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幼馴染の恋愛模様  作者: こ~すけ
1章 幼馴染と日常
15/69

14.

 それから約二十分後、帰宅した峻が玄関のドアを開けると、見慣れた女物の靴がそろえてあった。奈亜の靴だ。

(もう帰ってたんだな)

 そう思いながら靴を脱ぎ、まずは洗面所へと行く。手を洗いうがいをしていると、ひょっこりと恵美が顔を出す。

「あら、帰ってるなら『ただいま』ぐらい言いなさいな」

「ただいま」

 恵美の要望に応えて峻が言う。恵美は呆れ顔をした後、目ざとく峻の口元の怪我を見つけた。

「その怪我、どうしたの?」

「……別に」

 峻がぶっきらぼうに返すと、恵美は「ふーん」と言いながら詮索するように峻の顔をしばらく見つめていた。そして、

「……あんた、なっちゃんと喧嘩したんじゃないでしょうね?」

「してないよ」

「ふーん、なんだかなっちゃんも思いつめた顔をしてたから気になったんだけど……」

「そう、なのか?」

 恵美の言葉を聞いて、峻は少し動揺した。もしかしたらうまくいかなかったのかもしれないと思ったからだ。そんな峻を見て、恵美は小さく息を吐いた後に言った。

「なんだか知らないけど、事情を知ってるなら聞いてあげなさい。なっちゃんはあんたの部屋にいるだろうから」

「分かったよ」

 峻はそう言うと、洗面所を出て階段を昇った。

 自分の部屋のドアの前に立つ。中から光が漏れていることから、奈亜がいることが分かる。峻は一度大きく深呼吸をした後、部屋のドアを開けた。

「遅い!」

 そして開けた瞬間に怒られた。もちろん奈亜にだ。

 朝と同じセリフで峻を怒った奈亜は、そのままの勢いで言葉を続けた。

「私より先に帰ったくせにどこほっつき歩いてたのよ!」

「す、すまん……」

 いきなりのことだったので、峻は思わず謝ってしまう。しかしそれを奈亜は素直に謝ったととらえたらしく、「いつもそうやって素直に謝ればいいのよ」と言いながらベッドに腰かける。そして自分の隣をポンポンと叩いて言う。

「ほら、座って。怪我、見てあげるから」

 そう言われて初めて、峻はベッドの上に置かれた救急箱に気づく。峻の家のものではなく、奈亜がわざわざ自分の家から持ってきたのだろう。

 奈亜の隣に腰かける。と、すぐに奈亜は消毒液を少し染み込ませた脱脂綿を峻の傷口に当てた。

 ピリッと軽い痛みが走り峻は少しだけ顔をしかめた。

「大丈夫?」

 奈亜が聞いてくる。その顔は峻と同じくしかめ面だ。

「大丈夫だよ」

 そう言って峻が微笑む。その笑みを見て安心したのか奈亜はフーッと息を吐く。そして治療を終えた峻の口元に手を添えると、そのまま撫ぜるように指を動かした。

「ごめんね」

「謝らなくていいさ。お前は悪くないんだから」

 峻がそう言った後、二人の間に少し沈黙が訪れた。二人とも口を開く機会を窺っているようだった。

「……あのさ」

 先に口を開いたのは峻だ。

「どうだった、あの後」

 意を決して、高木との関係がどうなったのか知るために言葉を切り出した。

「……えーと、それは」

 奈亜の反応は芳しくない。気まずそうに目を逸らす。

「やっぱり、怒ってたか? プレゼント渡したんだろ? 機嫌は戻らなかったのか?」

 その反応を見て、峻は矢継ぎ早に質問を重ねた。自分が殴られてまで取り成した二人の関係が予想以上に修復できていないのを感じ取ったからだ。

「渡すには渡したというか……なんというか……」

 奈亜はさらに気まずそうにしている。しかし、渡したか渡してないかの二択でしか答えられないはずの質問にこうも言葉を濁す意味が峻には分からなかった。

(もしかして、あまりに手が付けられなかったからとりあえず押し付けて帰って来たとか……)

 そんな峻が考え付く最悪のケースも想像してしまう。

「奈亜、もし関係が危なそうならもう一度俺が謝ってやるよ。あいつに頭下げに行くから」

 峻の言葉を聞いて、奈亜が顔を上げた。じっと見つめてくる奈亜に、峻は目を細め。

「なんだよ。あんな大勢の前で殴られたんだから、今さらもう一回頭を下げるくらい抵抗はないぞ」

 峻が気を利かせたつもりで優しく言うと、奈亜はキュッと目を瞑ってうつむく。

「お、おい、奈亜? どうし――」

「あー!!」

 峻の言葉を遮って、奈亜が突然大声を上げた。

「なつ?」

 突然のことに頭がついていかず、ポカンとした顔をしている峻へ奈亜は向き直った。その顔は、どこか支えていたものが取れたような晴れ晴れとした顔だった。

「別れてきた」

 おはようと挨拶でもするようにいつも通りの口調で奈亜は言った。一拍、二拍、三拍ほどの間があってから峻がやっと言葉をひねり出した。

「……は?」

「だから、別れてきたんだって」

 同じ意味の言葉を奈亜がもう一度繰り返した。それによってやっと、峻の頭の中に意味が浸透した。

「別れたのか? お前」

「さっきからそう言ってるんですけど」

 奈亜がややムスッとした表情で言う。何度も同じことを言わすなという風な顔だ。

「なんで!?」

「だってムカついたんだもん」

「なに?」

「追いかけて行くうちにムカついてきたの! なんで峻が殴られてまであいつと付き合わないと駄目なんだろうって!」

 奈亜がプイッと顔を背けながら理由を語る。その理由に峻は頭を抱えた。

「いや、待て。そもそも俺がなんのために殴られたと思ってるんだ?」

「さぁ?」

 奈亜がわざとらしく首を傾げた。

「お前な……」

「でもでも! 私それでもちゃんとあいつには追いついたんだよ。けどさ、あいつ一方的に怒鳴ってきて、もう峻には会うなとか、一緒に登校とかするなとか訳分かんないことばっかり言ってくるから――」

 奈亜はそこまで言うとチラッと峻を見上げた後、

「プレゼントの箱顔面に投げつけて帰ってきちゃった。えへへー」

「…………」

「ね? 渡すには渡したって意味、分かったでしょ?」

「やかましい! 予想の斜め上過ぎるわ!」

「なによー! その言い方!」

 奈亜が怒ったように頬を膨らました。

(こいつ、今ので褒めてもらえるとでも思ったのか?)

 峻はそう思いながらもどこか今の話を聞いて溜飲が下がった気分だった。

「でも、お前たち明日でやっと一ヶ月だったんだろ? いいのかよ」

「そんなの関係ないし。また誰かと付き合えって挑戦すればいいもん。けど、峻と会うなとか絶対無理! だって峻は私のたった一人の幼馴染だしね」

「ハァ……お前のその感覚、訳分かんないって」

 にっこり笑う奈亜に、峻はため息をつきながら言う。

「でもまぁ、お前が決めたことなら仕方ないな」

「そう言うことー!」

「だな」

 二人は軽く笑い合う。今日の問題に結論が出てよかったと気を落ち着かせた。その瞬間だった。

「ん? 携帯鳴ってない?」

 奈亜にそう言われて峻は自分のポケットで携帯が震えていることに気がついた。

「あ、俺だ」

「誰から?」

 峻が携帯を取り出す。特に隠すこともしなかったので、携帯の画面は奈亜にもよく見えた。そこには『藤宮董子』と名前が表示されていた。

「…………」

「…………」

 さっと携帯の画面を隠すももう遅い。奈亜が目を細めて峻を睨んできた。

「……どういうこと?」

「な、なんのことだよ」

 峻がとぼけて言うが、そんなものが奈亜に通じるわけがない。

「あの子がなんで電話してくるわけ? 普段はないよね」

「さ、さぁ、緊急の連絡じゃないか?」

「……じゃあ、出れば?」

「お、おう」

 奈亜の気迫に押されながら、いまだ手の中で震える携帯を操作して峻は電話に出た。

「もしもし」

〈あ、もしもし、董子です。こんばんは、桐生君〉

「あぁ、こんばんは!?」

 挨拶を返した峻の語尾が乱れた。奈亜が内容を聞くために耳を寄せてきたせいだった。

「おい」

 峻が小声で奈亜を咎めた。しかし奈亜は平然と言い返す。

「なによ。あんたに心当たりがないなら聞かれても問題ないでしょ?」

「ぐっ、この……」

 大声で怒鳴るわけにもいかず、峻は携帯を耳に当て直す。

〈桐生君忙しい? あとでかけ直そうか?〉

「おう、そうし……いって!」

 峻は思わず声を大きくしてしまう。奈亜が峻の腕を思いっきりつねったからだ。どうやら逃がす気はないようだ。

〈桐生君、大丈夫?〉

「だ、大丈夫だ。あははは……」

〈……? えっと、明日のことなんだけど〉

「お、おう」

〈駅前に十時でいい?〉

「分かった。そうしよう」

〈よかった。ありがとう!〉

 董子が電話の向こうで嬉しそうな声を出す。笑っていることが想像できた。一方、峻の隣では禍々しい空気が立ち込めていた。もちろん怒っていることが想像できた。

〈じゃあね! また明日!〉

「あぁ、また明日ー……」そう言いつつ、峻は(明日があればだけどな……)と思った。

 そして電話を切る。部屋には先ほどの奈亜の話の時よりはるかに重い空気が満ちていた。

「へぇー……明日ねー。十時……駅前ねー」

 奈亜がなにやら呟いていた。峻はその雰囲気に顔を引きつらせた。

「緊急の連絡にしては前々から分かってたような口ぶりだったね、峻?」

「いやー、それは……」

 峻はなにかうまい逃げ口はないかと頭の中で考えるが、残念ながら導き出された答えは『詰み』だった。

「じ、実は、明日董子と遊びに行くんだよ」

 峻は正直に話す。その方がこの後に受けるであろうダメージは少なくて済むと思ったからだ。

「へぇー、ということは……こういうことよね? あんたは私が別れ話をしている時に、楽しそうに他の女と遊びに行く約束をしていました、と」

 峻は、奈亜の背後にどす黒い炎が燃え上がっているような錯覚を覚えた。そして悟った。

(あぁ……これは駄目だわ)

 そう思った次の瞬間、

「この最低、軽薄、浮気性の優柔不断男―!!!!」

 今日一番の奈亜の怒号が、峻の家に響き渡った。

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