフード好きな董子を内心で微笑ましく思いながらエレベーターへと向かった。





「……桐生君、ごめんなさい!」

 屋上から出て行く峻の背中に、董子は手を合わせて本当に申し訳なさそう頭を下げた。そして峻と自分の紙袋を持って立ち上がる。

 少し見渡すと、すぐに目的の席は見つかった。その席には一人で座っている女の子がいた。眼鏡をかけていて、髪をポニーテールのように後ろで結んでいた。その髪の色は真っ黒だ。そうまるで『染めた』ように。

 董子は一気にその席に近づくと、女の子の正面にあたる席に座った。

 手元のジュースの缶に目を落としていた女の子が顔を上げた。そして董子の顔を見て心底驚いたように仰け反る。

「あ、え……!?」

 仰け反った拍子に眼鏡がずり落ちる。あまり顔にフィットしていないのだろうと董子は思った。

 董子の心臓は早鐘のように鳴っている。普段は引っ込み思案な自分が、どうしてこんな暴挙ともいえる行動に出たのかは董子自身も分からなかった。しかし気づいてしまったからには逃げたくなかった。

 初めに目の女の子を見かけたのは、待ち合わせの場所で峻が見ていたからだ。陳列物をひっくり返して店員さんと拾っていた。その次が本屋、雑誌コーナーでプロレス系の本を開いていたから目についた。なにかおかしいと思って、峻がジャンクフード店に並んでいる間に周囲を見回していたら、婦人服の陳列場所にいるのを見つけて、考えが確信に変わった。

 そして今、わざと峻を遠ざけて董子は女の子に相対している。峻の優しさを利用してしまったのは本当に心苦しいが、一度きちんと話したかったのだ。その機会は今を置いて他にはないと思った。

 董子は一度大きく息を吐くと、その女の子に覚悟を決めて言った。

「こんにちは。少しお話しませんか? ――愛沢奈亜さん」

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